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2014年11月12日

片瀬久美子氏の「きのこ」氏告訴は力で言論を封じ込める行為

 科学ライターの片瀬久美子氏が、「きのこ組組長」の「きのこ」氏を刑事告訴したという。以下は片瀬久美子氏の告訴を告知する記事。

名誉毀損で刑事告訴しました(warblerの日記)

 これに対する「きのこ」氏のブログ記事が以下。片瀬久美子氏に対して逆告訴すると言っている。どうも告訴合戦の様相を呈してきた。

片瀬久美子は絶対に、許さない! (建築とかあれこれ のろいもあれこれ)
ずさんなトリック (建築とかあれこれ のろいもあれこれ)

 片瀬久美子氏が告訴の根拠とした「きのこ」氏の記事のひとつは、どうやらこれのようだ。

「美味しんぼ」叩きの3ババトリオご紹介 (建築とかあれこれ のろいもあれこれ)

 「きのこ」氏はこう書いている。

一個3千円の線量バッジ(安物ガラスバッジ)を
2万円で売り、
1万7千円をボロ儲け
その数30万個

 片瀬氏はこの発言を、自分が線量バッジを売って儲けたという嘘を書かれたと解釈したようだ。

 もし自分に関して間違ったことを書かれたなら、相手に間違いを指摘して訂正なり削除を求め、また自身で反論をすればすむことだろう。それこそ、「書く」ことを本業とする者がとる態度だ。また、上記でとりあげた「線量バッチで儲けた」という記述は主語がなく、片瀬氏のことを指しているとは言えない。記事の最後に貼り付けてある線量計配布についての解説を読めば、配布したのは福島県であり片瀬氏らのことを指しているのではないことは明らかだ。どうも、片瀬氏は早とちりしたのではなかろうか。

 片瀬氏は科学ライターとして、とりわけ「ニセ科学批判」の立場から詐欺的商法などを取り上げさまざまな批判活動をしてきた。その内容はともかくとして、悪質商法に騙されないように注意喚起するのは大いに結構だろう。しかし、自分が批判や論評をする以上、それに対する反論や批判があるというのは当たり前のことだ。

 片瀬氏が「ニセ科学批判」の人たちと一緒になって放射能の危険を指摘する人たちを批判していたのは確かであり、私は、その主張には科学的根拠が極めて乏しいと常々感じていた。また、片瀬氏はSTAP細胞問題で小保方晴子氏の捏造説を主張していたが、私は小保方氏が捏造したとは考えていない。お二人の論調のどちらを支持するかと言えば、「きのこ」氏になる。

 一方、「きのこ」氏の片瀬久美子氏批判も過激さを感じざるを得ない。批判や論評をすること自体は大いに結構だと思うのだが、「3ババトリオ」とか「ネットチンピラ」という表現は言いすぎのように思う。批判や論評であれば、事実をわかりやすく書き、問題点を指摘したり自分の意見を具体的に説明すれば事足りる。

 批判に付随して多少の皮肉や揶揄は許されるとしても、感情的になって罵倒したり人格否定のような書き方をすべきではない。「きのこ」氏に限ったことではないが、例えば「馬鹿」とか「クズ」、「低能」、「低レベル」などといった相手を見下す表現は慎むべきだ。このような書き方は批判を通り越して悪口でしかないし、相手に喧嘩をふっかけているも同然だろう。

 それから、ときどき他者から批判されると「攻撃」とか「妨害」と言う人がいる。しかし具体的に理由を書いて批判的意見を言うことがなぜ攻撃とか妨害になるのだろうか。言論に言論で対抗できないから「攻撃」とか「妨害」などと言って自分があたかも被害者であるかのように思わせるのだろう。

 あるいは、このような人は他者を「敵」とか「味方」に分ける習慣がついているのかもしれない。しかし、他者を敵と味方に分けるというのは私には理解しがたい。私はどんなに意見が合わない人であっても「敵」だとは思わない。世の中には好きになれない人が確かにいるが、だからといって「敵」だとは思わない。また、知人・友人だからといって「味方」という意識もない。自分を批判する人を「敵」だと考える人は競争意識が強く、常に自分が上に立たねばならないと警戒する癖がついているのだろうか。自分自身が攻撃的だからこそ、相手が「敵」で「攻撃的」に見えるのかもしれない。

 しかし、片瀬氏と「きのこ」氏のような言い争いが、刑事事件として扱われてしまうということにこの国の言論の自由の危うさを感じざるを得ない。たしかに名誉毀損は犯罪でもあるし、誰もが訴える権利があることは否定しない。しかし、反論が可能なネット上の言い争いに対し、刑事告訴という手段を使い犯罪者だと主張するのはあまりに大人げない。

 山崎行太郎氏も指摘しているが、言論に対しては言論で対応するのが基本だ。公の場で自分の意見を主張し他者の批判をしているのなら、自分が他者から批判されるのは当たり前だし、それが言論の自由というものだ。ライターと称している者が、力で言論を阻止しようなどと思うこと自体が情けない。

「片瀬久美子・刑事告訴・事件」の黒い霧。「小保方博士バッシング報道事件」と「片瀬久美子【掲示告訴】事件」の裏を読む。(哲学者=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』)

 山崎行太郎氏の以下の言葉を引用しておきたい。

そもそも片瀬久美子は、「エセ医学批判」、民間療法バッシング」や子宮頸癌ワクチン薬害問題(推進派)」放射能=原発問題」「スタップ細胞事件」など、今、日本国民が関心を持ち続けている諸問題で、かなり過激な言論活動を、ネットやTwitterなどで、やって来た人である。論敵が、多数、存在し、反論反撃を受けて当然、の立場にいる人だろう。

批評・批判・罵倒、誹謗中傷・・・などを恐れるならば、言論活動を自粛すればいい。自分からは批評・批判・罵倒を繰り返すが、自分に反論反撃することは、許さない、というのは、問題外である。

片瀬久美子は、学問や思想、論争や言論戦レベルの問題を、そのレベルで対処出来ずに、警察や裁判所に、問題を委ねる時点で、あるいは警察や裁判所に駆け込んだ時点で、言論人失格、ジャーナリスト失格、学者思想家失格である。

  


Posted by 松田まゆみ at 16:19Comments(0)原子力発電メディア

2014年10月09日

LEDによる健康被害を報じないマスコミの罪

 日本人3人がLEDの開発でノーベル物理学賞を受賞したことをマスコミは華々しく報じた。それらの報道は、LEDは省エネにつながるとして大歓迎の一辺倒だ。6月にLEDによる健康被害について記事を書いたが、今回のノーベル賞受賞に際し、マスコミはLEDによる健康被害に関しては一切報じない。

利便性追及は人類を滅ぼす

 省エネはたしかに評価すべきことだし、LEDの発見や技術開発そのものを否定するつもりはない。しかし、デメリットをまったく報じずに賞賛しかしなければ、LEDはますます推奨されて普及し健康被害がじわじわと広がっていくことになりかねない。

 携帯電話の電磁波問題もマスコミはほとんど報じないが、まったく同じ構図がある。いまやいたるところに携帯電話の基地局があり、電磁波に過敏な人たちは平穏に暮らせる場所を奪われている。子どもも当たり前のように携帯電話やスマホを持つ時代だが、今後の健康被害のことを考えるとこのままではとても危険だとしか思えない。

 ほかにも太陽光発電による健康被害が気になる。太陽光発電の場合、ソーラーパネル自体が電磁波を出すということではないのだが、直流から交流に変換するパワーコンディショナーが電磁波を出す。体質にもよるのだろうが、太陽光発電で健康被害を訴えている人がいる。

太陽光発電で健康被害 (化学物質過敏症支援センター)

 太陽光発電は、電磁波以外にもさまざまな問題を抱えている。以下の記事に問題点が具体的に説明されているが、ちっともクリーンではない。

危ない太陽光発電 (野菜とお花の自然栽培日記)

 また、オール電化住宅もかなり問題がある。

エコキュート記事、その1(動画のある部分) (安心・安全・信頼を探して(電磁波問題))
エコキュート記事、その2(文字とリンクのみの部分) (安心・安全・信頼を探して(電磁波問題))
エコキュートの低周波音被害~それは耳に聞こえない音による被害~ (安心・安全・信頼を探して(電磁波問題))

 科学技術の発展とともに私たちの暮らしはたしかに便利になった。しかし、それと同時に電磁波や化学物質に次々と晒されるようになったのだ。今の人々は、一昔前とは比べ物にならないくらい大量の電磁波を浴びているのだろう。今は大丈夫と思っても、いつ自分や家族の身に健康被害がふりかかってくるか分からない。原発事故による放射能被害も深刻な問題だが、だからといって省エネ製品や自然エネルギーなら問題ないというわけでは決してない。

 マスコミがLED・携帯電話・太陽光発電などによる健康被害や環境問題をなおざりにしてメリットしか報じないことに、危うさを感じざるを得ない。

【追記】
 電磁波問題を追及されているジャーナリストの黒薮哲哉氏も同様の記事を書かれていることに気づいたので、紹介しておきたい。

LEDのリスクを提起する視点が欠落、ノーベル物理学賞をめぐるマスコミ報道の盲点(MEDIS KOKUSYO)

 黒薮さんの記事には具体的な研究例が紹介されているので、それらの記事をこちらにも示しておきたい。ブルーカットメガネの効果についても書かれている。

ブルーライトを発するLED発光ダイオード)が目に影響を及ぼすメカニズムを解明 (岐阜薬科大学)
ブルーライトが忍び寄る(前編)  (大森医師会)
ブルーライトが忍び寄る(後編)  (大森医師会)
眼の専門家に聞く、LEDディスプレイから出る「ブルーライト」は何が悪い? (誠Style)

      

  


Posted by 松田まゆみ at 15:04Comments(12)メディア

2014年05月09日

嫌がらせと意見・批判は区別して対処を

 ネット上でこんな記事を見つけた。

日本の社会がゆっくりと息苦しくなっていくメカニズム(誰かが言わねば)

 筆者の「ふとい眼鏡」さんは、日本の若い世代はインターネットやSNSでたくさんの人と薄く広い友人関係を築いていて、インターネット上の世界と現実の世界がひとつになっているために、ネットで袋叩きにされることを異常なまでに恐れているという。そして、このような息苦しい状態を放置すれば、戦中のような誰も本音を言えない世の中になるのではないかと懸念する。この状況を少しでもマシにするには、若者達に「すでに攻撃されている人を一緒になって攻撃する」ことが恥ずべき行為でなさけないことを理解してもらうことが重要だとの意見だ。

 この記事を読んでなるほどと思う一方で、なにか違和感が残った。子どもの頃からインターネットがある状態で育った世代は、たしかにネットでのつながりを重視している。常にスマホを手にして誰かとつながっていないと落ち着かないらしい。しかし、いわゆる「嫌がらせ」と「意見や批判」をきちんと分けて対処できれば、ネットでのつながり自体はそれほど恐れることではないのではなかろうか。

 匿名性の高い媒体においては「嫌がらせ」や「袋叩き」があるのは当たり前と考えるべきだ。ブログのコメント欄の炎上といった事態は、管理人の対処でどうにでもなる。嫌がらせが多くて煩わしいのならばコメント欄を閉じればすむことだし、承認制にしてもいい。嫌がらせコメントはまじめなコメントと容易に区別がつくし、相手を疲弊させたり炎上させることが目的なのだから相手にしないのが原則だ。こういうコメントに対していちいち怒って反応していたら挑発に乗ったと同然だし、相手はさらにつけこんでくるだろう。

 ツイッターも同様で、匿名で罵詈雑言を浴びせるような人は相手にせず、目ざわりなら黙ってブロックすればいい。実名で他者に罵詈雑言を浴びせる人はごく少数だし、そういう人は自分で自分の品位のなさをさらけ出しているも同然だ。

 炎上目的のネットの嫌がらせは大半が匿名によるうっぷん晴らしで、実名をさらさないからできるのだ。これに対し、学校でのいじめは教室という外部と隔離された場所で行われ加害者もはっきりしている。質がそもそも違うのだから、学校でのいじめと同一視して怯える必要はないだろう。

 ちょっとやっかいなのは、いわゆる「工作員」と考えられるような情報操作タイプのコメントだ。一見もっともらしい反論をして突っかかってくるのだが、論理で対抗できなくなるとやがて罵詈雑言になり馬脚を現す。私のブログにも工作員らしき者のコメントがたまにあるが、工作員と分かれば相手にしないのが賢明だ。

 そのような「嫌がらせ」や「情報操作」とは別に、異論や批判的意見を書き込む人もいる。匿名か否かに関わらず、自分の意見や感想を率直に述べたり、具体的に根拠を示した異論・反論・批判は「嫌がらせ」ではない。開かれた場で自分の意見を主張する以上、異論・反論があるのは当然と考えるべきだ。もし異論や批判を読みたくないのならば、コメントを閉鎖すればいいだけのことだ。ツイッターで意見を言ってくる人もいるが、返信の義務や責任はないのだから、対応が面倒なら言わせておけばいい。

 また、自分と異なる意見を「間違い」と断定して自分の意見を執拗に押しつけてくる人は「課題の分離」ができていないのだから、相手にしないほうがいい。

 フェイスブックのコメントも同じで、賛同の意見だけとは限らない。実名が原則のフェイスブックの場合は責任を持って意見を書き込むわけで、嫌がらせ目的でコメントをする人が多いとは思えない。異論や批判意見を書かれるのがどうしても嫌なら無理してフェイスブックに参加する必要もないだろう。

 「ふとい眼鏡」さんは、SNSで広いつながりを持っている10代や20代の若者は、炎上などの失態が知り合いに広く共有されてしまうことを恐れているという。しかし、自分のブログでの炎上のコントロールは可能だし、「ネットでの炎上は匿名による嫌がらせ」という認識を持っているなら、炎上することは失態でも恥ずかしいことでもない。

 実名が基本のSNSで、もし個人のプライベートな失敗や失態を話題にして嘲笑うような人がいるならば、そんな人との繋がりは解除したほうがいい。そういう人権侵害をする人はやがて皆から敬遠されていくだろう。また、匿名性の高いSNSには安易に手を出さないほうが賢明だとも思う。

 どちらかというと中高年の人たちは、「嫌がらせ」と「意見・批判」の違いをきちんと理解してSNSを上手く使いこなしている人が多いのに対し、若者の場合は神経質になりすぎてSNSに振り回されているという気がしてならない。SNSを上手く使いこなせるかどうかは、「他者が意見をいう権利は尊重するが、嫌がらせは相手にしない」というメリハリのある態度がとれるかどうかの違いではなかろうか。

 そもそも誰もが利用できるインターネットは学校の教室のような閉鎖空間ではないし、自分の意志で参加するものなのだから、参加しないという選択肢だってある。強制されているわけでもないのに、他者の評価や嫌がらせに怯えつつ広く浅いつながりにしがみつく必要性がどれほどあるのだろう。広く浅くつながっていなければ安心できないというのは、思い込みではなかろうか。ネットでのつながりを異常なほどに意識してしまうことの方がむしろ問題のように思う。
  


Posted by 松田まゆみ at 12:00Comments(0)メディア

2013年03月19日

堀潤氏の辞職に見るマスメディアの体質

 NHKのアナウンサー堀潤氏の辞職がネットで話題になっている。ジャーナリストの津田大介氏がツイッターで報じたのだ。詳しくは以下を。

堀潤アナ NHKに辞表提出情報(ざまあみやがれい!)

堀潤NHK辞表提出 退職確定 津田大介は本人からの依頼でツイート(ざまあみやがれい!)

 堀潤さんはNHKのニュース番組「Bizスポ」を担当していたアナウンサーだが、昨年の3月末に番組を離れることを機にNHK公式のツイッターアカウントを閉鎖したことが話題になっていた。

NHK、堀潤アナのTwitterアカウントを閉鎖へ メディア関係者から失望の声(ITmedeiaニュース)

 堀さんは2012年3月末でNHKとしてのツイッターを閉鎖し、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校に客員研究員として留学した。その後、個人のアカウントhttps://twitter.com/8bit_HORIJUNでツイッターを再開した。今年の4月からはNHKに復職し、「きょうの料理」を担当することになっていたとのこと。

 しかし先日、原発事故の事実をきちんと伝えなかったことをツイッターで謝罪し、3月11日に「僕らアナウンサーに『個人では色々思いはあるだろうけど、公の場では意見を言わないように』と局は求めます」と明かした。

NHK堀潤アナ「原発事故の事実をきちんと伝えられず、心から謝罪します」 (J castテレビウオッチ)

堀さんの2013年3月10日および11日のツイートは以下。

https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310985898982510592
震災から2年。原発事故発生のあの日私たちNHKはSPEEDIの存在を知りながら「精度の信頼性に欠ける」とした文部科学省の方針に沿って、自らデータを報道することを取りやめた。国民の生命、財産を守る公共放送の役割を果たさなかった。私たちの不作為を徹底的に反省し謝罪しなければならない。


https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310987566151262208
パニックを抑え社会の均衡を保つための判断であったとしても、統制された情報によって福島県をはじめとした近隣住民の皆さんへ長年に渡る不安を与えた事実を正面から受け止め、償いを続けそれだけに市民に寄り添った報道を徹底しなければいけない。僕は頭を下げながら一生この原発事故の取材を続ける。


https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310990899876360193
自らあの日ニューススタジオにいながらそうした事実をきちんと伝えられなかったことに対し、心から謝罪します。福島の皆さん。取材でそれまで沢山お世話になっていたにも関わらず、役にたてなくて本当に申し訳ありませんでした。


https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310992303072366592
反原発だと思想的にレッテルを貼る人がいますが僕はそうは思いません。取材をすればするほど原発の安全対策が不十分であることがわかります。事故が起きた時の交通インフラや避難誘導の仕組みも今は不十分です。徹底的にこの問題と向き合い課題解決に知恵を絞らなければ世界の何処かでまた犠牲出ます。


https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310994573713358848
僕がUCLAで作った映画が局内で大問題になり、ロスで米国市民の皆さんが企画した上映会も中止に追い込まれました。「反原発と言われるものは困る」と指摘を受けましたが、事故が起きたことによる不条理な現状を描いているに過ぎません。市民が共有し未来に活かさなくてはならないものです。


https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310995627226058752
米国市民からは突然の上映中止の通達に「日本ではこれが日常なのか?」と怒りを通り越して驚き理解ができないという声が上がっています。僕が学生の時に研究し太平洋戦争下の状況と本質は変わりません。公共メディアは誰のものか?知る権利を有する市民のものです。表現の自由を有する市民のものです。


https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310996948557643776
メディアに関わる一人一人がそれらの権利を常に最優先に掲げ、発信に努めなければなりません。あの日犠牲になり、そして今も情報が届かなかったことで不安と向き合う日々を過ごしている皆さんのことを想い。亡くなった方々への哀悼の意を示し、黙祷を捧げます。


https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/311043281607876608
僕らアナウンサーに「個人では色々思いはあるだろうけど、公の場では意見を言わないように」と局は求めます。


 一連のツイートから、彼の葛藤が伝わってくる。アメリカでつくった映画がNHK局内で大問題になり、ロスで米国市民の皆さんが企画した上映会も中止に追い込まれたという。そして復職してからの担当が「きょうの料理」だというのだから、どう考えても左遷人事だ。

 原発問題について本当のことを発信したいと思っている職員に対するNHKの姿勢がよく分かる事例だ。もっともこれはNHKに限らない。つまり、どこのマスコミであっても、職員は知り得ている情報を公にしないように指示されているということだ。そのようなお達しを破ったなら、左遷その他の懲罰が待ち受けている。だから、職を失いたくない人は黙らざるを得ない。以下の地方紙の記者の事例も、NHKと何ら変わらない。

http://alisonn003.blog56.fc2.com/blog-entry-360.html 
(独りファシズムVer.0.1)

 メディアは、福島の除染など無意味なことがよく分かっているし、東北の子どもたちの被ばくが累積していることも百も承知なのだ。しかし、そんなことは情報を統合すれば誰だって理解できるのだから、わざわざ記事にするまでもない、というスタンスらしい。報道しないことに対する開き直りだろう。

 新聞記者は本当のことを知っていても書かないし書けないのだ。お上の顔色を伺わなければならない日本のマスコミは、決して国民の方を向いていない。記者は自分の生活を守るために本当のことに口をつぐむ。本当のことを言いたいなら辞職するしかないというのが現実なのだろう。もちろん、これはマスコミだけの話しではない。私たちすべてが問われている問題でもある。

 いずれにしても、マスコミ報道を鵜呑みにしてはいけない。今までマスコミ報道にどれだけ騙されてきたか、私たちは嫌と言うほど経験してきたではないか。原発問題だって、東電や政府の嘘や隠蔽が後になってからどんどん出てきた。活断層の上に原発を建てていたという驚愕の事実も、大事故を起こしてようやく国民の知るところとなった。

 安倍首相がTPP交渉への参加を表明した以上、「日本の農業を守る」とか「国民皆保険を守る」などいう言葉を真に受けるほうが間違いだ。先のオバマ大統領との会談も、茶番劇だったのだから。でも、こういうことをマスコミは伝えない。

【拡散希望】オバマ大統領には何の交渉権限もない 日米首脳会談の想像を絶する茶番劇(街の弁護士日記)

 マスコミの報道を信じていたら、殺されかねない。この国を牛耳っている人たちやマスコミ人の大半は、国民の命より自分の利益の方がはるかに大事なのだから。

  


Posted by 松田まゆみ at 14:39Comments(0)メディア

2012年05月19日

「さぽろぐ」の「はなゆー」さんのブログが消えた!?

 ブログサービスの「チャンネル北国tv」が今年の4月一杯で閉鎖され、「さぽろぐ」としてリニューアルした。これに伴って「さぽろぐ」は3月からプレオープンし、「チャンネル北国tv」からの引っ越しを希望する人の移動に応じていた。

 私も3月に「さぽろぐ」への引っ越しを済ませたのだが、本格オープンの5月になったら不思議なことにプロフィール画像が消えてしまった。画像が消えたのは私だけではなく、「チャンネル北国tv」から引っ越してきた方たちはみな消えてしまったようだった。

 リニューアル時に何らかのトラブルでもあり画像が消えてしまったのではないかと思い
、5月7日に事務局に問い合わせをすると同時にトップページでお知らせをしてほしいとの要望のメールを送ったところ、10日に以下の返事があった。

お世話になります。
さぽろぐ運営事務局です。

お問い合わせ頂きました件、ご不便をおかけしまして申し訳ございません。
チャンネル北国tvからの移行時に、
プロフィールの画像部分につきましては、移行対象となっておりませんでした。

大変お手数なのですが、
管理画面より再度、プロフィール画像をアップして頂けますでしょうか。

さぽろぐトップページでも、皆様にご案内させて頂きます。

以上、よろしくお願い申し上げます。


 プロフィールの画像部分は移行対象となっていないとの説明なのだが、3月に引っ越して以来4月までは画像も表示されていたのだから、なんとも不可解な説明だ。もっとも画像は再アップすればいいだけだから、それほど大きな問題でもない。この返事を受けて再アップした。

 プロフィール画像の件については「さぽろぐ」トップページでも案内をすると説明していたのに、そちらは一向にアップされない。しかも本格オープン早々、新規会員登録までストップしている。

 不可解に思っているところに「はなゆー」さんから以下の報告があった。

さぽろぐ(地域ブログ)に開設していたブログが事前連絡なしで削除された(闘争陥没乳首byはなゆー)

 「はなゆー」さんは「さぽろぐ」で4つのブログを持っていたのだが、事前の連絡なしにいきなり4つとも削除されてなくなってしまったという。これについて「はなゆー」さんはツイッターで以下のようにつぶやいている。


http://twitter.com/#!/hanayuu/status/203280867064426497
@onigumoobasan  経営体力がない弱小ブログサービスは圧力に弱いから仕方ないといえば仕方ないですね。

 この削除が何らかのアクシデントによるものなのか、それとも削除要請などによるものなのか分からない。しかし、アクシデントであればすぐに事務局から謝罪があってよさそうなものだし、「はなゆー」さんのブログだけアクシデントで全て消えてしまうというのはちょっと考えにくい。いったい何があったのだろう。少なくとも「はなゆー」さんには説明するべきだ。

 もし、圧力などがかけられた結果「はなゆー」さんのブログを丸ごと削除したのであれば「さぽろぐ」の対応は信じがたいものだし、言論の自由についてどう考えているのかということになる。たとえ無料であってもブログという言論の場を提供している以上、ブログ運営会社には「言論の自由」を尊重する姿勢があるべきだ。政治的発言や批判的発言を禁止するなどということはあってはならない。

 また、もし名誉毀損などの違法行為を理由にしてブログの削除要請があったなら、運営会社はその要請者が間違いなく当事者であるかどうかの確認をしなければならないだろう。利用規約違反であってもまずは本人に通知して修正を求めるのが筋だし、違反の対象は当該記事だけのはずだからブログそのものを削除するというのは信じがたい。とりあえず当該記事のみ非公開にするという方法もある。私が「チャンネル北国tv」から削除要請を受けたときも、削除ではなく非公開設定にされたのだ。

 ブログ運営会社の対応については、以前も紹介した以下の小倉弁護士の説明が参考になる。いずれにしてもブログ運営会社は正当な削除要請であるか否かをきちんと判断する必要がある。

はてなとGoo (la_causette)

 本格オープン以降の「さぽろぐ」の対応には不可解なことが多い。利用者の信用を得るためにも適切な対応を望みたい。

  


Posted by 松田まゆみ at 11:42Comments(1)メディア

2012年05月03日

さぽろぐの不具合?

 昨日、「さぽろぐ」の自分のブログを見たら、プロフィールの画像が表示されない。ランキングを見たら、他にもプロフィール画像が消えてしまっている人がたくさんいる。私のブログのプロフィールだけが表示されないわけではないらしい。

 そこで管理画面を見ると、何とそこからもプロフィール画像が消えてしまっている! 「チャンネル北国tv」が4月30日で終了し「さぽろぐ」にリニューアルしたのだが、それに伴ってなにか不具合が生じたのだろうか?

 利用者の手落ちではなく「さぽろぐ」の不具合であれば、トップページでお知らせがあってもよさそうだが、何もお知らせはない。連休中で対応できないのだろうか・・・。

 ところで「さぽろぐ」のテンプレートは今のところ種類が少なくあまりに単調なので、オリジナルテンプレートをつくってみた。私には難しいかと思ったのだが、解説をしてくれている方がいて設定は簡単にできた。手持ちの写真などを使ってオリジナルテンプレートをつくりたい方は、以下の記事が参考になる。

「さぽろぐブログ」のテンプレート(雑木林に暮らす)

「さぽろぐ」のテンプレート-2 (雑木林に暮らす)

 まず試しに写真をつかって「山の挽歌」のテンプレートを設定した。ところが「登録」ボタンを押し、オリジナルテンプレートを「使用中」に変更してもテンプレートが変わっていない。設定が間違っているとは思えないのだが、ちゃんと表示されないのだ。

 次に、蜘蛛の網のイラストを描いて「鬼蜘蛛おばさんの疑問箱」のオリジナルテンプレートを設定した。ところが、こちらも「使用中」にしてもテンプレートが変わらない。

 で、家族の別のパソコンでアクセスすると、どちらのブログもちゃんとオリジナルテンプレートに変わっている!! ちゃんと表示されないのは、自分のパソコンだけなのだろうか? いったいどうなっているのだろう。

 この記事を読まれた方、「蜘蛛の網」柄のテンプレートになっているかどうかコメントでお知らせいただけると幸いです。

【5月3日追記】
オリジナルテンプレートが表示されない件については、「ブラウザの再読み込みボタン」を押すと表示できるとコメントで教えていただきました。
  


Posted by 松田まゆみ at 10:37Comments(11)メディア

2012年03月27日

匿名批判の無責任さを問う

 先日、ある方からメールで質問があった。その方はご自分のブログを知らせ、名前を名乗って自己紹介をされていたこともあったので、質問に対して返事のメールを差し上げた。

 しかし、今日、その方のブログを見てたまげてしまった。名前は書いていないが、私とのメールのやりとりを基にした私の批判が書かれていた。第三者には誰の批判なのか分からないだろうが、当事者の私には一目瞭然だ。

 その批判記事とは以下だ。

「自分の頭で考えない」ということ。 (「言い散らかし日録」)

 私は名前や所属を明らかにした上で私の意見を書いている。もちろんそれに賛同できない人は大勢いるだろうし、異論や反論があるのは当たり前だ。だから、自分のサイトで異論・反論を書いたり批判するのは自由だ(もちろん違法行為をしない範疇でだが)。

 しかし、上記の批判記事には正直いって呆れかえった。

 まず、ブログの著者であるahooさんは私が最後のメールに返信しなかったことを取り上げて「答えてくれなかった」と書いている。しかし、ahooさんは質問に対し返事を求めていないとメールで何度か書いていた。またahooさんの最後の質問メールには以下のように書いてあったから、私はあえて返信をする必要がないと判断した。

「『尊厳があるから死刑はダメ』『「改心する余地があるから死刑はダメ」と考える根拠を知りたかっただけです。これはいちばん初めの疑問に戻ってしまいます。しつこくてすみません。こちらの気持ちが正しく伝わればもうそれで構いません。」

 私は、「人間に尊厳があるから死刑に反対」という意味合いのことは主張していない。だから的外れなahooさんの質問に答えなかったにすぎない。私が死刑に反対する理由は以下の記事に書いてある通りであり、ahooさんには最初のメールでそれを伝えていた。

死刑について考える(その1)

 上記の記事より、私が死刑を支持しない理由をもう一度以下に転載しておく。これは私自身の考えである。私は「人間に尊厳があるから死刑に反対」などとは一言も書いていない。

 はじめに申し上げておきますが、私は死刑には反対です。一刻も早く、死刑制度を廃止すべきだと考えています。なぜなら、たとえどんなに残虐な殺人を犯した人であっても、その人は私と同じ血の通った人間であり、悪魔でもなければ鬼畜でもないからです。私自身、絶対に人を殺したくはないからです。おそらくその感覚は私の良心からくるもの、というより人間の生物としての本能のようなもの、人という生物に備わったタブーではないかと思うのです。「殺人はしてはいけない」と教えこまれなくても、人というのは、本来は殺人など安易にしない動物ではないでしょうか。

 「死刑では償いにならない」「冤罪であれば取り返しのつかないことになる」といった論理もその通りだとは思うのですが、それ以前に、人は同種である人を殺すようにできてはいない(犬や猫であればいいというわけではありませんが)と思えてなりません。もちろん、実際には人を殺してしまう人がいるのが現実なのですが、それには何らかの事情があり、どこかで道を間違えたり、あるいは迷ったり、追い込まれたということではないのでしょうか。生まれもっての殺人者などいるとは思えません。誤ったり迷ったり、追い込まれた人たちに与えるべきは、命を絶つことではないはずです。


 ところが最後のメールに返事をしないことをもって批判の対象とし、私のことを「このおばさまは霞(かすみ)を食べて生きているのか、または何かによって悠々自適の生活をしている苦労知らずのお嬢様だと思っている。現実感が希薄なのだ。こういったPTAの襷(たすき)をかけた公序良俗おばさんというのは実はいちばん始末に負えないのだ」と誹謗中傷しているのだ。

 また「自分が楽しいと思うことにしか興味を示さない」と書き、「このおばさまこそ『自分の頭で考えているのだろうか』と不審に思ってしまう」と批判している。

 私のプライベートなことなど何も知らず、想像だけでよくこれほどの誹謗中傷が書けるものだ。また、私が「自分が楽しいと思うことにしか興味を示さない」のであれば、共同出版(実質自費出版)の告発記事など書かないし、自然保護活動などしていない。告発をしているがために、どれほど嫌がらせをされたのか分かっているのだろうか。こうした活動は決して「好き」で、あるいは「楽しい」からやっているわけではない。

 ところがahooさんはコメント欄を開いていないので記事に対してコメントすらできない。いったい何を目的に私に質問メールをしたのだろうか。わざわざ時間を割いてメールに返信をしたのが馬鹿馬鹿しくなった。

 記事の中で私の名前やブログ名を出していないからこのような書き方をしても問題ないと思っているのかも知れないが、自分のブログのURLを私に教えておきながらこれほど失礼なこともないだろう。回答の義務もない質問に丁寧に返信している者に対し、こういう対応をするというのはあまりに礼節に欠ける。こんな失礼で無責任な対応ができるのも、匿名という隠れ蓑があるからだろう。そうでなければ堂々と名前を明かし、私のブログ名や名前も書いて批判していただきたい。

 私はahooさんの記事を読んで内田樹氏の以下の記事を思い出した。内田氏は主として現代の若者のことを書いているし(ahooさんは私より年上である)、ahooさんの批判は呪いという訳ではないが、共通するものが感じられる。

内田樹「呪いの時代に」ネットで他人を誹謗中傷する人、憎悪と嫉妬をまき散らす人・・・・・・異常なまでに攻撃的な人が増えていませんか(現代ビジネス)

 ブログでご自分の主張をされるのも他者の批判をされるのも大いに結構だが、批判には責任が伴う。批判をするのであれば根拠に基づいて論理的にすべきだ。推測で物を言ったり感情論になってしまえば批判ではなく誹謗中傷だ。また、自分と異なる意見も尊重するという姿勢を身につけてもらいたい。
  


Posted by 松田まゆみ at 16:59Comments(4)メディア

2011年12月20日

匿名による虚偽コメントに思う

 北海道新聞朝刊に弁護士のエッセイを掲載する「閑話余話」というコラムがある。20日付のコラムは、匿名掲示板に虚偽の悪評を書き込まれた病院院長からの相談についての話題だった。その掲示板の書き込みにより、問い合わせの電話が殺到して受け付けの事務員が精神的に参ったり、患者が通院を敬遠するなどの被害が出たという。

 典型的なネットによる業務妨害だ。このような場合の対処として、書き込みをした人物を特定するために、プロバイダ責任制限法の発信者情報開示請求の制度を利用して、プロバイダ業者に情報開示を求めるか、刑事告訴をして捜査してもらう方法があると書かれている。

 私は刑事告訴しか手がないと思っていたのだが、プロバイダ責任制限法も利用できるようだ。こうして書き込みをした人を割り出したところ、院長から自転車の二人乗りを注意をされた少年の逆恨みによる書き込みだったという。軽い気持ちでの書き込みでも犯罪になってしまうのだから、ネット上の発言にはくれぐれも注意が必要だ。

 ところで、昨日、ココログの方の「危機感の薄い日本人」という記事に、「オレンジ」さんというハンドルネームの方からコメントがあったのだが、そこには憶測に基づいた虚偽が書かれていた。以下がそのコメント。

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松田まゆみ様

今更ながら過去のエントリー、大変興味深く読ませていただききました。いやはや何とも。ある意味圧倒されました、読んでいたら最初から書き込みなどしませんでした、スミマセン。

ところで、菊地誠氏のところのコメント欄には、時々とんでもないトンデモさんが現れては論破されて、最後には捨て台詞と共に去ってゆくのですが、あの中の一人があなただったとは・・・。まあHNまでは伺いますまい。

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 前半の部分は感想だから問題はない。虚偽というのは後半の部分だ。私が菊池誠さんのブログにハンドルネームでコメントしたと決めつけているのだ。呆れてしまった。

 私は自分が特定できるように名前や所属を明らかにしているし、ブログのコメントにおいてもハンドルネームは使わない主義だ。また、連絡を取りたい人のためにブログからメールを送信できるように設定している。オレンジさんは軽い気持ちでこういうことを書いたのだろうが、非常に失礼なことだ。匿名で根拠もないことを平気で書くとは何と責任感がないのだろう。この程度の虚偽はことさらに騒ぐようなことではないが、内容によっては犯罪にもなりかねないし、それがツイッターなどで拡散されたなら被害は深刻になる。

 日本ではブログでもツイッターでも匿名発言が主流だ。匿名そのものを否定するつもりはないが、本来、匿名というのは企業や権力者などの不正や悪質商法などの告発の際、嫌がらせや弾圧を避けるために使われてきたという側面がある。そのような事情で匿名を使うのは当然のことだろう。しかし、告発的な発言をする目的でもないのに日本のインターネットの世界では匿名が当たり前になっている。

 個人情報を隠すことによって身の安全を守りたいとのことかもしれないが、これも程度問題ではなかろうか。プライバシーに関わることを書かなければそれほど気にすることではないように私は思う。

 私のブログでの経験では、多くの人は匿名コメントでもまじめなやり取りをしている。しかし批判的なコメントをする人は必ずしもそうではない。結局、匿名であるがゆえに無責任な発言が多くなると思えてならない。安易に根拠のない発言をしたり、暴言を吐く人はまず匿名だ。それがエスカレートするとストーカーのようになる。こうなるとハラスメントでしかない。たとえブログのコメントでも、内容によっては犯罪にもなり得ることを十分認識してほしいと思う。

 私は、ブログのコメントにさまざまな意見が入るのは当然だと思っている。賛成の意見だけではなく反論も入るだろう。実名で反論コメントをされる方の大半は、まず暴言的なことは書かないし、自分の発言に対して責任を心得ていると思う。それが本来のやりとりだろう。

 ただ、ブログのコメント欄というのは議論をする場には向かないと思う。賛成・反対を含め自分の意見を述べるのもよし、誤りや不適切な部分を指摘するのもいい。しかし、認識の違いはともかく、意見の違いというのはたいていの場合、コメントで指摘したところでそう簡単に変わるものではない。だから、異なる意見の人とやりとりしてもたいてい平行線に終わる。時間の無駄だ。自分の意見や批判を広めたいのであれば、自分のブログでやるのが筋だろう。誰の意見を支持するかは読み手が決めればいいことだ。

 いずれにしても、匿名で無責任なコメントをいれることは止めていただきたい。

  


Posted by 松田まゆみ at 23:34Comments(8)メディア

2011年02月03日

チャンネル北国tvがブログ削除方針を転換


 チャンネル北国tvは、1月26日にユーザーに対し長期間更新のないブログを一斉に削除するというメールを送信した。

 私はこれを受けて26日に以下の記事を書き、28日にはチャンネル北国のブログ削除方針を伝えるお知らせ記事にトラックバックを送った。事務局にユーザーの意見を知ってもらうためだ。

納得のいかないチャンネル北国tvのブログ削除方針

 すると、2月1日にはユーザーから申告のあったブログに関しては削除しないと方針転換をしたのである。きっと私以外にも複数の方たちが意見を寄せたのだろう。

「追記」【重要】更新のないブログの削除について

 チャンネル北国tvに関しては、私は過去に自分のブログが非公開にされた件で批判的なことも書いてきたが、今回のユーザーの意見を取り入れた速やかな対応については評価したい。
  


Posted by 松田まゆみ at 15:34Comments(0)メディア

2011年01月28日

頑張っているフリー記者と自由報道協会


 このところ記者クラブ問題をめぐって、フリーの記者が頑張っている。そして、とうとう「日本自由報道記者クラブ協会」が発足したという。以下の田中龍作さんの記事を参照いただきたい。

フリー記者らが「自由報道協会」を設立

 この会のサイトはこちら

フリーランス・雑誌・ネットメディア有志の会

 設立準備会のメンバーは以下のページに掲載されている。

自由報道協会(仮)について

 第一回の記者会見のゲストは小沢一郎氏だ。小沢氏の以下の言葉は重要だ。

 「FCCJ(日本海外特派員協会)ではお互いに意見が違っても『あなたはそう考えるのか』と理解してくれる。ところが(日本の記者クラブメディアは)片言隻句を捉えて悪く書きたてるだけ」

 日本と海外の記者の姿勢の違いがはっきりと分かる。

 そして、笑えたのは記者クラブメディアからの出席者は誰もいなかったということだ。記者会見をオープンにしていても、名前を明らかにしてフリーランス主催の記者会見に出ようとする大手マスコミの記者はひとりもいないらしい。もちろん、ゲストが小沢一郎氏だということもあるのだろう。

 マスメディアの記者は恵まれた待遇にあるが、フリーの記者は大変だ。記事を掲載してくれる雑誌メディアなどがどんどん少なくなっているし、出版業界も倒産が相次ぎ低迷を続けているから本を出すのも容易ではない。そうした苦境の中で、権力・大企業と向き合い事実をきちんと掘り起こして伝えているジャーナリストの多くはフリーで頑張っている方たちだ。今やフリーのジャーナリストの方たちがいなければ、この国の真実は見えてこない。国民にとっては貴重な存在だ。

 自由報道協会の今後の活躍を期待したい。
  


Posted by 松田まゆみ at 21:05Comments(0)メディア