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2017年02月13日

インターネットという凶器

 私はもともとアナログ人間で、パソコンやインターネットが普及しはじめた頃もすぐに飛びつく気にはなれずに様子を見ていた。なぜなら、ちょっとした手違いや故障などで文書やデータなどが全て消えてしまうのではないかという恐怖があったからだ。

 しかし、インターネットが普及して周りの人が次々と使うようになると、メールが使えないと他の人たちとのやりとりに参加できないし、インターネット上の情報も得られず不便を感じるようになった。また、講演会や学会での発表ではパワーポイントが必須になってきた。そんなわけでパソコンやインターネットを利用せざるを得なくなり、アナログ人間などとは言っていられなくなった。

 インターネットの発達によって、私たちの生活は格段に便利になった。検索をかければすぐにいろいろな情報が手に入るし、新聞やテレビでは得られないニュースや情報も知ることができる。家に居ながらにして買い物ができるし、学会誌などの掲載された学術論文などもどんどんネットに公開されるようになり、文献の入手も楽になっている。

 しかし、利便性追及の裏には必ずといっていいほど負の部分が潜んでいる。インターネットの発達によって、コンピューターウイルスの感染や個人情報の漏えい、嫌がらせ目的の誹謗中傷などに日々晒されるようになった。しかし、それとは比べ物にならないくらいとんでもなく恐ろしい欠点があるのだ。それを思い知ったのが以下の記事だ。

「テロは口実」 映画『スノーデン』と酷似する日本

【岩上安身のツイ録】「ここに目覚めた人がいる!」―― 映画「スノーデン」の監督オリバー・ストーンが岩上安身の質問にビビッドな反応!!スノーデンが明かした米国による無差別的大量盗聴の問題に迫る!! 2017.1.18 

 映画「スノーデン」は見ていないが、事実に基づいて作られているのは間違いないと思う。今、私たちはインターネットを利用した監視社会に取り込まれており、もはや世界はサイバー戦争に突入しているという現実だ。トランプ氏が大統領選で勝つようにロシアが仕組んだと言われているが、あらゆるところでネットによる監視と情報収集、情報操作やサイバー攻撃がはじまっている。

 ドイツのメルケル首相の携帯電話が盗聴されていたことが明るみになったが、国の要人は米国に盗聴され監視されていると見るべきだろう。そればかりか、米国では市民のメールが盗み読みされ、インターネットの閲覧履歴を見られ、交友関係まで探られている。

 もちろん、安倍首相が進めようとしている「共謀罪」も、米国と同じ監視社会を目指している。もし、「共謀罪」が成立したなら、日本国民は監視対象となり政府に楯突く人は間違いなく監視されることになるだろう。しかも日本はマイナンバーで国民を管理しようとしている。共謀罪が成立したら独裁国家になるのは容易いし、真実を伝えようとする告発者は口を封じられる。共謀罪の「テロ防止」などというのが口実に過ぎないということをスノーデン氏は身を持って警告している。

 それだけではない。岩上安身さんは、こんなことを書いている。

スノーデンは、日本の横田基地内で働いていた頃を述懐して、NSAは日本でも盗聴をしていたと証言している。その内容についてスノーデンの言葉を、ストーン監督は映画の中でこう再現する。「(日本への)監視は実行した。日本の通信システムの次は、物的なインフラも乗っとりに。ひそかにプログラムを、送電網や、ダムや、病院にも。…もし日本が同盟国でなくなった日には、彼ら(日本)は終わり。マルウェア(不正な有害ソフト)は日本だけじゃない。メキシコ、ドイツ、オーストリアにも」。こうしたスノーデンの言葉に、映画では日本列島から電気の灯りが消えてゆく、全電源喪失のイメージ画像が重ねられる。


 これが事実なら、インターネットを悪用して特定の国のインフラを停止させ壊滅状態に追い込むのは簡単なことだ。もちろん米国はこのマルウェアの件は事実だとは決して認めないに違いない。しかし、大半のインフラがコンピューターで制御されている現代において、これは核戦争と同じくらいのインパクトがある恐怖だ。原発をメルトダウンされることだって可能だろう。一国をボタンひとつで壊滅状態にできる。まさしく「サイバー戦争」の時代に突入している。

 もちろんこんなことを実行したなら米国は世界から糾弾され信用は地に落ちる。しかし、マルウェアが絶対に起動しないという保証もない。日本が米国との同盟関係を解いたなら、マルウェアの恐怖にさらされる。さりとて米国の望むように共謀罪を成立させ平和憲法を改悪したなら、日本は米国に思いのままに支配され奴隷状態になるだろう。オリバー・ストーン監督は「日本は米国の人質」と言っているそうだが、まさに、追い詰められた状態ではないか。

 インターネットは使い方によっては簡単に凶器となり、人々の命まで簡単に操作できる。のほほんとインターネットの利便性に浸っているどころの話ではない。原子力が平和利用の名のもとに原発という凶器になったように、インターネットも同じ道をたどるのかもしれない。

 利便性を追求してきた人類に襲いかかるのは、サイバー戦争による自滅なのだろうか? それとも核による自滅なのだろうか?

 これを避けるためには人々が競いあうのではなく協力的な社会をつくっていくしかないと思うのだが、果たしてそれが可能なのだろうか。私たちには、これを何とか食い止める良心と時間が残されているのだろうか。
  


Posted by 松田まゆみ at 22:05Comments(0)メディア政治・社会

2015年12月31日

ネットで他人を叩いたり嫌がらせをする人たちの心理

 今年も大晦日を迎えたが、この一年を振り返ってみるなら、これまでになくネットで嫌な思いをした年だった。嫌な思いというのは、他者を貶めたり傷つけるネット言論に辟易とさせられたということだ。ひとことで言えば「嫌がらせ」であるが、度が過ぎれば不法行為や犯罪でもある。

 昨今では「ネットリンチ」とか「ネット私刑」などという言葉も目にするが、個人情報を晒した匿名者が名前や職場を特定されて退職に追い込まれる事態も生じており、まさにネットが凶器となっていることを実感する。

 私も以下のようなことを体験したり目撃し、うんざりした一年だった。

1.ツイッターでの攻撃。誹謗中傷、罵詈雑言、冷笑、論評、人格否定、個人情報晒し、執拗なリプライ。
 これについてはあえて説明する必要はないと思うが、自分と考えの合わない人や気に入らない人に対し、侮辱的な発言をしたり攻撃的な対応をするタイプだ。ツイッターで、他人のツイートを引用して批判ばかりしているような人もいる。

 人は多種多様な意見を持っているのであり、自分の意見は自分のタイムラインで呟いていればいいはずだ。ところが、違う意見の人にいちいちリプをして自分の意見を押しつけようとしたり、相手を罵倒する人がそれなりにいる。意見交換や議論は否定しないが、相手への中傷や人格否定の発言をしたら、感情による応報になってしまい議論から逸脱する。また、意見を同じくする人が徒党を組み、よってたかって特定の者を攻撃することもある。あるいは、次々とアカウントを変えて暴言を繰り返す者もいる。こうなると、嫌がらせが目的としか思えない。言論の自由と嫌がらせを履き違えているのである。そんなマナー知らずの人にうんざりさせられた。

2.陰謀思考・妄想による疑いを基にした特定の者への質問攻め、攻撃、ネガキャン。
 このタイプにもかなりわずらわされた。どうやら陰謀思考や妄想癖がある人は、自分の憶測が正しいという強い思い込みがある。そしてその思い込みが間違いであることが判明した場合でも、間違いであることを認めようとはしない。質問に答えても、自分に有利な情報を探して自分が正しいということを更に主張する。理解しあうための質問ではなく、相手を追及するための質問なのだ。

 憶測による疑いであるから事実無根の中傷とは異なるのだが、公の場で他人に嫌疑をかけ執拗に質問を繰り返したり疑惑を投げかけたなら、場合によっては相手の社会的評価を落とすことになりかねない。それに、身に覚えのない事実無根のことで疑われた者は精神的に傷つき疲弊する。本人にとってはたまったものではない。他人の精神的苦痛をまったく考えない自己本位の言動としか思えない。

 また、批判的意見を言われたことをきっかけに自分が攻撃されたと主張し、報復的に相手のネガキャンを繰り広げた人もいた。

3.反論を装った執拗な攻撃。意見や感想、論評に対し事実誤認を理由にした難癖。
 ブログで他者にアドバイスや意見を求めておきながら、意見を寄せた人を名指ししてことごとく反論して自己正当化するという人物もいた。コメントに書かれた意見を、わざわざ記事として取り上げて反論する。しかも意見や論評であっても、「事実誤認」「説得力がない」などというワンパターンのフレーズで反論し、同じ主張を何回も記事にして執拗に繰り返すのである。名指しで執拗に反論することで自己正当化するという手法は、反論を装った嫌がらせである。

4.井戸端会議の感覚で名指しで他人の噂話や批評をする。
 井戸端会議というのは限られた人たちの仲間内の雑談であるが、ツイッターでそれと同じような感覚で他人の噂や悪口を言う人もいる。名前を出して、あるいは名前は出さないものの第三者にも誰のことなのか分かるような表現で他人の悪口をつぶやく人もいる。いわゆるエアリプである。これなども、本人が目にしたらきわめて不快であり、嫌がらせといっていいだろう。

***

 攻撃的な言葉を使わなくてもいくらでも自分の主張はできる。というより、誠実な人ほど、攻撃的な言葉は使わない。それにも関わらず、ネットでは他人を不快にしたり傷つける言論が溢れている。知らず知らずのうちに加害者になっている人もいると思うが、相手を傷つけることを目的にしている人もいるだろう。ネットは、使い方によっては簡単に他者に精神的苦痛を与える凶器になってしまう。実に恐るべきことだ。

 そうした言論の大半は匿名の卑怯者だ。自分は傷つかない、あるいは自分の社会的評価は決して低下しない立ち位置で、実名の他人を貶める。相手が傷つくことを分かってやっているとしか思えない。

 また、ずる賢い人は、名誉毀損にならないよう「意見論評」という形をとって他者を攻撃する。なぜなら、事実の摘示と意見論評は別であり、前者は真実性・真実相当性の要件を満たさなければ名誉毀損になりかねないが、意見論評であれば「人身攻撃に及ぶなど意見,論評としての域を逸脱」しない限り許されると判断されることが多いのだ。

 しかし、いくら意見論評であっても、特定の人物に対し名指しで批判的論評を執拗に続けたなら、それは攻撃といえるだろう。

 いずれにしても、一年間ほどの間にこれほど多種多様な嫌がらせを受けたり目にしたことはこれまではなかった。そして、他者を平気で傷つける人の多さに、この国の病を見た気がした。

 では、人はなぜ公のネット空間でこのような嫌がらせや攻撃をするのだろう? 今読んでいる「生きづらさからの脱却」(岸見一郎著 筑摩書房)という本に、こんなことが書かれている。

虚栄心のある人は敵意を持っており、完膚なきまでに他者を打ち負かし、「いたるところで、嘲笑と非難を用意し、独善的でどんな人も批判する」(『性格の心理学』)。攻撃こそ最大の防御だといわんばかりである。(87ページ)

「[他の人の]価値を認めることは、彼[女]らにとって、個人的な侮辱のように作用するのである。ここからも彼[女]らの中に弱さの感情が深く根づいていることを推測できる」(『性格の心理学』)(88ページ)

差別やいじめは強い劣等感に由来する。普通にしていては自分の価値が認められないと思う人が他者を差別したり、いじめたりするという面があるので、このような行為は人間として許されないことであるとただ訴えるだけでは差別やいじめはなくならない。差別し、いじめる側の心理についての理解が絶対に必要であり、厳罰を科せば何とかなるようなことではない。(92ページ)

 なるほどと合点がいく。ネットで嫌がらせをする人たちは、他人を貶め打ち負かすことで自分の優位性を誇示しようとしているのだ。こういう人と意見交換をしようとしてもうまくいくはずがない。相手を打ち負かすことが目的なのだから、理解を深めようなどという気持ちははじめからないのだ。

 陰謀論を振りまく人も同じだ。陰謀説を信じるのは自由だが、信じない人を見下す発言をする場合は、自分の優位性を誇示したいのだ。ネットが普及してから陰謀論が急速に広まった感があるが、多くの場合、リテラシーのなさから陰謀論に嵌っているにすぎない。

 ネットで他人叩きをすることで自分の優位性を誇りたい人たちは、おそらく他人にどう見られるのかということばかりに拘り、主体性のない人生を送るのだろう。こんな風に嫌がらせをする人の目的が分かると、実に哀れで弱い人たちだということに気づく。そして、そのようなやり方を身につけて生きてきた人たちは、自分のやり方を変えようと決心しない限り、変わることはない。

 日頃のツイートではさほど違和感がない人でも、何回かやりとりをした結果、虚栄心が強く自己本位な人であることが露呈してしまうこともある。自己正当化のために論点を逸らせたり、いつまでも攻撃的発言を続ける人は間違いなく虚栄心の強い人だ。そんな自分勝手な人とやりとりをしても理解しあえることはないし、時間の無駄づかいでしかない。相手をしないのが賢明という結論になる。

 上記の書籍では、虚栄心が過度に強い人について、以下のように述べている。
「虚栄心が、一定の限度を超えると、それは非常に危険なものになる。それが、実際にあることよりもどう思われるかに関わるような、様々な役に立たない仕事や消費へと人を強いるということ、[他者よりも]自分のことをより考えさせ、せいぜい、自分についての他者の判断のことを考えさせるということは別としても、人は、虚栄心によって、容易に現実との接触を失うのである。人間的な連関を理解しないで、人生との連関を持つことなく、とりとめもなく動く。そして、人生が要求していること、人間として[人生に]何を与えなければならないかを忘れる。虚栄心は、他の悪徳とは違って、人間のあらゆる自由な発達を妨げる。結局のところ、絶え間なく、自分にとって有利かどうかということばかりを考えるからである。(前掲書)(90ページ)

 嫌がらせをする人たちは自己中心的であり、内面は弱く不幸な人たちであるということを悟れば、さほど腹も立たなくなる。とはいうものの、ネットという公の場で平然と他者を傷つける人は危険でもあることを知っておく必要があるだろう。攻撃や報復は決して問題解決にはならない。度を越せば不法行為であり犯罪であるにも関わらず、その自覚のない人があまりに多すぎる。また、虚栄心の強い人は承認欲求が強く、褒められおだてられることで簡単に権力者に利用されてしまう。そういう意味からも、実に危険である。

 そして懸念されるのは、このような自己中心的で攻撃的な人たちがどうやら平和を願い戦争に反対している人の中にもある程度いるらしいということだ。平和を主張していても内面は好戦的であり、それは弱さゆえの見栄からきている。ところが、こういう人たちは自分が自己本位で攻撃的である(他者を傷つけている)ことを自覚していない。自分に危険が迫れば、弱さゆえに簡単に体制に従うのではなかろうか。

 危険だからといってネットで他人を叩く人を切り捨ててしまえばそれで問題が解決するというわけではない。ネットで他人を叩くことが善だと思っている人は、なぜ自分がそういう気持ちになってしまうのかを知っておいたほうがいいように思うし、そこにしか解決の糸口はない。そのような方には「生きづらさからの脱却」を読むことをお勧めしたい。

 なお、誤解を生じないように言っておきたいが、論理的に批判をすることは「叩き」ではない。納得のいかない意見に対しては正々堂々と自分の意見を論理的に提示すべきであり、これを「叩き」とは言わない。私がここで批判しているのは感情的な暴言や他者を見下す発言、ネットを利用した巧みな嫌がらせである。
  


Posted by 松田まゆみ at 07:14Comments(0)メディア

2015年10月18日

長崎功子さんとの和解と不可解なブログ

長崎功子さんとの論争と和解のいきさつ
 長崎功子さんは今年の1月16日にご自分のブログで私のことを取り上げ、私が長崎さんを攻撃、中傷したという主旨の記事を書いた。私は基本的に「言論には言論で対抗」という主義だ。あまりに事実誤認だらけの記事であったため1月20日に「長崎功子さんへの反論」という記事を書いて、事実を指摘して反論した。ところが、長崎さんはその後も私に対する中傷記事を書き続け、私が気がついた時には15本にもなっていた。明らかに事実無根の中傷であり名誉毀損だ。仕方なく7月4日に「長崎功子さんへのメッセージ」という記事を書き(翌5日に追記)事実誤認を指摘するとともに、修正や削除などの対応を求めた。

 その記事には「あなたの私に対する事実誤認の誹謗中傷記事をすべて削除ないしは非公開にしてその旨を私にお知らせいただければ、私の反論記事およびこの記事は根拠も意味もなくなりますので、私も削除ないしは非公開にしましょう」とも書き添えた。しかし、その後も長崎さんは第三者が見ても明らかな事実誤認ですら訂正も削除もしなかった。長崎さんは、自分の主張こそ正しいと、頑として譲らないようだった。

 このような膠着状態がしばらく続いていたが、9月4日に長崎さんから突然電話があり、「疲れたのでお互いに記事を削除しませんか」との提案がなされた。私も、長崎さんが記事を削除するのなら私の2本の反論記事も削除するということで合意した。さらに長崎さんは私のツイッター発言(長崎さんの名前は書いていないが、彼女の身内に関わるツイートをしていた)も削除してもらえないかと言ってきた。和解するならそれも構わないと思い、了解した。

 電話を切ってから長崎さんのブログをチェックし、長崎さんが記事を消したのを確認してから私も同様の対処をした。また長崎さんのことに関するツイート(名前は出していない)もいくつか削除した。

 これが長崎さんとの和解の経緯である。あえてお知らせするようなことではないので、この和解の件をブログ記事にすることはしなかった。

不可解なブログの出現
 今回、この和解のことをわざわざ書くことになったのは、理由がある。実は、私たちの和解を無視した非常に不可解なブログ(仮に**ブログと表記)が現れたのだ。

 10月3日のこと、私のブログ(さぽろぐ版)にクンちゃんから「長崎功子さんへのメッセージ」という記事に書き込んだ自分のコメントが見えなくなっているとのコメントがあった。
http://onigumo.sapolog.com/e440179.html#comments

 私は和解したことを伝え、そういえば長崎さんはどうしているのだろうかと彼女のブログを訪問してみた。すると、「指定されたブログが見つかりません。ブログが削除されているか、指定したURLが間違っている可能性があります」と表示され、ブログが見られなくなっていた。せっかく和解して私との論争に終止符がうたれたというのに、なぜブログを閉鎖してしまったのだろう・・・。私はそのことがとても気になった。それでいろいろ検索で調べているうちに不可解な**ブログがあることを知った。

 そのブログは私たちが和解をした翌日の9月5日から記事が書かれており、現時点(2015年10月18日)で14本の記事が掲載されている。はじめから読んでいくと、和解したはずの論争を再び取り上げ、ブログそのものが私の批判と中傷になっている。長崎さんが削除したはずの記事が転載されていたり、削除した記事に書き込まれた長崎さんを擁護するコメントが貼り付けられたり、私のブログ記事や他ブログに書き込んだコメントが無断転載されていたりする。それらの記事の論調は、長崎さんの以前の記事と同じである。また、文体も長崎さんとよく似ている。

 匿名だから、誰が書いているのか分からない。しかし、この**ブログ自体に以下のような問題がある。

1 長崎さんとの論争は電話による和解によって終止符を打ったのであり、現在は双方の記事を見ることはできない。**ブログ主はおそらく長崎さんのブログと私のブログを頻繁にチェックしていた方と思われる。そうであれば、長崎さんはご自分のブログで和解したとの記事も書いていたのだから、私たちがお互いに記事を削除したことは分かっていたと思う。当事者同士が和解して紛争が終結したにも関わらず、第三者が再び類似した記事を掲載するのは当事者にとっては和解を無視されたと同然であり大きな迷惑である。また、仮に長崎さんがこのブログを書いているのであれば和解を反故にしたのであり、容認はできない。

2 **ブログでは、明らかに私についての事実無根の中傷が書かれている。たとえば、あるブログに私が複数のハンドルネームで長崎さんを攻撃するコメントをしたと書かれているが、そのような事実はない。私がブログで長崎さんに対し「異常な書き込み」をし、「相手を打ちのめしている」とか「攻撃している」などとも書かれているが、これも事実無根の中傷である。このような嘘を書くのであれば、私が消した2本の反論記事および長崎さんに関する記述を修正ないし削除した3本の記事(これについては後述する)を証拠として再掲載することも検討しなければならないだろう。また、あたかも私がサイコパスであり長崎さんに嫌がらせをしていることを示唆するような書き方をしているが、これももちろん事実無根の中傷である。

3 **ブログでは私の記事が無断転載されている。また、他者のブログ記事に書き込んだ私のコメントも無断転載されている。すでに長崎さんが削除して消えてしまった第三者のコメント(長崎さんを擁護するもの)も転載されている。これは、著作権法に抵触する。

ブログの閉鎖を求める
 **ブログには私のブログ記事が複数転載されている。それらの記事にはたしかに長崎さんに関する記述があったが、そのうちの1本は長崎さんの名前は記していない。それらの記事は長崎さんとの和解で削除を約束していたものではないし、中傷にはあたらない。しかし、長崎さんとは和解したので、私は10月に入ってからそれらの記事の長崎さんに関する記述部分の削除や修正を行った。この対処によって、彼女の名前でネット検索をしても私の記事が検索結果に現れることはなくなった。したがって、長崎さんと論争になるような記事は現在は存在しない。

 私に批判的なコメントを集めたり中傷を書いている**ブログは、私をターゲットに嫌がらせをしているとしか思えない。このまま放置すると、今後も私の中傷を続けていくことが予想される。しかしこのブログはコメント欄を閉じており、私はブログ主と連絡をとる手段がない。しかし、ブログ主は私のブログを頻繁にチェックしているものと思われる。したがって、長崎さんとの和解の事実をここに明らかにするとともに、和解を無視し社会規範を逸脱する中傷ブログを削除することを求める。

 なお、**ブログがただちに閉鎖されれば、私もこの記事を削除する意向である。

注:長崎さんとは和解をしているが、和解の経緯や内容を公開しないという約束はしていない。また、長崎さんが過去に書いた私の中傷記事はスクリーンショットを撮って保存しており、彼女が中傷記事を書いたことについては証拠がある。したがって、和解についての経緯や概要を書くことは何ら問題ないと判断した。もちろん、私は和解直後に現れたこの不可解な**ブログの記事をすべてスクリーンショットに撮って保存している。
  


Posted by 松田まゆみ at 10:52Comments(0)メディア

2015年09月05日

言論の責任とヘイト(憎悪)発言

 最近、ツイッターでヘイト(憎悪)発言について何回か呟いた。というのも、ネットによる叩きが異常といえる状況になっており、そろそろ何らかの対処が必要ではないかと思えてならないからだ。

 一口にヘイト発言といっても、悪口、罵倒、誹謗中傷、蔑み、人格否定、嘲笑など様々だ。さらに、検索などを駆使して個人情報やネガティブ情報を収集し、事実も確かめずに拡散させる嫌がらせや脅しが後を絶たない。まさにネットが「いじめの世界」になり果てている感がある。

 ネットによるヘイト発言は、現実社会での悪口とは質が違う。現実社会の悪口は顔が見えるしその場限りだ。しかしネットでは削除しない限り永遠に残り、場合によっては書いた人の意思に関わらず拡散されていく。たとえ削除されたとしても、コピーが出回って回収不可能ということも生じかねない。場合によっては特定の個人に大変なダメージを与えることができるし、他人の人生を狂わせてしまうことになりかねない。それだけに、個人を名指ししたヘイト発言の責任はきわめて重いといえるだろう。

 ネットのモラル、マナーの問題であると同時に、名誉毀損やプライバシー侵害、侮辱といった法に触れる行為でもある。不法行為なら法的手段に訴えればいいという意見があるかもしれないが、相手を特定して提訴するにしてもj時間や労力、お金がかかるし、損害賠償が認められたとしても弁護士費用などを考えれば赤字になりかねない。庶民には法的対処も容易ではない。そういう理不尽なことがあまりに安易に行われているのが、日本のネット事情だ。ネット叩きを恐れて、自分の意見も言えないという人も多いだろうし、きわめて由々しき状況に陥っている。

 とりわけ卑劣なのは、匿名で実名の者(ハンドルネームでも本人を特定できる者を含む)を叩く行為だ。ヘイター(憎悪者)は安全圏にいながら、相手の社会的信用だけは徹底的に落とそうとする。名誉毀損という犯罪行為でもある。

 中には実名のヘイターもいるが、そのような人は匿名者よりもはるかにリスクを負っている。なぜなら、実名でヘイト発言をすることで、自らヘイターであることを証明しているのであり、自分で自分の社会的信用を落としているともいえるからだ。そういう意味では実名で本人を特定できるようにしているヘイターは、匿名のヘイターより確かに責任(あるいはリスク)を負っている。

 もちろん、匿名であろうと実名であろうと、犯罪行為に変わりはないし、犯罪を放置すべきでないのは言うまでもない。ツイッターであれば、相手にしないだけではなくブロックで防御するのが賢明であろう。

 日本でこれほどにまでネット叩きが横行するのは、協調性を強要する日本のムラ社会にも関わっているのではないかと思う。同調圧力の強い社会では日頃から自分の本音が言えないため、そのストレスの発散を匿名発言が可能なネットで晴らしている人もいるのではなかろうか。

 それと同時に、自分の発言に責任を負いたくないという無責任体質の蔓延がある。ネットが発達していなかった頃は、一般の市民が校閲や編集などのチェックが何も入らない媒体で言いたい放題に発言することなどほとんど不可能だった。だから名誉毀損というのはもっぱら雑誌でプロの記者が書いた記事とか、書籍などの記述が対象になる程度だった。ところが誰でも匿名で簡単に発言できるネットでは、無責任な者による誹謗中傷や名誉毀損発言が溢れることになってしまった。

 無責任体質の背景には、成熟していない個人や社会がある。日本ではブログやツイッターの匿名率が高いという。以下参照。

諸外国別にみるソーシャルメディアの実名・匿名の利用実態(2014年) (Garbage NEWS.com)

 個人個人が成熟しており責任意識が高ければ、自分の責任において自己主張をするし、自分とは異なる意見に対し論理的に反論をすることはあっても感情的な誹謗中傷はしない。

 また、日本の場合は実名で発言しただけで、所属する組織から圧力がかけられるという事情もあるようだ。本来、組織が個人の発言を縛るようなことはあってはならない。ところが、この国では個人の発言に組織が干渉し、極端な場合は職を失うことにもなりかねない。組織が個人の言論の自由を拘束しているような社会はとても成熟した民主主義社会とは言えない。これでは実名言論が委縮するのも無理はない。

 しかし、その言論統制から脱却しようと努力しない限り、いつまでも成熟した個人や社会にはなれないだろう。自分の発言に責任を持つ成熟した個人、そして言論の自由を尊重する成熟した社会をつくっていくことが必要なのではなかろうか。そのために必要なのは、現状を変えようと一歩踏み出す勇気でしかないと思う。

 いずれにしても、相手を特定したヘイト発言が犯罪であり不法行為ありどれほど危ういことなのか、この国の国民はいい加減に気づくべきだと思う。



   
  


Posted by 松田まゆみ at 10:38Comments(0)メディア

2015年08月11日

言いがかりとしか思えないIWJへの削除要請

 日向製錬所とサンアイが黒木睦子さんを名誉毀損および業務妨害で提訴した件で、木星通信(主宰 上田まみ氏)と市民メディア宮崎CMM(主宰 大谷憲史氏)が、IWJの記事に関して削除を求めている。これについて私の意見を以下に述べたい。

 削除を求められているIWJの記事は以下。
宮崎県日向市在住の主婦をめぐる裁判はSLAPPなのか?! ~黒木無ル湖さんと日向製錬所を直接取材(前編)

宮崎県日向市在住の主婦をめぐる裁判はSLAPPなのか?! ~黒木無ル湖さんと日向製錬所を直接取材(後編)

【木星通信の申入書の事実誤認】
 以下は木星通信の申入書。

日向製錬所が提訴した黒木睦子さんへの記事について。IWJへの申入書

 木星通信はIWJの記事では二つの事実無根の主張がなされていると指摘している。その二つとは以下である(申入書より引用)。

①被告はIWJの取材に対して「原告企業が工事に使ったグリーンサンド」によって家族に健康被害が出たと企業や行政に訴え続けてきた。」として被告の家族の健康被害、および水質汚染被害を示し、IWJも記事化しました。

②また被告は工事現場から粉塵被害以外にも重大な環境汚染が発生してると主張してその汚染値を示し、IWJもそれを掲載しました。

 上田氏はこれらについて以下のように主張している。

①は被告の子供の診断書が出されましたが、咳の原因は「マイコプラズマ肺炎」でした。微生物(ばい菌)による感染症で人工由来の被害ではなかったのです。

②は裁判所に『宮崎環境科学協会』が計量した汚染値の計量証明書が出されましたが、それは当該被告が主張する工事現場から採取したものだとする証明はなされませんでした。

 しかし、上田氏のこれらの主張こそ事実誤認だ。その理由を以下に述べたい。

①について。
 黒木さんが子どものマイコプラズマ肺炎の診断書を提出したのは事実だ。しかし、それをもって、スラグ粉じんによる咳がなかったという証拠にはならない。この場合1スラグ粉じんによる咳とマイコプラズマ肺炎による咳の両方があった。2スラグ粉じんによる咳だけであり、マイコプラズマ肺炎は誤診であった。3スラグ粉じんによる咳はなく、マイコプラズマ肺炎で咳が出た。という三つの可能性が考えられる。しかし、上田氏はそのうちの一つをのみ取り上げて、健康被害はなかったからIWJの記事は事実誤認だと主張しているのだ。論理性のない主張である。

 黒木さんはIWJの取材に対し「私も含めて咳が止まらない。子どもは今でも具合が悪い。病院へ言っても『風邪』と診断されるだけです」と答えており、子どもだけが咳を出していたわけではないようだ。また、「風が強い時などは、ぱーっと降ってきて、白いものが舞い上がっているのが目で見て分かる。そういう時は咳が出て止まらなくなるので、日向製錬所に、住民説明会を求めました」と答えている。咳の原因が粉じんであると考えるのは自然だ。

 以下の記事にもあるように、鉄鋼スラグにおいては住民に粉塵・臭気による健康被害が生じたという事例があり、粉じんが咳などの健康被害を生じさせる可能性は十分にある。

鉄鋼スラグ問題とは何か

②について
 黒木さんは第一工区の沈殿池から水を採取して宮崎県環境科学協会に検査を依頼しており、計量証明書が裁判に提出されている。それに対して原告は、その水が第一工区の沈殿池から採取されたという証明がなされなかったと主張をしている。つまり、別の場所から採取した可能性があると言っているのだ。しかし、あのような汚染された水が採取できる場所を具体的に示しているわけではない。

 原告の言うように、黒木さんが第一工区の沈殿池から採取したということを証明する客観的な証拠はない。しかし、証明できないことをもって第一工区の沈殿池で採取した水ではないと結論づけることができないのは自明である。そして、黒木さんが検査機関に持ち込んだ水から環境基準を超える汚染が確認されたのは事実である。

 上田氏は「行政や支援者が当該地の汚染値を計っても汚染値は検出されませんでした。被告は今も重金属に汚染された水が垂れ流しだとTwitterで訴えていますが、日向JA 延岡JAに確認してみても公害被害は一切確認できませんでした」と主張している。

 黒木さんがツイッターで「今も重金属に汚染された水が垂れ流しになっている」と書いているのは事実だ。しかし、黒木さんはそれによって現在公害が発生しているなどとは言っていない。将来、発生するかもしれないので責任をとってほしいと主張しているのだ。

 黒木さんのツイッターでの「今も重金属に汚染された水が垂れ流しになっている」という主張が嘘であり風評被害を生むというのなら、それは黒木さんに伝えるべきことであり、IWJに対して言うことではないだろう。

 上田氏による削除の申入れは、上田氏の一方的な解釈に基づいたものであり、単に自分の意見を押しつけているだけだ。事実誤認はIWJの記事ではなく、上田氏の申入書の方だろう。

 なお黒木さんは水質検査の件に関しIWJの取材で「私たちがもらったというのは有害という報告だった。県はその報告書のコピーをもっていると思いますが、それでも何もしない。自分たちが無害だからといって、何で結果が違うのだろうかと考えてくれない」と言っている。黒木さんから検査結果を渡されたなら、県や市はすぐにでも現場に行って水を採取して検査すべきだし、有害となった原因について究明する努力をすべきだ。ところが、市が沈殿池の水を採取したのは2カ月以上も経ってからだ。これだけの間隔が開いてしまえば、汚染を隠すために対策を講じることも可能である。

 記者ならこのような点について追及してもらいたいものだ。

【市民メディアみやざきCMMの削除要請の不当性】
 大谷憲史氏の削除要請キャンペーンの方も言語道断である。大谷氏の削除要請の理由が釈然としないのだが、ひとつは「記事の一断片だけで記事を掲載することをやめてほしい」ということであり、もうひとつは名誉毀損および営業妨害にかかる損害賠償請求裁判なので「SLAPPなのか?!」という記事のタイトルが誤解を生むという主張のようである。

 つまり事実誤認を指摘しているわけでも権利侵害を指摘しているわけでもない。またIWJはスラップだと断定しているわけではなく、単に疑問を呈しているだけだ。裁判の当事者でもない者が、そんなことを理由に削除を求めるキャンペーンを行うというのは言いがかりとしか思えず、言論の自由の侵害である。

 なお、私は、この裁判がスラップである可能性が高いと思っている。もし埋立に用いたスラグが産廃であるなら、日向製錬所は嘘を言って黒木さんの記事を削除させようとしたということになり、紛れもなくスラップだろう。宮崎県は産廃であるか否かを判断した理由を黒塗りにしていることからも、産廃ではないかという疑惑を持たれても仕方ない状況である。

 上田氏にしても、大谷氏にしてもおよそジャーナリズムに関わる者の言動とは思えない。お二人には以下のフランスの哲学者ヴォルテールの名言を贈りたい。

私はあなたの意見には反対だ、たがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る

  


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2015年07月08日

ネットで名誉毀損などの不法行為をしないために

 以下は昨日、7月7日の私のツイート。

ブロック=相手を黙らせるということではない。悪意のある人、マナーが守れない人の挑発に乗らないための一つの選択肢。挑発行為に乗って時間を浪費したり煩わされるのを防止する機能がブロックだと私は思っている。

①ネットが普及して、誰もが名誉毀損で訴えられないように気をつけなければならない時代になった。真実であっても相手の社会的評価を低下させる発言をしたら名誉毀損に該当する。本当のことだからと言って、何を言ってもいいというわけではない。

②名誉毀損は刑法によって犯罪とされることもあるが、民事で不法行為として損害賠償を求めて訴えられる場合が多い。企業などからスラップ訴訟をしかけられないためにも、ネットなどの公の場で批判をする場合は十分な注意が必要だ。

③名誉毀損は公共性・公益性のある発言で真実であれば免責される。だから、批判をするなら公共性・公益性のある問題に限ったほうがいい。人格否定。人格攻撃は公共性・公益性があるとは思えず、やってはいけない行為。

④公共性・公益性がある問題でも訴えられる可能性があるような批判は、自分の発言の根拠となる証拠を保存しておくことが大事。ネット上の記事などは消えたり書き変えられる可能性もあるので、プリントしたりスクリーンショットなどで保存するなどし、URLも記録しておくべきだ。

⑤証拠がなく断定できないことや不確かなことに関しては、そう考える根拠を説明した上で「私は○○だと思う」「○○だと考える」という意見表明の形にしたり、仮定形で書くように心がける。間違いに気付いたり指摘されたら、速やかに訂正することも訴えられないためのポイントだ。

⑥誹謗中傷などによる名誉毀損のほか、侮辱やプライバシー侵害も不法行為として訴えられる可能性がある。匿名でも相手の特定は可能だから、匿名だからといって安心して暴言を吐いたりプライバシー侵害をするのは禁物だ。無断転載などの著作権侵害も気をつけたい。

 今や大半の人がインターネットを利用している。ブログやツイッターなどのSNSを自ら利用していなくても、ネット上には他人に対する誹謗中傷、罵倒、人格攻撃などによる嫌がらせ、無断転載などが溢れていて、それを目にするのは日常茶飯事だ。

 ツイッターでは違反報告も受け付けているが、次々とアカウントを変えてマナーや規約違反を繰り返す人が後を絶たない。言論におけるマナーに関しては以前より知れ渡ってきたのではないかと思うが、マナーや法律を無視して誹謗中傷を続ける人が一定程度おり、見るに堪えない状況がある。これにはネットの匿名性も大きく関係しているのだろう。匿名が必要な場合があるのは確かだが、とりわけツイッターの匿名性はマナー違反を助長しているように思える。

 もちろん、実名の者同士の争いもある。一市民である志岐武彦氏が、歌手であり作家である八木啓代氏からツイッターで名誉を棄損されたとして裁判になっている。今日は本人尋問があるそうだ。

「志岐武彦VS八木啓代」裁判の本人尋問、ツイッターによる名誉毀損は認められるのか? 8日の13:30分から東京地裁
(MEDIA KOKUSYO)

 両者の言い分などについて具体的なことは分からないが、ツイッターでの発言がどのように判断されるのか、注目される裁判だ。

 一部の者が、言論のマナーも法律も無視してブログやツイッターなどのネット空間で言いたい放題の発言をしているというのがこの国の現実だ。子どもの頃から言論の責任やマナーについて教育をする必要があると思う。

 以下では、ネットでの誹謗中傷を見つけたときの対処法を説明している。

【保存版】ネットで自分への「誹謗中傷」を見つけたときの対処法
  


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2015年02月20日

「表現の自由」や「批判」「反論」の名を借りた叩き行為

 今日の北海道新聞「各自核論」に北原みのりさんの「叩く『表現の自由』横行」という意見が掲載されていた。タイトル通りの内容で、ネットでは昨今、正義や倫理をふりかざして他者を叩く行為が蔓延しており、表現の自由が脅かされているという主旨の記事だ。

 これは私も常々感じている。ネットで発言する人には二通りのタイプがある。ひとつはごく当たり前というかネットメディアの本来のあり方だと思うが、ホームページやブログで社会のことや趣味のことなどについて自分の考えや意見などを表明するという人だ。意見には批判的言論も含まれるが、誹謗中傷や著作権侵害をしないなど基本的マナーを守っていれば、意見表明は表現の自由の範疇だ。

 ところが昨今は、自分の意見を表明するというより、意見を表明している人を叩くことを目的にしてネットを利用している人が急増している。これがもう一つのタイプだ。うっぷん晴らしに炎上を狙って楽しむ愉快犯のような人もいるだろうが、気に食わない人物のネガキャンをすることで相手の信用をなくすことを目的にしていることもある。芸能人や著名人がターゲットにされることも多いが、一般の市民ももちろんターゲットにされる。

 他者を叩くという目的のためにネットを利用するということ自体がネットの悪用である。ところが、こういうことをやる人たちはそれを「表現の自由」の名のもとに、「批判」あるいは「反論」だと開き直る。「批判」「反論」と「叩き」「誹謗中傷」の区別がまったくできていない、というか「批判」を装ったいじめ行為でしかない。

 いわゆる子どものいじめでは、ターゲットにした人物の個性である容姿とか服装、しぐさや思想までいちいちあげつらって言いがかりをつけ、いじめの理由にする。いじめることが目的なので、何にでも難癖をつける。ネットによる叩きもそれと変わらない。

 ネット叩きをする人のやり方にはパターンがある。ひとつは、叩く相手に絡み、ひとたび相手が応じると論点をどんどん逸らして執拗に言いがかりをつけ、揚げ足取りをして悪口や人格否定へと導くタイプだ。ツイッターやブログのコメントが利用される。相手にするのをやめたりブロックすると、「逃げた」「答えられない」といって罵倒するのもお決まりのパターンだ。

 もう一つのパターンは、直接絡んではこないものの、匿名掲示板、ツイッター、ブログを利用して特定の人への言いがかりや中傷を展開するタイプだ。ターゲットの発言を監視して、重箱の隅をつつくような揚げ足取りをすることもある。

 どちらのパターンでも共通なのは、ははじめからターゲットが設定されており、特定のターゲットを貶める行為を繰り返すことだ。そして多くの場合、集団をつくってそれをやる。

 ツイッターであれば仲間同士でフォローし合って一緒にターゲットを叩くのである。本人は「表現の自由」だとか「公共の利益」などといって開き直っているのかもしれないが、とんでもない。彼らの目的は特定の個人を貶めることであり、本来の「表現の自由」とは程遠い。集団で叩くところも子どものいじめと何ら変わらないし、集団によるストーカー行為ともいえるだろう。

 彼らの頭の中には「いかに貶めるか」、「いかに信用をなくすか」という思考しかない。だから例えばネット検索でターゲットの情報を探し出し、その内容の信ぴょう性も確認せずに邪推だけでネガティブ情報を拡散させる。

 彼らに対してどんなに丁寧に自分の意見を説明しても絶対に理解しようとなどしないし、逆に罵倒されたり人格攻撃されるのがおちだ。目的そのものに悪意があり、とても「表現の自由」とか「批判」「反論」などといえる代物ではない。

 厄介なことに、そういう人たちに限って、正義やら倫理を振りかざし、自分の主張を押しつける。彼らにとっては自分たちの言っていることこそ正義であり、悪いのはターゲットの方だと責任をなすりつける。倫理観の欠如した人が正義や倫理を振りかざすのだから始末に悪い。

 集団での嫌がらせではないが、私の意見に対して「反論」の名のもとにブログで執拗に論点を逸らした屁理屈を繰り返している者がいる。私の書いたブログ記事に対し何回にも分けて反論をしているのだが、その主張を読むと単なる言いがかりでしかない。自分の意見こそ正しく他者の意見は間違いという主張に他ならない。複数の記事で何度も同じ主張を繰り返すところなどストーカー行為に等しい。この人物は「はじめに反論ありき」で、私に限らず批判的意見に対してことごとく屁理屈をこねている。異論を尊重する気などさらさらないから、論点逸らしの屁理屈しか言えないのだ。反論の体を成していない。

 「ニセ科学批判」の人たちも同じような傾向がある。彼らの主張がすべて間違いだとは言わないが、原発事故にはじまった放射能問題で、彼らの「自分たちの主張こそ正しい」という傲慢な姿勢が露呈した。つまり、原発事故による被ばくの影響についてはさまざまなデータや主張があるのに、自分たちの主張こそ正しいとの姿勢を決して崩そうとせず、批判的な意見に対しては論点を逸らしてはぐらかすことしかしない。実に情けない。

ニセ科学批判運動の真の目的(早川由紀夫の火山ブログ)

 物事を冷静かつ客観的に見られる人は、「はじめにネガキャンありき」「はじめに反論ありき」という目的を見抜けるが、中には見抜けずに同調してしまう人たちも少なくない。騙すのが上手いと言えるのかもしれないが、これがネットの怖さでもあるだろう。

 異なる意見を尊重できない人に「言論の自由」などと言う資格はない。「批判」「公共の利益」の名目で、名指しで罵倒や誹謗中傷、人格否定をするような人も「言論の自由」などと言う資格はない。これは「言論の自由」以前のマナーの問題だ。

 言論のマナーが守れない人たちによるネットの悪用が横行する以上、司法の悪用であるスラップ訴訟とともに何らかの法的規制が必要なのかもしれない。

     


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2015年02月08日

誰もが名誉毀損で訴えられかねないネット時代

 かつては名誉毀損で訴えられるというのは、もっぱら雑誌や書籍などで事実無根の記事を書かれるなどというような場合だった。つまり、裁判の当事者はジャーナリストや出版社、著作者、著名人などであり、市井の人々が名誉毀損で訴えられるなどということは、ほとんど考えられなかった。

 ところがインターネットが普及し、ブログやツイッターなどで誰もが自由に発言できるようになった今、誰もが名誉毀損で訴えられてもおかしくない。

 例えば、ブログに書いたことが名誉毀損だとして、高額訴訟をふっかけられているご夫妻がいる。以下の天野ベラさんコグさんご夫妻で、本人訴訟で闘っている。賠償金目的の嫌がらせではないかと思うような裁判だ。

天野ベラのブログ
天野コグのブログ

 天野さんご夫妻の場合、驚くのが総額6000万円という損害賠償金の額だ。一般の市民のブログ記事に対してこれほどの高額の賠償金を求めるというのは尋常ではない。しかし、こんなとんでもない裁判が実際に起きているのは事実だ。

 また、反社会的行為としてきわめて問題なのがいわゆるスラップ訴訟。これはネットが普及する前からあり、例えばサラ金の武富士が武富士を批判した本を書いた著者らを訴えた事例がある。裁判所は、武富士の提訴自体が裁判制度の趣旨目的に照らして違法というべきものである、と武富士を断罪した。

著作者保護制度で思い出した名誉毀損裁判

 また同じく武富士から名誉毀損で訴えられたジャーナリストの三宅勝久さんも、武富士に対して損害賠償を求める反訴を提起して最高裁まで闘い勝訴した。もっとも、賠償金は裁判に費やした費用では足りなかったそうだ。

武富士事件にみる「名誉毀損ビジネス」言論弾圧に手を貸す弁護士(JANJAN NEWS)

 武富士の代理人弁護士は、辣腕として名の知れる弘中惇一郎弁護士であり、前述の天野ベラさんを提訴した原告の代理人でもある。この事例は、スラップに加担する弁護士ビジネスの存在を物語っている。

 この事件のように裁判所が明確にスラップを起こした原告を手厳しく断罪する判決はむしろ珍しい。ただし、この二例はネットでの記述に対するスラップ訴訟ではない。

 昨今では、日向製錬所の裁判のように、一般の人のブログ記事もスラップの対象にされるようになった。市民がブログという表現手段を獲得し誰もが世界に向けて自由に物を言えるようになったのは歓迎すべきことだと思う。その一方で、常に名誉毀損のリスクにさらされるようになったのだ。もちろんツイッターでも同じリスクがある。

 匿名だから他人を誹謗中傷しても大丈夫だろうなどと考えるのは甘い。誹謗中傷は不法行為で損害賠償の対象だし、度を越せば犯罪になる。被害者がプロバイダーに発信者情報の開示を求めて損害賠償の裁判を提起することもあるし、刑事事件になればもちろん捜査機関は発信者を突きとめる。それにも関わらず、匿名を利用したネットによる誹謗中傷、嫌がらせは後を絶たない。

 日向製錬所が黒木睦子さんを訴えた件では、黒木さんや支援者を誹謗中傷するツイッターアカウントが実にたくさん湧いてきた。問題は、そこでの発言の内容だ。単に感想を述べる程度ならまだしも、どう考えても名誉毀損としか思えない発言もある。

 例えば、三浦万尚さんが代表になっている日向製錬所産廃問題ネットワークの詐欺疑惑に関する発言だ。ネットワークはカンパを呼び掛け、沈殿池や井戸などの水質調査を行っている。検査機関に検査を依頼するには多額の費用がかかるからだ。

 そのカンパに関し、黒木さんや支援者を批判する人たちは、「詐欺に注意」などと呼び掛けている。このような発言は、ネットワークが詐欺組織であると言っているに等しい。しかし、詐欺をしていなければとんでもない名誉毀損だ。

 詐欺をしているという明確な証拠をつかんでいるなら公共の利益のために詐欺であると指摘するのはいいだろう。例えば通帳の入金記録と会計帳簿を入手し、実際には10万円のカンパがあったのに、会計帳簿には5万円の収入しか記載せず、差額の5万円の使途が不明なってしまっている、などという証拠をつかんでいるのなら、詐欺だというのも分かる。しかし、詐欺、詐欺と騒いでいる人たちがそのような証拠をつかんでいるとはとても思えない。

 また山に埋められたスラグから有害物質が溶出しているかどうかを調べるための調査は、2、3回で済むという性質のものではない。スラグを浸透した雨水がゆっくりと地下水や河川に流れ込むことを考えれば、何年にもわたって調査をすることが望ましい。そのためにカンパ金をプールしておくということもあるだろう。つまり、今の時点では、第三者が詐欺などとはとても言えないと私は理解している。

 だから、ネットワークに関わっている人が「詐欺」発言をしている人たちの発信者情報の開示を求めて発信者を特定できれば、名誉毀損で民事訴訟を起こすこともできる。また、悪質であれば刑事事件にもなり得るだろう。詐欺、詐欺と騒いでいる人たちは、事の重大さやリスクを分かってやっているのだろうか。以下の記事をよく読んでいただきたい。

Twitter匿名アカウントの個人特定可能に。悪口・誹謗中傷は名誉毀損で訴えられるかも。 (Web Marketing Diary)

 もちろん「詐欺」発言だけが名誉毀損ではない。事実無根の中傷で実名の人の評価を低下させたのであれば名誉毀損だ。黒木さんと彼女の支援者を批判している人たちは、あまりに軽率な発言が多いと言わざるを得ない。

 ところで、私は以前、インターネット新聞JANJANの市民記者として記事を投稿していた(大谷憲史氏も同じくJANJANの市民記者だったらしい)。私の書く記事は、悪質出版商法問題とか、環境問題など企業や行政批判などが大半だった。そして、自費出版(共同出版)問題を書いた連載記事に関し、文芸社がインターネット新聞社に対して名誉毀損を理由に削除を要請し、削除しなければ法的手段に訴えると恫喝した。

 なぜか、著者である私ではなく記事を掲載したメディアを恫喝してきたのだ。このために、私はインターネット新聞社に記事に書いたことが真実であることを示す証拠を送り、インターネット新聞社は削除要請に応じなかった。結局、文芸社もインターネット新聞社を訴えることはしなかった。個人や企業を名指しで批判する場合、事実に基づいて記事を書くのは当然だが、その事実を裏付ける証拠を保存しておくということは極めて重要だ。

 匿名性の高いネットを利用して、遊び感覚や嫌がらせ目的で実名の者を誹謗中傷するのは論外であるが、公共の利益を目的とした告発的言論にも恫喝訴訟がつきまとうことを頭に入れておかねばならないだろう。
  


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2014年11月18日

日向製錬所による黒木睦子さんへのスラップ訴訟を支援しよう

 (株)日向製錬所と(有)サンアイから提訴された宮崎県の主婦、黒木睦子さんは、2社の企業を相手に裁判で闘わなければならない状況に追い込まれている。彼女は今のところ弁護士を立てるつもりはないようだ。こうした状況を心配したり、また何もできないことをはがゆく思っている人がたくさんいるのではなかろうか。

 黒木さんへの提訴に関しては、明らかにスラップだと私は考えている。過去にスラップ訴訟を起こされたジャーナリストの烏賀陽弘道氏はスラップ訴訟を以下のように定義している。

「公に意見を表明したり、請願・陳情や提訴を起こしたり、政府・自治体の対応を求めて動いたりした人々を黙らせ、威圧し、 苦痛を与えることを目的として起こされる 報復的な民事訴訟のこと」(http://slapp.jp/slapp.html スラップ訴訟情報センター)

 原告である日向製錬所とサンアイは、フェロニッケルスラグによる健康被害や環境汚染を訴えている黒木さんに、ブログやツイッターの削除を求めているようだ。明らかに口封じを目的とした裁判で、どう考えてもスラップ訴訟だろう。

 前回の記事にも書いたが、少なくとも日向製錬所に関しては名誉毀損での提訴ということなので、黒木さんは「名誉毀損には当たらない」という主張をしていかなければならない。ただし、単に「事実であり、嘘は書いていない」と主張するだけでは名誉毀損が免責されることにはならない。事実であっても他者の社会的評価を低下させることを書いたなら名誉毀損になってしまうことがあるからだ。

 しかし名誉毀損が免責される場合がある。それは公開している事実に「公共性」があり、「公益目的」であるということ。また、公表した事実が「真実か、もしくは真実とは証明できなくても真実であると信じたことについて相当の理由がある」こと。これらの要件を満たしていれば、名誉毀損には当たらない。

 「事実の公共性」というのは、多くの人が関心を寄せるようなこと、といったような意味合いのようだ。問題が地域の環境汚染であり公害ということであれば当然公共性があるとみなされるだろう。提訴されてからツイッターのフォロアーが急増し、この問題をブログで紹介している人も複数いることなどからも公共性はクリアできるのではないかと思う。

 「目的の公益性」に関しても、フェロニッケルスラグの飛散によって子どもの咳といった健康被害が生じていること、またフェロニッケルスラグを埋めた場所の沈殿池から基準を超す有毒物質が検出されていること、そこから流れ出る河川が汚染されていること、周囲には畑や水田があることなどから公害問題と捉えられ、従って公益性があると言えるだろう。いずれにしても、裁判では公共性があり公益目的であることを主張していく必要がある。

 あとは「真実性・真実相当性」を主張する必要がある。これはフェロニッケルスラグが製品として扱われているのではなく廃棄物として埋め立てられていることとか、埋立地から流れ出る水から有害物質が検出されていることなどを立証する必要がある。沈殿池の水質検査結果は環境汚染の証拠となるし、粉じんが飛散する現場の状況写真なども証拠として役立つだろう。

 これらのことを踏まえて、この問題に関心を寄せている人ができる支援を考えてみたい。

 まず、「事実の公共性」「目的の公益性」に関しては、まずこの問題に多くの人が関心を持っていることを意思表示すべきだと思う。だから、ツイッターでフォローしたり情報を拡散することも支援につながる。これなら誰でもできると思う。

 公害であるか否かということも大きなポイントだ。公害問題であれば、もちろん公共性があり公益性がある。だから、環境問題であり公害問題であるという視点でブログ記事を書くことが彼女の支援につながるのではなかろうか。

 実際に現地に行って報告をしている東海アマさんや、公害の視点から黒木さんの裁判の記事を書いている方のブログなども、「事実の公共性」と「目的の公益性」を補強するものになると思う。黒木さんを支援したいと思う人は、「他の人が書いているから自分は書かなくてもいい」と考えるのではなく、自分自身でブログなどを利用してこの問題を取り上げてほしい。

東海アマさんの記事
日向製錬所 公害被害を訴える主婦へのスラップ訴訟問題 その1 

黒木さんの裁判に関する関連記事
【スラップ裁判】私も生きちょる人間です。こんな事されていい気せんです 宮崎フェロニッケルスラグ公害

(株)日向製錬所は昭和48年に公害防止協定を日向市と締結しているのに公害対策しない自治体。

金属製錬所のごみ=鉱滓がどれだけ環境を汚染し、今も昔も人々を苦しめているかという公害の現実を知る。

「グリーン・サンド」の主成分であるシリカと酸化マグネシウムの毒性などについて調べる。

 もうひとつの支援は、金銭的な支援だ。黒木さんが弁護士をつけない理由が経済的なものであるなら、それこそ多くの人が支援すべきことだ。ジャーナリストの烏賀陽弘道さんがオリコンからスラップ訴訟を起こされたときには、烏賀陽さんは知人友人にメールで知らせて支援を求めていた。そして彼を支援する組織が立ちあがり、裁判のためのカンパを集めたのだ。

オリコン個人提訴事件を憂慮する(オリコン個人提訴事件を憂慮し、烏賀陽弘道氏を支援するカンパ活動)

 もしかしたら黒木さんはカンパに頼ることに抵抗感があるのかもしれないが、公害問題であればそんな遠慮をする必要はまったくない。ジャーナリストですらこうして堂々と支援を受けているのだ。裁判というのはどうしても法的な知識が必要だし、闘い方というものがある。専門家の援助なしで立ち向かうのはあまりにリスクが大きい。まして公害問題を告発したことの責任を黒木さん一人が背負い込むようなことはあってはならない。

 黒木さんの本人訴訟で頑張るという決意は立派なことだとは思うが、気持ちや決意だけでは裁判に勝つのは難しい。たとえば烏賀陽さんの「スラップ訴訟情報センター」というサイトに環境保護運動攻撃のスラップ事例として「馬毛島SLAPP訴訟」の訴状や答弁書などの書面が掲載されている。以下は答弁書(PDF)

http://slapp.jp/PDF/Mageshima/toubensho.pdf

 こうした書面を法律の知識のない人が書くというのは至難の業だ。もちろん、答弁書や準備書面を書くのに専門用語を使ったりする必要はないが、相手は法律に基づいて主張しているのだから法的な知識が欠かせない。ここで不適切な主張や的外れな主張をしてしまうと取り返しがつかないことになりかねない。だからこそ、弁護士をつけることを検討してほしいと私は思う。

 幸い、三浦ばんしょうさんが中心になって「支援する会」を立ち上げるようだから、遠慮なく支援してもらったほうがいいと思う。どうしてもカンパは気が引けるというのであれば、法テラスに相談するという方法もある。場合によっては弁護士費用を立て替えてもらい分割で返済することもできる。弁護士をつけるなら、答弁書を出す前である今のうちだと思う。

 もちろん、金銭的な支援が可能な人はカンパで支援をしてほしい。証拠集めなどにもお金がかかる。このような企業相手の裁判では、相手はいろいろなことを仕掛けてくる可能性があり、とにかく黒木さんを孤立させないことが重要だと思う。

【関連記事】
黒木睦子さんによる日向製錬所の告発は大企業の公害問題


【11月20日追記】
一部誤った記述があるとの指摘があったため、修正しました。お詫びして訂正します。


  


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2014年11月17日

黒木睦子さんによる日向製錬所の告発は大企業の公害問題

 マスコミでは報じられないが、宮崎県日向市の主婦黒木睦子さんが、(株)日向製錬所と(有)サンアイから名誉毀損で提訴された。黒木さんの実家のすぐ前の山中に日向製錬所がフェロニッケルスラグ(グリーンサンド)を運び込んで埋めており、風が吹くとその粉じんが実家にまで到達して子どもが咳を出し困っているという(現在は黒木さんの実家前は埋め立てが完了している)。

 彼女は日向製錬所のほか、トラックで運搬してくる(有)サンアイにも抗議したが埒が明かず、警察に訴えたり、行政や市議に相談したり、新聞社に情報提供するなど、おそらく個人として思いつく限りのことをしてきたようだ。しかし、誰もとりあってくれない。日向精錬所も行政も埋めているのはグリーンサンドという製品であり産廃ではないと主張している。彼女のブログやツイッターは、企業が投棄した有害物質から子どもたちや下流域の人たちの健康を守ろうと行動している彼女の生の声である。

黒木さんのブログ
宮崎県日向市 産業廃棄物のゴミの山が目の前で非常に困っています

黒木さんのツイッター
https://twitter.com/mutsukuroki

 ところが、日向製錬所と(有)サンアイは、名誉毀損であるとして彼女のブログやツイッターの削除と損害賠償を求めて提訴した。なお。日向製錬所の親会社は住友金属鉱山株式会社という大企業であり、過去に土呂久砒素公害を起こしている。

 原告らは名誉毀損で提訴しているが、この問題の本質はもちろん産廃問題であり公害問題だ。フェロニッケルスラグは「鉱さい」に分類される産業廃棄物である。そして、水銀やカドミウム、鉛、六価クロム、砒素などの有毒物質が基準値を超えて含まれる「鉱さい」は有害産業廃棄物なのである。以下参照。

産廃知識 廃棄物の分類と産業廃棄物の種類等(公益財団法人日本産業廃棄物処理振興センター)

 黒木さんは、フェロニッケルスラグが積まれた場所の沈殿池の水質検査結果を公表している。以下。

山に捨てている(株)日向製錬所の産業廃棄物を「商品だ」、という宮崎県は説明が出来ないなら全部片付けて下さい。それが出来ないなら、全責任を取ると一筆書いて下さい。No.1 

 ここに示している検査結果では、明らかに環境基準を超える有毒物質が検出されている。この水が垂れ流しになっていて、その下流には水田があるという。ならば、明らかに公害問題であり健康に関わる重大な問題だ。

 もしフェロニッケルスラグが価値のある製品なら、それこそ黒木さんの主張するように、日向製錬所が倉庫などに保管するべきだし、販売して活用するのが筋だ。山の中に埋めているのは廃棄目的としか考えられない。つまり日向精錬所がフェロニッケルスラグを山の中に埋めるという行為は産廃問題そのものだし、埋め立て場所から有害物質が流れ出ているのなら、産廃による公害問題だ。産廃ではないから問題ないという態度をとっている行政の責任も極めて大きい。

 これは傍からみている私にも、告発者の口を封じるための裁判であるとしか見えない。ネット上ではスラップ訴訟だと言う人と、そうではないと言う人がいる。例えば、「市民メディアみやざき」の大谷憲史氏の以下の発言。この裁判の争点は産廃問題ではなくブログに端を発する名誉毀損で、原告と被告に争点にズレがあるからスラップ訴訟とは言えないという見解のようだ。

https://www.facebook.com/NorySkywalker/posts/898625176816648

 確かに名誉毀損で提訴されているので、争点は名誉毀損にあたるか否かになる。しかし、権力者や企業が弱者であるジャーナリストや市民の言論などを封じ込める目的で、名誉毀損を理由に訴えるというのがスラップ訴訟の常ではないか。名誉毀損はあくまでも手段であって、黒木さんの言論封じの本質は産廃問題の隠蔽にあると捉えるべきだろう。このような裁判をスラップと言わず何をスラップというのだろう。

 大谷氏は以下の発言もしている。

スラップ訴訟の意に即して考えると、産廃問題のことや自分たちの不都合なことを隠して、一市民である黒木さんに対して威圧的、恫喝的な訴訟を日向製錬所側が起こした、ということになります。
 しかし、日向製錬所だけではなく、日向市役所、宮崎県庁等は、今回の件を「産廃問題」として捉えている様子はなく、当初、記事にする予定であった西日本新聞も、その後、記事の掲載を見合わせています。

 大谷氏は、グリーンサンドの投棄が産廃か否かということに関して、日向製錬所や行政が産廃と捉えている様子がないから産廃問題ではないと言いたいようだ。これが市民メディアを名乗る者の発言なのかと首をかしげたくなる。ジャーナリストであるなら、企業や行政の言い分をそのまま鵜呑みにするのではなく、産廃か否か、有害か無害かを自ら取材によって検証するべきではないか。

 また、黒木さんが訴状に対して認否を行っていないことを指摘して争点にズレがあると言っている。しかし、以下の裁判傍聴記から推測するなら、黒木さんは答弁書の書き方が分からないようだし、名誉毀損の闘い方の理解が不十分のように感じられる。これは争点のズレというより法的知識の問題だろう。

黒木さん関連。日向製錬所との第一回口頭弁論のこと。(Come on by !英語ガレージ!)

延岡地方裁判所 第二法廷 第1回口頭弁論の日に(鰯の独白)

 今回の裁判は名誉毀損なのだから、まずは黒木さんがご自身の発言について「事実の公共性」「目的の公益性」「真実性・真実相当性」を主張することによって、名誉毀損の免責を主張するしかないのではなかろうか。これらの証明は被告である黒木さんがしなければならない。もちろん黒木さんが産廃問題として日向製錬所や関係行政機関を民事で訴える、あるいは刑事告訴するということもできるが、それをするにはやはり十分な証拠を集める必要があるだろう。どちらにしても、法の専門家の手助けを求めたほうがよいと思う。

 以下は東海アマさんによる現地報告とブログ記事。

日向市の産廃公害問題、現地調査報告

日向製錬所 公害被害者を訴える主婦へのスラップ訴訟問題 その1 (東海アマのブログ)

 被告の黒木さんは今のところ弁護士をつけず一人でこの裁判に立ち向かっている。しかし、自然保護に関わってきた私から見ると、大企業から提訴されてしまった以上、弁護士もつけずに闘うということ自体に非常に厳しいものがあると感じざるを得ない。黒木さんは真実を主張しているのだから一人でも大丈夫と思っているのかもしれないが、裁判というのはブログに書いているような主張をしていれば勝てるというものではない。裁判での主張は基本的に書面で行われるのだから文章で論理的な反論をしなければならないし、その都度、証拠を提出していく必要がある。口頭弁論は次回期日を決めるのが主で、たいていはあっという間に終わってしまう。口頭弁論で意見を述べたいのなら、裁判所に意見陳述をしたいと申し出なければならない。

 もちろん本人訴訟で闘うという選択肢もあるし、弁護士をつけるか否かは黒木さんの判断に委ねることだ。しかし日頃言論を仕事とし名誉毀損に注意を払っているジャーナリストでも、スラップを起こされたら弁護士をつける。まして法に疎い市民が、たった一人でスラップ訴訟に立ち向かうというのは無謀ではないかというのが正直な感想だ。

 すでに裁判は始まっているが、まだ訴状に対する認否(答弁書)も出されていない。この問題は黒木さん個人が標的になっているが、明らかに企業による公害問題だ。支援団体の協力を得て、産廃問題や環境問題に強い弁護士をつけるなど検討できないものだろうか。

 彼女が提訴されてしまった背景には、市民がネットを利用して一人で企業の告発を続けたということがあるのだろう。しかし、これは地域の公害問題である。本来なら地域の人たちが組織を立ち上げたり、環境保護団体と連携して公害問題として提起していくような大きな問題だ。企業も公益目的とした組織相手ならそう無闇に提訴はできないだろう。新聞などのマスコミにしても市民団体が動けば取り上げやすい。日向精錬所も一人だから口封じはたやすいと見たのかもしれない。

 この問題の背景には、産廃に絡む企業と行政の癒着という大きな闇が垣間見える。

宮崎県都城市のブロガー殺人が宮崎県警によって自殺とされた事件は【権力犯罪】を免責する日本社会の縮図(杉並からの情報発信です)

宮崎知事元秘書、100万円超提供受ける 産廃業者から(朝日新聞)

 
  


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