さぽろぐ

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鬼蜘蛛おばさんの疑問箱

2019年07月06日

奨学金はどうあるべきか

 山本太郎氏の立ち上げた政治団体「れいわ新選組」は、奨学金徳政令による奨学金チャラを政策の一つとして掲げている。大学あるいは大学院卒業と同時に数百万円、多い人では一千万円近くもの多額の借金を抱えてしまうこと自体が異常と言えるし、様々な事情で返済ができない人も続出しているようだ。以下はこの問題についての私のツイート。

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「れいわ」の政策の一つに「奨学金チャラ」というのがあるが、あれは賛同できない。もちろん大学生が何百万もの借金を抱えたり、低所得の家庭の子供が大学を諦めなければならないという現実は改善しなければならないのだが、「奨学金チャラ」では日本の抱える高等教育の問題は何も解決しない。

大学進学を希望する若者の中には自分が関心を持っている分野をより深く学びたいとか研究職に就きたいという人もいるだろう。しかし、就職のために大卒の学歴を欲しいという人や、大学に行くことで就職を先送りしたいという人も少なくない。要は、学問が二の次になってしまっているのが現状だ。

学費や生活費のためにバイトに明け暮れる学生も少なくないし、就職しても学んだ知識を仕事に生かすことがない人も多い。就職のために高等教育を受けながら、その知識を仕事に役立てられないのでは本末転倒だろう。大学で学ぶことの目的や意義などもはやどこかに行ってしまっている場合が多い。

教育費が原則無料の北欧はどうかというと、大学進学率は50%ほどでそれほど高くはない。大学での勉強はハードで、強い目的意識や動機、結果を出す力が必要になるという。税金で教育費を賄うということはしっかりした人材教育をするということだ。https://www.adecco.co.jp/vistas/adeccos_eye/34/index03.html

日本でも教育費を無料にできればそれに越したことはないが、そのためには北欧のような考え方がどうしても必要だろう。「とりあえず大学」「就職の先送りで大学院」などという状態をそのままにして教育費を無料にしたり奨学金を無料にしたら、とんでもない費用が必要になるし人材育成にも繋がらない。

教育費を無料にするのなら、まずは大学のあり方を見直す必要がある。また中学や高校から就職や進学について学ぶ場を設け、自分に合った道を選択するような教育も必要だろう。社会に出てから必要に応じて学べるようにすることも大事だ。学びたいという意欲がなければ大学で学ぶ意味はほとんどない。

また、国立大学の独立行政法人化も誤りだったとしか思えない。これも元にもどす必要があるだろう。大卒を優遇する企業の求人も見直す必要がある。奨学金の返済で苦しんでいる若者に援助の手を差しのべることは否定しないが、一気に「奨学金チャラ」は拙速というほかない。

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このツイートに対して以下のような返信があった。

最後まで拝読いたしました。松田様の仰る高等教育の問題はその通りだと思います。

ですが、「奨学金チャラ」政策は、松田様がツリーで説明されている高等教育の問題を解決することよりも、今奨学金返済で苦しんでいる人を助けることを第一の狙いとしているのではないでしょうか。


これに対する私の返信は以下。

私も奨学金返済で苦しんでいる人を援助すること自体は否定しませんが、ますは奨学金制度の見直しをすべきではないでしょうか。以前のように無利子にする、返済困難な人には十分な猶予を与える、一定の条件で返済を免除する、貸与の際に返済についての十分な説明をする、高額な貸与を規制するなど。

私も奨学金を借りましたが、当時は無利子で額も決まっていて少額だったので返済も無理はありませんでした。一気にチャラとなると、これから奨学金を借りようと思っている人たちはどういう扱いをするつもりなのでしょう。まさか返済不要の奨学金を希望者全員に支給するということにもならないでしょう。


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 学費や奨学金の無償化は莫大な税金を使うことになる。したがって学歴とか就職の先送りのために「とりあえず大学に進学」というような人の学費や奨学金まで国が負担することにはならないと思う。とは言うものの、できれば高等教育も無償が望ましいので、意識と制度の両方を少しずつ変えていく必要があると思う。
  


Posted by 松田まゆみ at 09:52Comments(0)教育政治・社会

2019年06月29日

消えゆく野付半島のアカアシシギ

 アカアシシギの繁殖が北海道の野付半島で確認されたのは1972年のこと。その経緯については森岡弘之氏と高野伸二氏によって報告されている。

北海道で発見したアカアシシギの繁殖

 この発見は当時のバードウオッチャーにとってはかなり衝撃的だった。春と秋の渡りの季節に日本の干潟で見られるシギの大半は北極圏などで繁殖するので、北海道で繁殖しているとは思ってもいなかったからだ。

 上記の森岡さんと高野さんの報文によると、アカアシシギは野付半島全体に生息しており、「野付半島だけで少なくとも50~100つがいは繁殖していると思われる」と推測している。

 私もアカアシシギの繁殖のことを知り、1976年に野付半島を訪れている。当時のフィールドノートを引っ張り出してみると、7月14日に尾岱沼から観光船でトドワラ往復、翌15日にはやはり尾岱沼から観光船で野付半島の先端であるアラハマワンドに行き、そこからトドワラまで歩いていた。その頃は尾岱沼とトドワラを結ぶ観光船のほかに、アラハマワンドへ行く観光船が一日一便(朝)あったのだ。トドワラやアカアシシギを見たのは覚えていたものの、半島の先端からトドワラまで歩いたことはすっかり記憶から消えていた。

 フィールドノートの記録では、アラハマワンドから竜神崎までの間で5つがい、竜神崎からトドワラの付け根までの間で3つがい、トドワラの付け根からトドワラの間で1つがいを観察している。また、アカアシシギは沼の周辺の泥地やの草丈の低い草地に生息し、センダイハギやハマナスが生育するような乾いた草原では見られないと書かれている。テリトリー上空を大きな鳴き声を出しながら飛び回っていることが多く、人が近づくと警戒する様子も記されている。つまり繁殖していればかなり目立つ野鳥だ。

 しかし、アカアシシギはその後、減少の一途をたどる。

 中標津町の獣医師である中田千佳夫さんのブログによると、2015年には半島先端の砂嘴とその間に広がる湿地のあるところでしか、鳴き声を聞くことができなくなったという。

 野付半島野鳥観察舎のサイトによると、2016年には竜神崎灯台の近くにある淡水池の周辺で2つがいが繁殖しているとの記述がある。2018年にもアカアシシギは繁殖していたようだ。

アカアシシギの繁殖行動
6月の淡水池

 そんなわけで、竜神崎近くの淡水池周辺では繁殖しているのではないかと期待して26日に出かけてみたのだが、残念ながらアカアシシギの姿を見ることはできなかった。ネイチャーセンターで尋ねてみたところ、今年は半島の先端部で5月に見たという情報があるだけとのことだった。5月であれば渡り途中の個体の可能性もあり、繁殖しているかどうかは分からない。

 1970年代はじめには半島全域でおおよそ50~100つがいも繁殖していたと推測されるアカアシシギは、この4、50年ほどの間に数つがいほどに減少し、もはや風前の灯火だ。ここまで激減した要因は、半島全体が沈降したことで生息適地が減ってしまったこともあるのだろうが、観光客の増加も否めない。

 私がアカアシシギを見た1970年代は半島の道路は舗装などされていなかったし通行する車も限られていたと思うのだが、今はネイチャーセンターには自家用車のみならず大型の観光バスが何台もやってくる。これではアカアシシギが減るのも無理はない。地盤の沈降は自然の摂理であっても、ここまで減ってしまったのはやはり人為的影響が大きいように思えてならない。

 野付半島はラムサール条約の登録湿地であるが、保護の網をかけただけでは野鳥は守れない。せめて人の影響の少ない半島の先端部だけでも繁殖地として存続してほしいと願わずにいられない。

 写真は、現在のトドワラ。立っているトドマツの枯れ木は数本となり、昔の面影はほとんどない。あと何年かしたら、すべて倒れてしまうだろう。「トドワラ跡」になるのもそう先のことではなさそうだ。


  


Posted by 松田まゆみ at 22:22Comments(0)野鳥

2019年06月19日

消費税減税・廃止は新自由主義と親和的

 山本太郎氏が「れいわ新選組」を立ち上げ消費税減税・廃止とMMT(現代貨幣理論)を声高に主張するようになってから、ツイッターでは消費税減税の主張が大きくなっている。その理由の一つとして消費税は逆進的であり低所得者に負担を強いるから新自由主義と親和的だという主張があるが、私は逆だと思っている。要は高福祉国家にするなら所得税や法人税だけでは足りず、どうしても消費税が必要になるということだ。これについて6月12日の連続ツイートで説明したので、ここに紹介しておきたい。

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消費税が逆進的であり新自由主義と親和的だから減税もしくは廃止すべきだという意見がある。しかし、新自由主義のアメリカは累進的租税負担であり、高福祉国家のスエーデンは逆進的租税負担になっている。これについて、神野直彦著『「分かち合い」の経済学』による解説を以下に引用する。

〈消費税が比例的か逆進的かに結論を出さないにしても、消費税が経済力に応じた課税ではないことは明らかである。つまり、消費税は富める者に、重い負担を与えることはできないのである。〉

〈もっとも、「分かち合い」の「大きな政府」であるヨーロッパ諸国は、消費税の負担が重いことは事実である。逆に「分かち合い」の「小さな政府」であるアメリカは、消費税つまり消費型付加価値税を導入すらしていない。アメリカは所得税と法人税を中心とした租税制度が確立されている。〉

〈図5-4(略)で所得階層別の租税負担を見れば、所得税と法人税のウェイトが圧倒的なアメリカは、累進的租税負担となっている。ところが、スヴェーデンをみれば、逆進的租税負担構造となっている。消費型付加価値税の税率が二五%で、所得税も地方税として比例税率で課税されているからである。〉

〈アメリカとスヴェーデンと租税負担構造を比較して指摘しなければならない点は、すべての所得階層において、スヴェーデンのほうが租税負担が高いということである。つまり、「大きな政府」であれば逆進的で、「小さな政府」であれば累進的にならざるをえないのである。〉

〈「分かち合い」で生きていく社会であれば、貧しい国民も負担し合う。租税さえ支払えば、無償の公共サービスで生活を営むことができる。つまり、「分かち合い」で生きていくことができるからである。〉

〈政府が秩序維持機能しか担わず、自己責任で生きていく社会を目指すのであれば、秩序維持機能の負担は富める者が負担する。それだからこそアメリカは、所得税・法人税中心の租税制度となっているのである。ところが、日本はアメリカと同様に「分かち合い」の「小さな政府」を目指している。〉

〈しかし、自己責任で生きていく社会なので、秩序維持機能の費用は、アメリカのように貧しき物は負担しなくてもよいとは言わない。自己責任で生きていけという一方で、ヨーロッパを見習い、貧しき者も消費税を負担しろという。〉

〈しかし、ヨーロッパは「分かち合い」の社会である。日本は支出では「分かち合いをせずに、租税で消費税を増税しようとしても無理である。もしこれを強行すれば、社会統合が破綻することは目に見えている。〉引用終わり

日本の新自由主義者は政策では新自由主義を取り入れながら税制では富裕層に甘く低所得者からも消費税をとるという選択をした。このまま新自由主義路線をとり続けながらこの税制を続けるのなら、神野さんの指摘のように社会統合が破綻しうまくいかなくなるだろうし、現に不満の声が噴出している。

日本がこれからも政策として新自由主義路線をとり続けるのなら、これ以上の消費税増税は困難になるだろう。現に8%から10%への増税は2回も延期されているし、自民党内でも消費税減税の声が出てきている。消費税減税は「小さな政府」を目指す新自由主義と親和的なのだ。

今、消費税減税を支持している左派の人たちは、日本の新自由主義者が富裕層を優遇し消費税増税で低所得者に負担を押し付けている現実だけを見て、消費税は新自由主義と親和的だと考えているのだと思う。しかし、本来の新自由主義の考え方は神野さんの指摘の通りで、租税は累進的にならざるをえない。

消費税は逆進的だから悪税と一刀両断するのではなく、新自由主義と高福祉国家のどちらを望むかを決める必要があるし、それによってとるべき税制も違ってくる。もちろん新自由主義から高福祉国家へすぐに転換などできないのだから少しずつ変えていくしかないし、私も現時点での消費税増税は賛成しない。

  

Posted by 松田まゆみ at 21:06Comments(0)政治・社会

2019年06月10日

新葉を噛み切る小蛾類の不思議(3)

 前々回前回の記事で、イタヤカエデとシラカバの葉を噛み切って落とす蛾の幼虫のことを書いた。落下した葉に蛾の幼虫がついていることに気づくと、足元に落ちている新葉が気になって仕方ないのでついつい地面に目をやることになる。そして昨年6月14日のこと、縁が巻かれているケヤマハンノキの葉が落ちているのに気が付いた。

 これはたった一枚しか拾えなかったが、やはり中には蛾の幼虫と思われる小さな幼虫が入っていた。この幼虫は葉脈を残して葉を食べている。

 6月24日にはケヤマハンノキの葉を巻いて糸でかがり、中から出てこなくなった。蛹化したのだと思う。

 そして7月3日に茶色い翅の蛾が羽化した。体長は約6ミリ。これはハンノハマキホソガだった。ほっそりとした体で、独特の姿勢をしている。

 成虫を横から見たところ。


 こちらは上から見たところ。


 ハンノハマキホソガの幼虫は写真を撮り損ねてしまったが、拾った葉はたった一枚なので幼虫が噛み切って落としたのか、それとも強風など何等かの要因で自然に落下したのかは判然としない。しかし、開葉したばかりの葉がそんなに簡単に落ちてしまうのもちょっと不思議であり、幼虫が噛み切った可能性が高いのではないかと思っている。

 葉柄を噛み切って落とす場合は噛み切った葉1枚だけしか餌にできない。従って、どうしても体の小さいミクロレピしかこういう芸当はできないだろう。あまり気づかれてはいないものの、こんな風に新葉を落としているミクロレピはけっこう沢山いるのかもしれない。

 小さな虫たちの世界はまだまだ知られていないことが多いし、興味は尽きない。
  


Posted by 松田まゆみ at 14:36Comments(0)昆虫

2019年05月31日

新葉を噛み切る小蛾類の不思議(2)

 前回の記事「新葉を噛み切る小蛾類の不思議(1)」では、イタヤカエデの新葉を噛み切って落下させるミドリモンヒメハマキについて書いた。イタヤカエデの葉の幼虫に気づいた後の2018年6月4日、今度はシラカバの新葉が何枚も道に落ちていることに気づいた。その葉は端の方からクルクルと巻かれている。葉の一部だけ巻かれているものと、全部巻いて筒状になっているものがあるのだが、巻かれた葉を開いてみるとやはり蛾の幼虫と思われる芋虫がいた。この虫も、新葉を噛み切って地面に落としてから葉を巻くらしい。一部だけ巻かれているものは、おそらく葉を巻き始めたばかりのものだろう。





 そこでこのクルクル巻かれたシラカバの葉を持ち帰って飼育してみることにした。6月4日のほか、11日と18日にも同じ場所で巻かれた葉を拾って持ち帰った。

 幼虫は筒状の葉の中に潜みながら巻いた葉を食べている。姿は見えないが飼育容器にフンが落ちているので葉を食べて過ごしていることが分かる。寄生蜂や寄生ハエに寄生されているものもあり、途中でハエらしき蛹が出てきたり、ハチが出てきたものもあった。

 24日になって、シラカバの葉を巻いている幼虫には小型で白色のものと大型で茶色のものがいることに気が付いた。小型の方は幼虫が大きくなると体に黒い斑点が現れる。



 下の写真は大型の幼虫。


 幼虫は巻いた葉の中から出てこないのでいつ蛹化したのかわからないのだが、25日に一部の葉を開いてみたところ小型の方が2頭蛹化していた。繭は作らないようだ。



 大型の方は巻いていた葉を食べつくしてしまうような状態だったので、新しいシラカバの葉を追加してみた。しかし、シラカバの葉を自分で巻くことはしない。大型の方は自分で新葉を噛み切って葉を巻いたのではなく、巻かれた葉に後から侵入したのではなかろうか。とすると、蛹化は土の中かもしれないと思い飼育容器に土を入れてみた。大型の幼虫は結局3頭混じっていた。

 7月5日には小型の幼虫から5頭の蛾が羽化した。こちらも専門の方に送ってカンバシモフリキバガであると教えていただいた。この蛾は翅の色彩が淡色のものから濃色のものまで変異がある。ミドリモンヒメハマキ同様、幼虫が蛹化するまでの餌は噛み切った1枚で足りるようだ。







 大型の方はやはり土の中にもぐって蛹化したようだが、結局成虫になったのは1頭だけだった。そしてこちらはハイイロヨトウとのこと。



 イタヤカエデの葉を噛み切って落とすミドリモンヒメハマキにしても、シラカバの葉を噛み切って落とすカンバシモフリキバガにしても、新緑の季節にはとても沢山の葉が落ちている。それなのに今まで気づかなかったことにちょっと愕然とした。そして、両者ともにネットなどの記述を見ると食草は書いてあるのに、葉を噛み切って落下させるという習性まで書かれているものは見当たらない。なんだかとても不思議だ。(続く)

新葉を噛み切る小蛾類の不思議(3)
  


Posted by 松田まゆみ at 21:23Comments(0)昆虫

2019年05月30日

川崎市での殺傷事件について思うこと

 5月28日の朝に川崎市でスクールバスを待つ子どもたちを狙った殺傷事件が起きた。以下はこの事件に関する私のツイート。

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先日の川崎の事件で、大阪の池田小学校での事件を思い浮かべた人も多いと思う。ともに裕福と思われる私立学校の子どもを狙った凶悪な犯行。そこには裕福で幸せそうな人たちに対する強い憎しみが感じられる。おそらく加害者は自分を受け入れてくれない社会に対して強い復讐心を抱いていたのではないか。

アドラー心理学では、人の問題行動の目的を1称賛の欲求、2注意喚起、3権力争い、4復讐、5無能の証明の5段階に分けている。段階が進むにつれて重症度が増す。復讐や無能の証明にまで進んでしまうと、専門家の介入がなければ解決は困難になる。https://www.fujiimasanori.com/entry/2016/03/30/215622

池田小学校の事件も川崎の事件も、加害者はこの復讐や無能の証明にまで進んでしまっており、殺人事件を起こすことで社会に対する復讐をしようとしたように見えるし、そうした事件を起こすことで注目を浴びようとしたとも受け取れる。どこにも居場所を持てず他者と信頼関係が持てない加害者像が浮かぶ。

こういう凄惨な事件が起きるたびに強い加害者批判が繰り広げられる。もちろん何の罪もない人たちが犠牲になるようなことはあってはならないし、批判されるべき凶悪事件であることは間違いない。しかし、加害者を強い言葉で責め立てたところでこのような問題の再発防止にはつながらない。

実際に殺人や自殺にまで及んでいないにしても、社会から孤立して同じような心理状態になっている人は恐らく大勢いるだろう。そういう人たちに対して必要なのは加害者への強い怒りの言葉ではないし、希死念慮を抱いている人には「勝手に一人で死ね」という言葉は自殺を誘発することになりかねない。

私はこのような心理状態になってしまっている人であっても、他者が手を差しのべることが必要だと思っている。もちろん素人には無理なので、経験のあるカウンセラーなどの介入がどうしても必要になる。更生はとても難しいし時間がかかるとは思うけれど、不可能だと言い切ることはできない。

藤田孝典さんのこの記事に対し、ネットでは「自分が被害者遺族だったらこんなことが言えるのか」という批判の言葉が溢れている。しかし藤田さんは被害者のことがどうでもいいと言っているわけではない。第三者として同様の事件を増やさないためのお願いをしているだけだ。https://news.yahoo.co.jp/byline/fujitatakanori/20190528-00127666/

被害者や被害者遺族に心を寄せ支援をするのはもちろん大事だけれど、私たちに求められるのはそれだけではない。こうした犯罪をなくしていくために私たちが注意を向けるべきことは加害者の心理であり、同様の事件や自殺者を生み出さないためにどうすべきか考え安易な発言を自重することではなかろうか。
  

Posted by 松田まゆみ at 21:19Comments(0)政治・社会

2019年05月29日

新葉を噛み切る小蛾類の不思議(1)

 今年も新緑の季節が巡ってきた。そして新葉がハラハラと舞う季節になった。

 5月22日付の北海道新聞夕刊「科学」のコーナーに、北海道博物館の堀茂久さんによる「葉の落下傘で地上へ」という記事が掲載されていた。ウラキンシジミという蝶の幼虫が、アオダモの小葉を食いちぎって地上に落下し、その葉を食べて葉の下で蛹になるという話だ。

 私はウラキンシジミのことは知らなかったのだが、昨年の新緑の季節にこれと同じことをする蛾に気づいた。

 昨年の5月下旬、みずみずしい新葉が開いたばかりのイタヤカエデから、青々とした新葉がハラハラと何枚も落ちてくる光景に出会った。開葉したばかりだというのに、なぜこんなに葉が落ちてくるのだろうか? 疑問に思い落ちてきた葉を拾って良くみると、どの葉にも蛾の幼虫らしき小さな幼虫がついている。どうやら新葉の葉柄を噛み切って落としているらしい。この小さな幼虫は、地面に落下してから葉脈に沿って葉を綴り、体を隠してしまう。





 はて、何の幼虫だろう? こんなに沢山落ちているのだから、きっと「イタヤカエデ 蛾 幼虫」でネット検索でもすれば種名が分かるだろうと思ったのだが、検索してもそれらしき昆虫は出てこない。気になったので、知人の蛾の研究者に連絡をするとさっそく見に来られた。ミクロレピ(小蛾類)の幼虫だというが、飼育しないと種名は分からないという。そこで、5月30日に幼虫のついた葉を拾い、飼育してみることにした。

 この幼虫はイタヤカエデの葉をつづって中に潜みながら、葉を食べていく。蛾の幼虫の飼育はしたことがなく、拾った葉が乾燥して死んでしまう幼虫がいたので途中から水分を補うようにしたら、今度は葉にカビが生えたりと、慣れないことをやるとなかなか上手くいかない。容器を洗って新しい葉を入れたり、新たに幼虫のついた葉を拾ってくるなど、ちょっと手間取った。ハチに寄生されている幼虫も何頭かいたが、残った幼虫は次第に大きくなって6月19日に繭をつくった。繭は葉を楕円形に齧り、それを二つ折りにした中に作る。



 こちらは容器と葉の間に作った繭。


 6月24日に蛹化。繭をつくってから4、5日ほどで蛹化するようだ。



 そして7月13日になってようやく成虫が出てきた。





 もちろん私には種名が分からない。蛾はとても種類が多いうえ、ミクロレピと言われる小蛾類の分類はとても難しい。ミクロレピが専門ではない知人も分からないとのことでミクロレピの専門の方に成虫をお送りし、ミドリモンヒメハマキと教えていただいた。

 飼育してみて分かったのだが、幼虫が必要な餌の葉は噛み切った葉1枚で足りるようだ。ウラキンシジミ同様、新葉を噛み切って落下傘にして地上に降り立ち、その一枚の葉で育ち繭もそこに作る。小さい蛾だからこそこんな芸当ができるのだろう。

 さて、この蛾の幼虫はなぜ葉を噛み切って落としてしまうのだろう? 樹上で葉を食べて蛹化しても良さそうなものだが、そうせずに餌の葉ごと落下するのは何か理由があるに違いない。

 知人によれば、蛾の幼虫がまだ有毒物質を蓄えていない新葉を食べるために葉を切り落とすのではないかとのことだった。十分ありえることだと思う。これは私見だが、樹上よりも地面に落ちてしまったほうが野鳥などに見つかりにくくなるということもあるかもしれない。

 ウラキンシジミと同様にこの蛾も樹木の葉を餌としながら地上で蛹化し羽化することを選択したということだが、実はその後、このような生態を持つ蛾をほかにも見つけることになった。(続く)

新葉を噛み切る小蛾類の不思議(2)

  


Posted by 松田まゆみ at 21:30Comments(0)昆虫

2019年05月25日

ゴマダラヒメグモ

 砂利河原で見られるクモにゴマダラヒメグモがいる。やや大きめの石の間などに不規則網を張っていて、クモは石の陰や石の下などに潜んでいる。和名の通り、腹部は黒色に白い斑点があるが、個体によって全体的に黒っぽいものから白い斑点がはっきりしているものまで変異がある。






 このクモ、砂利河原ならどこにでもいるというわけではない。私の印象では、大雨などで水量が増えたときにも容易に水没しないような、ちょっと高めの中洲などの砂利河原に網を張っているようだ。川が増水しても流されないような場所を選んでいるのか、それとも増水時に流されないところに網を張っていた個体だけが生き残ったのか分からないが、河原でゴマダラヒメグモを探すときの目安にはなる。
  


Posted by 松田まゆみ at 20:24Comments(0)クモ

2019年05月24日

マユミテオノグモ

 北海道にきて間もない頃、道路の上を歩き回っているクモが目にとまった。捕まえてみると、背甲と腹部の斑点が金色に輝いているワシグモで、後日、旧北区に分布するCallilepis nocturnaであることが分かった。日本では北海道からのみ記録されている。和名のマユミテオノグモは、クモの和名に採集者の名前を付けるのがお好きな故千国安之輔先生が付けられた。

 このクモはなぜか、アスファルトの路面を歩いていることが多く、見かけるのはほとんど道路。アリを食べているとのことだが、確かにアリが多いところでよく見かける。

 すばしこくて写真を撮るのが大変なのだが、昨日ようやく写真に収めることができた。雄もいたのだが、こちらは素早くて写真は撮れずじまい。

 銀色に輝くクモといえばギンメッキゴミグモの仲間とかシロカネイソウロウグモなどが思い浮かぶが、金色に輝くクモはこのクモくらいしか思い浮かばない。







  


Posted by 松田まゆみ at 20:21Comments(0)クモ

2019年05月05日

春を彩るエゾエンゴサクの絨毯

 北海道の春を彩る花の代表といえばやはりエゾエンゴサクだと思う。落葉樹林の林床や道端などで普通に見られるが、早春に咲く花でこれほど爽やかはブルーの花はほかに思いつかない。花の色は個体によって変化があるものの、青い絨毯のような群生地の光景はひときわ目を引く。

 3日にウラホロイチゲを見に出かけた際、エゾエンゴサクの大きな群落があった。




 エゾエンゴサクはカタクリと混生していることがよくありブルーとピンクのハーモニーがとても美しいが、ここでは白いアズマイチゲと黄色いキバナノアマナが彩を添えている。




 近くで見るとこんな感じ。




 白花のエゾエンゴサクも混じっている。




 こちらは淡いブルーの花。




 木々が葉を広げる前に一斉に花をつける春植物(スプリング・エフェメラル)は、毎年今の季節だけの楽しみだ。十勝平野ではエゾヤマザクラも咲き始めたが、私は桜より林床の可憐な花たちのほうがはるかに好きだし、春を実感する。
  


Posted by 松田まゆみ at 13:39Comments(0)植物