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2010年03月04日

寺澤有さんへのインタビュー(その2)

前回の記事
寺澤有さんへのインタビュー(その1)

― 「創」(2009年12月号)では、ジャーナリストの浅野健一さんと綿井健陽さんが、弁護団を支持する論調の記事を書いています。彼らの主張について、どのような感想や意見を持たれましたか。

 浅野さんと綿井さんは、進んで福田君にゲラをチェックしてもらい、彼の文章変更を受け入れています。福田君は自分のコメントだけでなく、地の文も変更しています。そこに誤字があっても、そのまま誌面に反映されています。こういう内実を読者が知れば、浅野さんや綿井さんの記事が客観的なものだと思うでしょうか。「自分たちは福田君にゲラをチェックしてもらっている。だから、おまえたちも見習え」と言われても、それは無理です。

― 増田さんとインシデンツは、福田君や福田君の弁護士、毎日新聞社を訴えましたが、裁判を起こした理由を教えてください。

 福田君と安田弁護士たちは、増田さんが福田君に単行本のゲラをチェックさせる約束をしていたと主張していますが、これはウソです。そのウソに基づき、我々が約束を破る、倫理観がない者だと批判しています。さらに、増田さんはフリーライターという身分を隠し、福田君に心を寄せるひとりの女性として近づいたとか、福田君を脅迫して、取材に応じさせたとか、ウソがエスカレートしていきました。人格攻撃がはなはだしいですし、放置していると、また新しい、悪質なウソをつくと予想されたので、名誉毀損で訴えました。

 毎日新聞社は、2009年11月11日付の「光事件実名本 妥当な決定ではあるが」という社説で、広島地裁が福田君側の出版差し止めの仮処分申し立てを却下する決定をしたことについて報道しました。その中で、「当事者(寺澤注・福田君)に知らせることなく出版しようとした行為は、いかにも不意打ち的だ」と増田さんやインシデンツを批判しています。しかし、決定が「債権者(寺澤注・福田君)は、債務者増田が近い将来出版する予定の本件事件に関する単行本に債権者の実名を使用することについては明示の同意をしていたことが認められる」と事実認定しているとおり、「当事者に知らせることなく出版しようとした」などということはありえません。

 そこで、毎日新聞社に対し、堀敏明弁護士を通じて、訂正し、謝罪するよう求めましたが、「『知らせることなく』は、事前確認行為(寺澤注・ゲラをチェックさせること)をしなかったことを受けたもの」として、応じてもらえませんでした。毎日新聞が日々発行される前、いちいち取材相手にゲラをチェックさせているとは思えませんし、そうしないことが「不意打ち的だ」と批判されることでもないと思いますので、へ理屈にもほどがあります。つまり、我々のようなフリーランスは、訂正・謝罪の要求が拒否されたら、泣き寝入りするとなめられているんです。だから、名誉毀損で訴えました。

― 光市事件では被害者遺族である本村さんを支持して死刑を求める方がたくさんいます。その一方で弁護団の活動を高く評価している方もいます。両者が対立しているような構図になっていますが、寺澤さん自身は、光市事件や弁護団の活動についてどのように捉えていますか?

 安田弁護士たちが目的のためにはウソの主張をすることも辞さない人間だというのは、出版差し止め騒動で身をもって体験しています。加えて、非常に傲慢な人間であることも。いわゆる安田支持派は、そういう安田弁護士の裏面を知らないで、「人権派だから」「死刑廃止派だから」と盲目的に支持しているとしか思えません。一方、今回の騒動で安田支持派をやめたという人たちからも、メールなどが来ています。

 安田弁護士本人や安田支持派の人々のありようが、本村洋さんたち被害者遺族の憎悪を増幅し、世間の反発をかい、福田君を死刑へ追いやっていったという事実は否定できません。安田弁護士本人はともかく、安田支持派の人々は、『福田君を殺して何になる』を読んで反省し、死刑回避のため、今からできるベストを尽くしてもらいたいと思います。

― 増田さんにもお聞きしたことですが、タイトルに実名を入れたことで「実名を売り物にしている」との批判があります。これについてはどうお考えでしょうか。

 先の質問でもお答えしましたが、福田君の実名を掲載することが問題になるとは考えていませんでした。10年以上も前から雑誌やインターネットで報じられてきましたし、それを安田弁護士たちも容認してきたんですから。

 『福田君を殺して何になる』というタイトルは、私が原稿を読んで決めました。著者が言いたいことは、こういうことだろうと。『光市母子殺害事件の陥穽(かんせい)』というサブタイトルも私がつけたんですが、世間は福田君を死刑にすれば一件落着と考えているかもしれないが、それは陥穽=落とし穴だという意味です。

 「実名を売り物にしている」という批判は、出版差し止め騒動が起こったからこそ出てきたものです。福田君自身は増田さんと面会したとき、あっさり実名掲載を了承しています。「今さらボクの許可が必要なの?」と逆に質問されたそうです。我々同様、福田君も自分の実名が売り物になるとは全然考えていなかったと思います。

― 今回の仮処分や裁判を巡ってのマスコミ報道について、感想やご意見などがありましたら、お願いいたします。

 新聞やテレビも、死刑判決が言い渡された被告を匿名で報道することは、抵抗があると思います。事件の重大性や社会感情も一因ですが、究極の国家権力の行使ともいえる死刑が、対象者が匿名のまま、執行されかねないという問題です。

 おそらく福田君の死刑判決が確定すれば、新聞やテレビも実名を報道すると思いますが、それでも文言上は少年法違反となります。本来、新聞やテレビも、もっと早期に福田君の実名を報道するべきでしたが、ことなかれ主義でズルズルここまで来てしまいました。その裏返しで、我々のようなフリーランスが福田君の実名を報道すると、いっせいに批判するというのは、かなりみっともない光景だと思います。

― ほかに、多くの皆さんに知ってもらいたいことなどありましたら、お願いいたします。

 『福田君を殺して何になる』は、福田君を死刑にするべきだと考えている人にも、そうではないと考えている人にも、必ず新しい発見があり、再考を促す単行本です。これまでのノンフィクションにありがちな、著者の主義・主張や結論を押しつける傲慢さはなく、平易な文章で表現されています。事実自体はもちろん、それを取材することの重みも感じさせてくれるはずです。20代前半の女性から「ジャーナリストという職業がとてもすばらしいものだと知りました」というメールが来たときは、涙が出そうでした。
  


Posted by 松田まゆみ at 10:29Comments(0)光市事件

2010年03月03日

寺澤有さんへのインタビュー(その1)

 1月に、「福田君を殺して何になる」を書かれた増田美智子さんへのインタビューを掲載しましたが、版元であるインシデンツの寺澤有さんからもお話をお聞きしたく思いインタビューを申し入れたところ、快く応じてくださいました。増田さんと寺澤さんは昨年10月に福田君側から出版の差し止めを求めて提訴されましたが、12月には逆に福田君や福田君の弁護士ら3人を名誉棄損で提訴しました。また毎日新聞社に対しても名誉棄損で提訴しました。フリーランスのジャーナリストが法の専門家である弁護士集団や大マスコミを相手に提訴するというのは大変なことですが、あえて提訴に踏み切ったからにはそれなりの理由があるはずです。

 私は「福田君を殺して何になる」を読み、福田君側からの出版差し止めにずっと疑問を抱いてきました。また、この問題では「実名」のことばかりが話題になりました。しかし「実名が少年法違反」という主張は形式的なものであり、裁判にまで発展した背景には増田さんの取材を巡ってのトラブルがあるのだろうということは、本を読んで容易に察することができました。今回の寺澤さんの忌憚のないご意見は、この問題に新たな視点を投げかけていると思います。2回に分けて掲載します。

**********


― 寺澤さんはジャーナリストですが、出版不況で出版社の倒産が相次ぐ中でインシデンツという出版社を立ち上げられたのはどのような目的があったのでしょうか。

 大手マスコミで報道できないことがドンドン増えてきたからです。たとえば、今、トヨタが欠陥車問題で叩かれていますが、どうしてアメリカで問題になるまで、日本では問題にならなかったのでしょう。新聞もテレビも雑誌も、トヨタが大広告主であることと無関係ではありません。

 一昨年、私が月刊誌『宝島』で警視庁から天下りを迎え入れている企業の特集記事を取材、執筆しているとき、パナソニックから牽制が入り、ゲラまで出ていたのですが、ボツにされました。パナソニックは宝島社の大広告主だからダメだというんです。運よく、写真週刊誌『フラッシュ』が原稿をそのまま掲載してくれて、なんとかカッコウがつきました。

 広告絡み以外では、事件報道のネタ元となる警察や検察の批判もタブーとされています。情報をリークしてもらわないと、スクープが飛ばせませんから。それどころか、「特オチ」といって、1社だけ重要な情報を教えてもらえない嫌がらせすら受けます。

 ジャーナリストとして真実を追求していくためには、自分でメディアを持たないといけないという結論に達しました。ネットメディアも有望だと思いますが、私の友人のジャーナリストで挑戦している人たちがいますから、自分は出版でいこうと決めました。

 インシデンツの最初の単行本『報道されない警察とマスコミの腐敗』を読んでいただければ、現在の絶望的なマスコミの状況がよくわかるはずです。

― 増田さんのルポをインシデンツから出版することに決めた理由を教えてください。

 先の質問とも関連しますが、増田さんはなるべく大手出版社から単行本を上梓しようと、いくつか売り込みをかけました。しかし、光市母子殺害事件の福田孝行被告を利するような単行本の企画はどこも通りませんでした。たとえ事実であっても、それを報道すると、世間からバッシングを受けるのではないかと大手出版社は恐れたわけです。
 
 私は、増田さんから取材上のアドバイスを求められたり、大手出版社の編集者を紹介したりしていたのですが、そこまでかかわったからには、最後まで責任を持とうと、インシデンツから出版することを決めました。

― 増田美智子さんの「福田君を殺して何になる」は、インシデンツとしては2冊目の出版物です。まだ動き出したばかりの出版社が、弁護士という法の専門家から出版差し止めという法的手段を行使されました。メディアの一員である出版社が出版差し止めを求められるということについて、どのように受け止めていますか。

 出版差し止めというのは、つまり「発禁」ということです。戦前の日本や独裁者が支配する国でもないのに、そういう言論封殺が行いうるんです。司法を悪用して、「人権派」と称される弁護士たちにより。

 言論が公表されて、それに対する批判が加えられるというのが民主主義です。ところが、安田好弘弁護士たちは言論を公表することもまかりならんと主張しています。『福田君を殺して何になる』を読むと明らかですが、本当に独裁者体質なんですね。

 マスコミ全体へ及ぼす影響も大きいですから、出版差し止めが認められないよう、多大な時間とおカネを裁判へ投入しています。広島で裁判を起こされているので、本当に大変なんですよ。安田弁護士は第二東京弁護士会所属だから、東京で裁判を起こせばいいのに。

― 寺澤さんは、月刊誌「創」2009年12月号のインタビュー記事で、福田君の弁護士から「少年法61条で、実名を出すことは禁止されているのだから、仮処分をかけたら、明らかにあなたたちは負ける、素直にゲラを見せたほうがいい」と、脅しのようなことを言われたと発言されています。そのあたりの経緯について理解されていない方が多いと思いますので、もう少し詳しく説明していただけますか。

 そもそも安田弁護士たちが増田さんの取材を受けていたら、これほどこじれなかったと思います。しかし、安田弁護士たちは権威主義らしくて、無名の若い女性ライターの取材なんか受けられないと。増田さんが真実を追求し、世の中に伝えたいという強い気持ちがあることを見くびっていたんですね。

 だから、単行本が発売される10日前、新聞で内容が紹介されると、あわてて私のところへ連絡してきました。「ゲラを見せてほしい」と。増田さんは何度も何度も誠心誠意、安田弁護士たちに取材を申し込みました。それを冷淡に拒否しておきながら、こういう検閲まがいの要求は平気でしてくるのですから、正直、あきれました。

 とはいえ、安田弁護士たちが「増田さんを見くびって申しわけなかった。だけど、我々の立場も考えてくれ。内容もわからないまま、いきなり単行本が発売されたら、対応のしようがない。虫がいいお願いだとは思うが、どんな内容か教えてもらえないだろうか」と謙虚に申し出ていれば、道が開けた可能性があります。

 にもかかわらず、安田弁護士たちは最初から「ゲラを見せなければ、法的手段をとる」と脅迫的な態度。最後に少年法が実名報道を禁止していることを持ち出して、「法的手段をとれば、こちらが勝つ」とぶち上げました。しかし、少年法の解釈はそれほど単純ではありませんし、福田君の実名は10年以上も前から雑誌やインターネットで報じられ、安田弁護士たちも容認してきました。増田さんのルポに対してだけ、法的手段をとるというのがおかしいんです。

 誰かに脅されてゲラを見せたとなれば、ジャーナリスト生命が終わってしまいます。安田弁護士たちのアプローチでは、私は「ノー」と言うしかありませんでした。

つづく
  


Posted by 松田まゆみ at 15:28Comments(0)光市事件

2010年02月01日

増田美智子さんへのインタビューの感想

 先日、「福田君を殺して何になる」の著者の増田美智子さんへのインタビューを3回に分けて掲載しました。

増田美智子さんへのインタビュー(その1)
増田美智子さんへのインタビュー(その2)
増田美智子さんへのインタビュー(その3)

 そこで、増田さんからお話を伺って感じたことについて書いてみたいと思います。

 まず、増田さんはご自身の考えを率直に表現される、正直で好感が持てる方だという印象を持ちました。「福田君を殺して何になる」でも、取材した事実について包み隠すことなく語っていることからもそれは感じていましたが、実際にコンタクトをとってみてそのことをさらに実感しました。

 増田さんの回答を読んで私がもっとも気になったのは、弁護士が増田さんに抱いた警戒心に関することです。増田さんが弁護士に取材を申し入れた際、弁護士は増田さんに不信感を抱いて警戒したのですが、その警戒に妥当性があるのかという点です。弁護団の警戒心については、当該書籍に引用されている、弁護団長の本田弁護士が増田さんに宛てた以下の手紙で知ることができます。

 「福田君の依頼を受けて、貴方の福田君への面会の申出について、以下のとおり、ご通知します。福田君は、貴方の福田君への面会の申出をお断りします。また、福田君及び弁護団は、今後、貴方からの福田君への手紙を差し出すことも行わないように申入れます。福田君は当職に、福田君へ差し出した貴方の手紙を宅下げしてくれました。それによると、福田君も弁護団も、貴方が報道関係に身を置くことを隠して(「あがり症で、たどたどしく、すぐに顔が赤くなってしまう」そうですが)、福田君へ手紙を差出したことを、極めて不適正で、卑劣なことと考えます。以上のとおり、福田君は、貴方の面会の申出を断っていますし、福田君も弁護団も、今後は貴方が福田君に手紙を差し出すことも行わないように申入れることとし、貴方へのご通知とします」

 増田さんは、福田君が深く反省をしている青年であることを広く知ってもらいたかったのであり、また弁護士に取材することで弁護団の主張も伝えたかったのです。ところが、増田さんが「あがり症」の若い女性で、ライターとしての経験もそれほど多くなかったこともあり、本田弁護士に彼女の意図が伝わらず、逆に警戒をされてしまったのではないかと推測されます。また、本田弁護士は「報道関係に身を置くことを隠して」「福田君は、貴方の面会の申出を断っています」と書いていますが、増田さんはとフリーライターであることを福田君への手紙に書いていましたし、実際には福田君は増田さんの取材を拒否していませんでした。弁護士の手紙には事実と異なることが書かれており、それが本書の出版によって公になってしまいました。そうしたすれ違いやトラブルが、出版差し止めにまで発展してしまったのではないかと思えてなりません。

 弁護団はマスコミによって不当なバッシングにさらされ、多大な迷惑をこうむったのですから、ライターに対して警戒することもわからなくはありません。しかし、たとえば門田隆将氏は「なぜ君は絶望と闘えたのか」(新潮社)の中で福田君との面会内容について書いていますし、森達也氏も「死刑」(朝日出版社)の中で福田君との面会について触れており、お二人とも本に書くことを前提として福田君に面会しています。しかも、門田氏の著書は被害者遺族である本村さんの側に立った内容です。そして、このお二人の著書からは、弁護団から面会を拒否されたという形跡は伺えません。

 ですから、増田さんが拒否されたのはやはり不可解なのです。拒否の理由として考えられるのは、増田さんが門田氏や森氏ほどライターとしての実績がないこと、そして「あがり症」でもある若い女性だということです。もし、このような理由によって不信感を募らせ取材を拒否したのであれば、差別ともいえる不当な扱いだったとしか思えません。増田さんへの対応に関しては、やはり弁護団側に不適切な側面があったとしか思えないのです。

 弁護士とて人間ですし、思い込みなどから不適切な対応をしてしまうこともあるでしょう。そのようなことをとりたてて非難するつもりはありません。謝れば済むことですから。しかし、そうしたことがきっかけとなって、著者や出版社に対して出版差し止めの仮処分の申し立てという重大な手続きが行われたのであれば、やはり行き過ぎた行為だと思えてならないのです。少なくとも、この点について当該弁護士はきちんと説明をし、非があれば認めて謝罪してほしいと思います。

 もうひとつ印象に残ったのは、「実名を売り物にしている」という批判についてです。私自信、実名の入ったタイトルにちょっと意外性は感じましたが、それが「売らんかな」という目的でつけられたとは全く感じませんでした。ですから、弁護団による仮処分で話題になった途端にこのような批判が出てくることに驚きました。

 そもそも出版社にとって書籍というのは不特定多数に向けた表現の場、すなわちメディアであると同時に商品でもあります。出版社は、多くの人に読んでもらいたいということだけではなく、少なくとも元をとれる程度は売れることを目指して企画を立て、著者の言いたいことが一言で伝わるタイトルを考えるのは当然です。タイトルに実名が入っていようがいまいが、関心のある人は買うでしょうし、関心のない人は買わないでしょう。「実名を売り物にしている」という批判は、「少年法違反を理由とした仮処分」がマスコミによって報じられたからこそ、出てきたことなのではないでしょうか。弁護団がこのような形で問題にしなければ、これほどにまで書名が話題になることもなく、「実名を売り物にしている」などという批判自体もあまり出てこなかったのではないかと思えます。

 増田さんも最後に言っているように、この問題については本を読まないまま的外れな批判をしている方がたくさんいます。ぜひ、本を読んで、自分の頭で考えてほしいと思います。
  


Posted by 松田まゆみ at 14:49Comments(0)光市事件

2010年01月26日

増田美智子さんへのインタビュー(その3)

― 私は増田さんが、福田君が死刑にならないことを願い、また、裁判でも役立てることができると考えて本を書かれたと感じたのですが、どんな気持ちで本を執筆されたのでしょうか。

 ご指摘のとおり、私にとって本書の出版は、福田君の死刑回避を願った乾坤一擲の勝負でした。
 新聞報道などではどうしても、「罪を犯した少年を実名で暴いた」ということのみが本書の特徴とされてしまうのですが、私が本書を執筆した意図は少年犯罪の実名化を議論するためではありません。本書の特徴は、殺人犯という特徴しか報じられていなかった福田君を、日々悩み、迷い、笑う、ひとりの人間として描き、彼が紡ぎ出す言葉を正確に報じることで、福田君の人間性に迫ったことであると自負しています。ですから、本書について実名の是非ばかりが議論され、新聞の紙面上で本書のことを「実名本」などと表現される現状が、私は残念でなりません。
 しかし、私が福田君の死刑回避を願っているからと言って、福田君にとって不利益と思われることを隠すことはしないよう心がけていました。それをしてしまえば、本書に書いたことのすべての真偽が疑わしくなってしまいます。また、福田君にとって有利か不利かという観点から、報道する事実を仕分けすることは、ライターとしては決してしてはならないタブーだとも思っています。
 弁護団から受けた仕打ちを書いたのも、事実だからです。しかし、弁護団については、とくに読者の興味をひくことだとも思わなかったし、それほど重要なことでもないと感じたので、かなりはしょって書きました。弁護団からは、本書に書いたこと以外にも、数々の理不尽な仕打ちを受けています。
 本書は、福田君にとってはきわめて有利な情状を示すものだと思います。弁護団の方々には、死刑判決を受けて現在上告中の最高裁に情状証拠として提出するくらいの気概を持っていただきたかったです。

― 読者からはどんな反響がありましたか。実名で厳しい批判を寄せた読者はいたのですか

 郵送やメールなどで、私のもとに直接届くご意見・ご感想は、「初めて福田君がどういう人間かわかった」とか、「報道をうのみにしていた自分が恥ずかしい」といった、好意的な感想がほとんどでした。
 新聞などでは厳しく批判され、落ち込むことの多い日々でしたが、こうした感想に何度励まされたかわかりません。
 批判的なご意見をいただいたことも、2度ありました。一方は、「少年法違反の本を出すのはやめなさい。恥を知りなさい」という匿名のメールで、もう一方は、ご自身の名前や住所がきちんと記された、被害者のご遺族の心情を考えるべきだという手紙でした。

― インターネット上では増田さん個人のことについて事実と異なることや誹謗中傷が飛び交っていると思いますが、看過できない虚偽事実があれば教えてください。

 見ると落ち込んでしまうので、2ちゃんねるなどに書かれていることは、あまり見ないようにしています。なので、どのような虚偽事実が書かれているのかは把握していません。すいません。
 ただ、インターネットでも新聞や雑誌の読者欄でも気になるのが、本書を読まないままに批判されている方が多いという点です。そのため、批判がまったくの的外れになっていることも多々あります。できれば、読んだうえでのご意見をうかがいたいと思います。

― 本では、弁護団がこれまで裁判で行なってきた立証や主張については触れていません。これについて、増田さん自身はどんな意見を持っていますか

 弁護団が出している出版物や『年報・死刑廃止』シリーズなど、光市母子殺害事件について活字になっているものはほとんど目を通していますので、弁護団がどのような主張をしているのかも、それなりには把握しているつもりです。個人的には、福田君が犯した罪が本当に「強姦致死、殺人」であるのかはわからないと思っています。弁護団が主張するように傷害致死の可能性もあると思います。ただし、裁判資料を見ることもできない状況で、事件の真相を私が勝手に推測することはできません。ですから、できれば弁護団から話を聞き、「弁護側は事件の真相をこのように主張する」というふうに本書で触れたいと思っていました。しかし、弁護団は取材に応じてくれなかったため、やむを得ずあきらめました。
 弁護団の立証・主張に触れていないと感じられるかも知れませんが、それでも刊行物などからわかる範囲で弁護団の言いぶんを紹介したつもりなんです。従前の報道が公然と行っていたような「死刑回避のためのでっちあげ」といったやみくもな批判もしていません。
 弁護団の主張の真偽はわかりませんし、軽々しく言えることでもありませんが、本書の出版に関する弁護団の一連の振る舞いを見ていると、『ドラえもん』や『魔界転生』が登場する「新供述」がどこまで福田君自身の言葉なのか、疑ってしまいます。すべてではなく、一部では弁護団による創作があったのかもしれないと思うようになりました。

― 今は、福田君には面会できないのですか。

 法曹界には、双方に代理人弁護士が就いた争いの当事者同士は、直接やり取りをしてはいけないという暗黙のルールがあるそうで、福田君とは面会できません。
 そのルールを知らずに、本書の出版当日に福田君に本の送付と合わせて手紙を送ってしまいました。数日後、足立弁護士から堀弁護士のもとにFAXが届き、厳に抗議されました。
 できることなら福田君に直接会い、いま私の心を占めているたくさんの疑問をぶつけてみたいと思っています。弁護団を名誉毀損で提訴した際、福田君も被告に入れたのは、そうすることで福田君に対する出張尋問が認められる可能性があるからです。裁判で直接福田君に質問ができるよう、強く要望していくつもりです。

― 最後に、皆さんに是非知ってもらいたいことなどありましたら、お願いします

 本書を読まれていない方には、どういう手段でもかまわないので読んでいただきたいです。私に対する嫌悪感があってあえて本書を読まないという方もいらっしゃると思うのですが、購入するのがイヤだとおっしゃるのなら、お友達や図書館から借りても、書店での立ち読みでもいいです。ただ、仮処分や本訴を抱えているため、いまだに本書の販売を控えている書店もあるようです。本書が入手しにくい状態であるのは、著者としては非常に心苦しいです。本書を購入していただいた方には、どんどん人に貸していただきたいです。
 福田君のことを「荒唐無稽な新供述で遺族を愚弄した、狡猾な知能犯」と思われている方は多いと思います。報道だけで福田君の人間性を決めつけることなく、現実にいま生きていて、いろんなことを考えて日々を送っている福田君の姿を想像してみてください。できれば、想像するだけでなく、現実の福田君とコンタクトをとってみてほしいとも思います。いまは弁護団による監視が厳しいようですが、拘置所は本来、面会も文通も、自由にできるのですから。

増田美智子さんへのインタビュー(その1)
増田美智子さんへのインタビュー(その2)

  


Posted by 松田まゆみ at 15:18Comments(0)光市事件

2010年01月25日

増田美智子さんへのインタビュー(その2)

― マスコミ報道では双方の主張などもごく一部しか伝えられません。福田君側の主張で納得のいかない点はいろいろあると思うのですが、いくつか教えてもらえますか。

 弁護側の主張はこちらが反論を出すたびに変わるので、挙げるときりがないのですが、もっとも許せないと思ったのは、取材目的であることを告げずにひとりの女性として福田君に近づいた、私が福田君を脅迫して取材に応じることを強いた、という主張です。弁護団は、これらを記者レクで何度も語り、何度も報道されています。しかし、そのどちらについても広島地裁決定は事実ではないとしています。
 私は福田君に送った最初の手紙のなかで、在京のフリーライターであることを告げています。福田君と初めての面会がかなう前には、福田君の弁護団メンバーである、本田兆司弁護士、足立修一弁護士と取材目的で福田君と面会したいと何度も交渉しています。弁護団は、明らかにウソとわかりながら、私に対する悪評を喧伝しているのです。
 人権問題に熱心に取り組んできた方々も多い弁護団が、女性記者に対して「女を武器に近づいた」といった女性蔑視の低俗な批判を展開させたのは意外なことでした。私も女ですから、痴漢に遭って「おまえにスキがあるからだ」などと批判されたこともあります。弁護団による私への批判も、これと同じく低レベルな男女差別に基づくものです。

― 本では弁護団が取材を拒否した経緯などが詳しく書かれています。また、寺澤さんは弁護士から「事前にゲラを見せないと仮処分をする」と脅しのようなことを言われたそうですね。こうしたことから、私は福田君からの仮処分や提訴は、福田君本人の意志というより弁護団の意志が大きいのではないかと感じているのですが、その点はどう感じていますか。

 仮処分や本訴が福田君の意思で行われたものか、もしくは、弁護団が福田君のためを思ってやっているものかどうかすら、非常に疑わしいと思っています。一連の騒動の発端は、「福田君は事前にゲラを見せてもらう約束をしていたと言っている。出版前にゲラを見せろ」という足立修一弁護士からの電話でした。
 私は、取材を通じて福田君とはきわめて良好な信頼関係を築いてきていましたが、その一方で、弁護団は私のことをずっと邪険に扱ってきていました。弁護団の許可を得ずに福田君と面会していた時点で、弁護団は私のことをけしからん存在だと思っていたようです。取材の過程で、何度か弁護団メンバーにも取材を依頼しましたが、徹底的に拒否されていました。だから、本書のなかで、私が弁護団についてどのように評しているのか、弁護団は非常に気になっていたと思います。要は、弁護団がどのように書かれているのか検閲したかったということでしょう。事前にゲラを見せてほしいというのは福田君ではなく弁護団の要望だと思っています。
 仮処分や本訴をしたことは、福田君にとっては不利益でしかありませんでした。前述のように、無反省をことさら印象づけることになってしまううえに、私が本書で書いた福田君の反省の言葉すら、虚偽であるかのような印象を与えてしまいます。福田君の代理人であるはずの弁護士が、なぜこのような暴挙に出るのか理解に苦しみます。
 仮処分では、第1回目の審尋の段階になっても福田君本人の陳述書が提出されませんでした。私や寺澤さんの代理人となってくれている堀敏明弁護士がその点を書面で質したところ、第2回目の審尋で、ワープロ打ちによる福田君の陳述書が裁判所に提出されました。しかし、拘置所にはワープロなどありません。そこで堀弁護士が作成経緯を尋ねると、次回からは福田君の手書きによる陳述書が提出されるようになりました。また、堀弁護士が準備書面で、「弁護団は人権侵害だと主張するが、法務局に人権救済の申し立てもしていない」と指摘すると、その翌日に広島法務局に人権救済の申し立てをするなど、弁護団はこちらから指摘されて初めて実行に移すことばかりでした。
 曲がりなりにも弁護団は法律の専門家なのですから、本書の出版が本当に人権侵害行為であると思っているのなら、上記のことは他人に指摘される前に自ら行っていてしかるべきです。人に言われるまでその発想がないというのは、つまり、弁護団も本書が人権を侵害するような書籍ではないとわかっているのだと思います。

― タイトルに名前を入れたことで「実名を売り物にしている」という批判がありますが、タイトルを決めた経緯やこうした批判についての見解を聞かせてください。

 正直なところ、私は「実名を売り物にしている」という批判の意味がよくわからないんです。本文で実名を書くのはOKだけど、タイトルにするのはけしからん、というのは筋が通らないし、タイトルに実名を入れたからと言って、どうしてそれが「売り物」になっちゃうんでしょうか。
 本書のタイトルは寺澤さんがつけてくれたものです。寺澤さんは「原稿を読んで、本書でいちばん言いたいのはこういうことではないかと思った」と言っていました。
 いいタイトルをつけてもらえて満足していますが、もともと私はそれほどタイトルにはこだわりはありません。本は内容で勝負するもので、タイトルはしょせんタイトルに過ぎません。「実名を売り物にしている」かどうかは、内容を読んだうえでそれぞれの読者が判断してくださればいいと思います。また、内容を読んでもらえれば、タイトルの意味も十分にわかってもらえるものと思っています。

― 増田さんの福田君に対する印象については本に書かれていますが、本を読んでいない方のために簡単に説明してもらえますか。

 私から見た福田君は、28歳の青年にしては非常に幼い性格をしていますが、彼なりに犯した罪と向き合い、反省を深めようと日々努力する純粋な青年でした。面会室での会話は、私が何か質問する以外で彼が自発的に語ることと言えば、どうすれば謝罪・反省を深められるか、ということばかりでした。
 福田君は、死刑という量刑には不服はないそうです。けれど、誤った報道などにより生じた誤解が、遺族をさらに苦しめている面があると思っているようで、その誤解を解くことで遺族の苦しみを少しでも和らげたいと語っていました。でも、彼が遺族に謝罪の意を伝えようとすると、どうしても「死刑回避のためのパフォーマンスだ」と見なされてしまう。福田君はそのこともよく理解しており、もし遺族との面会がかなうのなら、そのときは弁護団や裁判のことは抜きにして、真正面から遺族と向き合いたいとのことです。
 ただ、福田君には、他人との距離感をうまくはかれない面があるのも事実です。他人から嫌われるのを極端に恐れており、必要以上に迎合してしまう面もあるようです。
 今回の仮処分や本訴についても、福田君の迎合型の性格が悪い方向に作用してしまったように思います。冷静に考えれば、仮処分も本訴も、福田君にとっては死刑確定へとコマを進めてしまうような自殺行為であることは明らかなのですが、自らの死刑が確定するか否かよりも、目の前の弁護団のご機嫌を損ねてしまうことのほうが彼にとっては辛かったのかもしれません。
 弁護団の行為は、こうした福田君の性格を利用したものであり、許せません。

増田美智子さんへのインタビュー(その1)
増田美智子さんへのインタビュー(その3)
  


Posted by 松田まゆみ at 09:11Comments(0)光市事件

2010年01月24日

増田美智子さんへのインタビュー(その1)

 このブログでも何回か取り上げてきた「福田君を殺して何になる」(インシデンツ)の著者である増田美智子さんとコンタクトをとることができました。この本は、光市事件の被告人である福田君やその関係者を取材したルポルタージュですが、福田君の弁護団が出版差し止めの仮処分を求めたことをきっかけに、裁判に発展して波紋を呼んでいます。

 マスコミ報道というのは往々にして偏っていたり、物事の本質が正しく伝わっていなかったり、重要な事実が報じられないことがあります。この問題に関しても、私は、マスコミ報道では実名報道の可否ばかりが話題になり、著者側の主張がきちんと伝わっていないという印象を強く抱いていました。そこで、増田美智子さんにメールでインタビューを申し入れたところ、快く応じてくださいました。

 増田さんの回答には、マスコミでは報じられていない重要な指摘がいろいろあります。そんな声にぜひ耳を傾けていただけたらと思います。3回に分けて掲載します。

**********


― 出版の直前になって、出版差止めの仮処分を申し立てられ、その結論が出ていないうちに福田君側から本訴がありました。広島地裁で仮処分が却下されると高裁に即時抗告しました。その後、増田さんやインシデンツの寺澤さんが反訴したり、毎日新聞を訴えたわけですが、一連の経緯や心境などについて聞かせてください。

 これまでの報道で、福田君は「狡猾」「鬼畜」「知能犯」などとさんざん批判されていました。福田君のことが正確に報道されているとは言い難い状態のなかで、世間の人々は、福田君のことを、より凶悪で、より残酷なモンスターのようにイメージしていたように思います。
 しかし、実際に面会し、手紙を交わしてみれば、彼は自らの犯した罪と向き合い、反省しようと一生懸命に努力する青年であり、報道との大きなギャップがありました。
 福田君も、私たちと同じように悩み、迷い、笑い、泣きながら日々成長していく一人の人間であることを知ってもらいたい。そのうえで、読者の方々には、彼に下された死刑判決の当否を改めて考えてみてほしい。私は、そういう思いで本書を出版しました。犯行当時18歳だった福田君の実名を書いたのも、福田君をありのまま描きたかったからです。おそらく、私の思いは福田君の弁護団ともそれほどかけ離れていないと思っています。
 弁護団が「福田君の実名表記は少年法違反だ」として、出版差し止めの仮処分や本訴を提起したことにより、「大罪を犯したにもかかわらず、実名で報道されるのを嫌がる不遜な人間だ。やはり反省していない」という印象を世間に与えることになってしまいました。これでは、私が本書で訴えようとしたことが無になってしまいます。仮処分や本訴となれば、福田君への誤解を増大させることはわかりきっていましたから、弁護団との間ではできる限り法的措置を避けられるよう努力しましたが、力及ばず、このような事態になってしまったことは、非常に残念に思っています。
 この過程で、弁護団は私のことを、「福田君を脅迫して取材に応じさせた」「一人の女性として福田君に近づいた」などと、ありもしない事実を報道陣に語り、それがたびたび報道されました。しかも、そうした誹謗中傷はどんどんエスカレートしており、放置しておけばこの後さらにエスカレートすることが予想されたため、反訴に踏み切りました。
 本書はおもに新聞紙上で厳しい批判を浴びてきました。そうした批判を目にして、反論したいと思うこともたびたびありましたが、論評は自由であるべきですから、問題視することはありませんでした。
 しかし、2009年11月11日付け毎日新聞社説のように「当事者に知らせることなく出版しようとした行為は、いかにも不意打ち的だ」などと、誤った前提事実をもとにしてまで批判されてはたまりません。私は、福田君に出版を何度も知らせていましたし、それは広島地裁決定も認めている事実です。毎日新聞は地裁決定のコピーを持っており、地裁決定をきちんと精査すれば避けられた過ちです。しかも、毎日新聞はこの社説を書くうえで、私や寺澤さんに取材することもありませんでした。こんなに適当に書かれた批判に対して抗議しなければ、「著者は何を書いてもOKな人」という認識を新聞社に与えかねません。
 弁護団に対する反訴や、毎日新聞社への提訴は、エスカレートする誹謗中傷に対して、きちんと事実確認しないのなら、こちらも怒りますという姿勢を、弁護団やマスコミ関係者に示しておくことも大きな目的のひとつでした。

― 出版差止めの仮処分や本訴では「福田君に実名で書くことの了解を得ていたか否か」「事前に原稿をチェックさせるという約束があったか否か」が最大の争点だと私は理解しているのですが、増田さんはどう捉えていますか? 増田さんは、「実名で書くことについては了解を得ていた」「事前の原稿のチェックの約束はなかったと」と主張されているということですね。

 ご指摘のとおり、「福田君に実名で書くことの了解を得ていたか否か」「事前に原稿をチェックさせるという約束があったか否か」、が重要な争点であると思います。
 実名で書くことについては、2009年3月27日の面会で福田君の了承を得ました。彼は、「それって、僕の了解が必要なの? 『週刊新潮』とかは了解なしに書いてるよね」と言いつつ「僕は書いてもらってかまいません」とあっさり了承しました。福田君が言うように、彼の実名は事件直後から何度も『週刊新潮』が報道してきましたから、彼の名前は今さら秘密でもなんでもありません。だから、断られることもないと思っていました。その後の面会も、福田君の実名を書くことを前提に、事実関係の細部にわたる確認をしていましたが、福田君から実名記載をやめてほしいと言われたことは1度もありません。
 事前に原稿を見せる約束をしていたという主張は、福田君からそういうお願いをされたことは一度もなく、弁護団か福田君によるゼロからのねつ造です。仮処分の書面のやりとりのなかで、いつ事前に原稿を見せる約束をしたというのか、何度も弁護団を質しましたが、弁護団は約束したとする時期さえ明らかにすることはできませんでした。それほどまでにあいまいな主張なんです。

増田美智子さんへのインタビュー(その2)
増田美智子さんへのインタビュー(その3)
  


Posted by 松田まゆみ at 11:09Comments(0)光市事件

2009年12月26日

出版差止め裁判の根底にあるもの

 光市事件を扱ったルポ「福田君を殺して何になる」の著者である増田美智子さんと版元のインシデンツ(寺澤有代表)は、被告人と弁護士3人に対し、「出版前に原稿を見せるとの約束をほごにされた」と虚偽の事実を公表したとして損害賠償を求めて東京地裁に提訴したとのことです。また、毎日新聞社に対しても、社説で事実に反する記述をしたとして損害賠償と謝罪広告を求めて提訴したそうです。出版差止め仮処分申し立てについての広島地裁の決定と、毎日新聞社への通知は以下のインシデンツのサイトをご覧ください。

『福田君~』情報

 この件については反訴もありえるだろうと思っていましたが、やはり弁護団による提訴は、著者側は到底納得できないということでしょう。反訴の最大の争点は、「原稿を事前に見せる約束をしたかどうか」ということです。反訴までするからには、著者側はこの点について絶対の自信があるのだと思います。広島地裁による決定では、「この主張を前提とする債権者の差止め請求は理由がない」として弁護団側(福田君)の主張を退けています。そもそも福田君に有利としか思えない内容の本であるにも関わらず、なぜ「約束した、しない」などという単純なことで対立するのでしょう? ここに、疑問が生じるのです。

 この件に関しては「実名報道の是非」だけが一人歩きしてしまったようですが、「実名が少年法違反」というのは、あくまでも法的手段をとるための表向きの理由だとしか私は捉えていません。そもそもことの発端はまったく違うところにあるのではないかと私は考えています。

 その発端のひとつは、弁護団と今枝弁護士の弁護方針の違いによる対立です。弁護団内部で意見の対立があるのは当然のことでしょうし、内部での対立や解任をとやかくいうつもりはありません。問題は、今枝弁護士の解任の仕方にあります。「福田君を殺して何になる」でも、福田君が以下のように語っています。

「僕は今枝先生の解任には最後まで抵抗していたんだよ。本当は、あのときよりもずっと前から今枝先生の解任の話は出てたから、本田(弁護団)団長に何度も(『解任しろ』と)言われてたけど、僕は『絶対イヤだ』って」

 今枝弁護士が自分の意志で弁護団から抜けるのならわかりますが、そうではありませんでした。弁護団は嫌がる福田君を説得し、今枝弁護士を解任させたのです。穿った見方をすれば、弁護団の内紛解決のために福田君を利用したとも言えるのではないでしょうか。私が一番残念に思うのは、この点です。今枝弁護士が、あえて弁護団の内紛まで自著「なぜ僕は『悪魔』と呼ばれた少年を助けようとしたのか」で言及した理由は、ここにあるのだと思います。

 弁護団が福田君の意思を尊重していないと考えられる点については、「光市事件弁護団への疑問」でも触れましたが、弁護団による増田さんの面会拒否もこの延長線上にあるのでしょう。

 もうひとつ気になるのは、この弁護団の閉鎖性です。今枝弁護士は、弁護団のマスコミ対応について批判的でしたが、私も同じような印象を持っています。弁護士のメディア対応については、弁護団の中心的存在である安田好弘弁護士が「創」2009年11月号で以下のように説明しています。

 「弁護をやるとしたら、メディアに対応しないというのが原則なんでしょうね。なぜかというと、社会を沈静化させるためです。つまり、情報がなければメディアは報道できませんから。しかも弁護側からの情報がなければ、いずれは被害者側だけの報道になってしまうから、どこかで終焉するんです。情報があるから報道が加熱するわけですね。ですからメディアには基本的に対応すべきではない。しかしどうしてもやらなければならない場面があるだろう、と。それはやるべき理由と効果を睨んでやるべきだと思っているんです。・・・」

 しかし、光市事件のように社会的に注目を浴びた事件では、情報を出さないのはむしろ誤解を招き反感を助長するだけのように思います。たとえば、荒唐無稽だと批判を浴びた福田君の供述も、彼の生育環境や精神面についてきちんと説明されなければ一般の人には到底理解できないことです。黙っていたならマスコミは被害者側の主張や記者クラブ情報しか書きません。偏見や憶測が飛び交うことになります。弁護団はマスコミにきちんと対応し、またホームページなどを利用して積極的に情報発信していくべきだったと思います。

 弁護団は後に方針を変えて情報発信するようになりましたが、遅きに失したとしか思えません。マスコミによる偏った報道を信じ込んだ市民の意識は簡単に変えることはできないのですから。この点では、メディア対応を誤ったとしか思えません。

 私自身、「光市事件 弁護団は何を立証したのか」を読むことで、事件の概要と弁護団の主張を理解することができました。また今枝弁護士の書籍やネットでの発言は、多くの人が事実を知るという点で大いに意味があったと私は判断しています。来栖宥子さんがご自身のホームページで弁護団の主張を紹介していますが、こうした情報提供は本来、弁護団がやるべきことだと私は思います。

 増田さんに対しても、もっと誠実に取材に応じていたなら批判的な書き方はされなかったでしょう。増田さんの弁護団批判は、弁護団のメディア対応のまずさに起因するのです。

 今枝弁護士の解任をめぐる福田君の発言、あるいは増田さんの取材を拒否する弁護団についての記述は、弁護団にとっては公表して欲しくないことでしょう。弁護士らが提訴までした背景には、そうした事情があったのではないかと思えてなりません。

 反訴された本田弁護士は「提訴には本の宣伝に利用しようとする意図を感じざるを得ない」とのコメントを毎日新聞に寄せていますが、増田さんは弁護団と本村さんの両者に取材を申し入れて公平な視点で書いており、本の出版が公益目的であることは明瞭です。
  


Posted by 松田まゆみ at 16:49Comments(0)光市事件

2009年11月12日

出版差止め仮処分却下の理由

 「福田君を殺して何になる」の出版差止め仮処分却下を巡っては、弁護団が理由の公表を拒んでいましたが、インシデンツのホームページに広島地裁の決定書からの抜粋が掲載されています。弁護団が「答えられない」という却下理由を知りたい方は、以下をご覧ください。

インシデンツのホームページ

 この抜粋からもわかるように、インシデンツ側の主張がほぼ全面的に認められています。もっとも裁判所の「本件事件の犯罪事実は、罪質甚だ悪質で、結果が極めて重大、態様も冷酷かつ残虐」という部分には同意できませんが。

 この問題に関しては、私もこれまでのいくつか記事を書いてきましたが、裁判所の判断は納得できる内容だと思います。寺澤さんに対して「少年法で実名報道は禁止されているから仮処分をかけたら明らかにあなたたちは負ける、ゲラを見せたほうがいいと」といった弁護士は、この判断に対してきちんと見解を明らかにすべきではないでしょうか。

関連記事
「福田君を殺して何になる」を読んで
インシデンツを訴えて何になる?
光市事件弁護団への疑問
  


Posted by 松田まゆみ at 13:43Comments(0)光市事件

2009年11月10日

光市事件弁護団への疑問

 昨日、「福田君を殺して何になる」(増田美智子著、インシデンツ発行)の出版を巡って弁護団が広島地裁に申し立てていた出版差止めの仮処分が却下されたと報じられました。そのニュースを読んで目を疑ったのは、弁護団の「却下の理由は答えられない」というコメント。たとえ弁護団の意に反した判断であっても、理由を公表して見解を明らかにするべきではないでしょうか? 自分たちに都合の悪いことを隠そうとする姿勢はどこからくるのでしょうか?

 これまで私は光市事件の弁護団を支持してきました。しかし、仮処分請求と本訴、そして今回の却下でのコメントを読み、さらに以下の臨床心理士である長谷川博一氏のサイトを読み、弁護団の姿勢に大きな疑問を感じざるを得ません。

長谷川博一公式サイト 光市事件

 なお、長谷川博一氏のサイトは、私の「再度、光市事件を考える」という記事(チャンネル北国tvのブログ)への「やれやれ」氏のコメントで知ったことを断っておきます。ただし、「やれやれ」氏は複数のハンドルネームを使い分け、誹謗中傷発言をし、執拗な書き込みを繰り返していることから、マナー違反、嫌がらせと判断してコメントを削除しています。

 長谷川氏が上記のサイトで明らかにしている、弁護団による面会妨害、弁護人の介入による被告人の面会拒否、面会したことに対する弁護団から被告人への叱責が事実であれば、非常に由々しきことではないでしょうか。弁護団のこのような対応は、「福田君を殺して何になる」に書かれている増田美智子さんへの対応や、今枝弁護士の解任と重なります。刑事被告人は弁護人に反論しにくい立場にありますし、まして周りの人に合わせる傾向がある福田君は、弁護団から叱られたなら弁護団の言いなりになってしまうことは容易に想像できます。弁護人が福田君の意思を尊重せずに面会を拒絶したり、福田君を叱責することで弁護人の指示に従わせているのであれば、強い立場の者による人権侵害といえるのではないでしょうか?

 長谷川氏が指摘しているのはそれだけではありません。弁護団の主張の一部が作文であるという疑惑も指摘しています。もしこれが事実であるなら、弁護団は本当に真実を追究しようとしているのかという疑念すら生じます。

 私が「福田君を殺して何になる」を読んで非常に疑問を感じたのは、まさにこのような弁護団の体質です。

 先日発売された「創」12月号で、「光市実名本差止め論争」という特集が組まれ、著者の増田美智子さんやインシデンツの寺澤有さんへのインタビュー記事のほか、浅野健一さんと綿井健陽さんの記事が掲載されています。

 寺澤さんの発言によると、足立弁護士から寺澤さんにゲラを見せてほしいと電話がかかってきたのは9月28日とのこと。そして、10月4日に広島の足立弁護士の事務所に行ったときに初めて実名問題に触れ、少年法で実名報道は禁止されているから仮処分をかけたら明らかにあなたたちは負ける、ゲラを見せたほうがいいと言ったそうです(29ページ)。しかし、仮処分で負けたのは弁護団側。これは明らかに脅し行為ではないでしょうか。しかも、その過程で福田君の意思が見えてきません。

 浅野さんや綿井さんはこれまで弁護団と関わりもち弁護団を支持する立場ですし、今回の記事も全面的に弁護団の見解を支持する内容です。しかし、不思議なことにお二人とも本に書かれている弁護団の増田さんへの対応や、今枝弁護士の解任に関することについてはまったく触れていません。

 浅野さんは、本の内容に関する福田君の発言を紹介していますが(38ページ)、それは弁護団を通じて表明されたものです。ですから、福田君自身が本心を発した言葉なのかはどうかはわかりません。また、「訴状によると、増田氏がAさんに対し、事前に原稿内容を確認するとの約束や、私信の非公開の約束を反故にして出版を強行したのは、Aさんの『自己決定権』を侵害していると批判」(37ページ)としています。しかし、外部の者との面会を巡る被告人の自己決定権も、今枝弁護士の解任に関わる自己決定権も、弁護団自身によって侵害されているのではないのでしょうか? 浅野さんはそのことをどう考えているのでしょうか?

 綿井さんは、「取材者と取材対象者との関係性は?」というタイトルで、取材倫理面からの意見を書いています。取材対象者の立場や意向を大切にするべきだという綿井さんの主張はもっともだと思います。私も本を読み始めたときに、私信や写真の掲載許可をとっているのだろうか、という疑問はもちました。しかし一読者として、福田君を理解するためには手紙も写真も意味があるとも感じました。本書の内容は「インシデンツを訴えて何になる?」に書いたように、トータルに評価するなら福田君に有利な内容としか思えません。不利益と利益を天秤にかければ、提訴することが不思議に感じられます。

 取材対象者の立場や意見を尊重することはもちろん大事ですが、それを重視して福田君に事前にゲラ刷りを見せたなら、弁護団が介入して弁護団に都合の悪い部分の修正や削除を求めてくることは容易に推測がつきます。寺澤さんがゲラチェックを拒否したのは当然でしょう。綿井さんは、「知る権利」と「報道の自由」は国家や公権力に対して向けられるべきだと主張されます。しかし、相手が国家や権力と闘う刑事事件の弁護団なら、事前のゲラチェックを受け入れて従うべきなのでしょうか? それは読者の「知る権利」の侵害にはならないのでしょうか?

 私は、差し戻し控訴審での裁判所の死刑判決は不当であり、弁護団の主張はおおむね(今では全面的とは考えていません)正当だと考えています。しかし、だからといって弁護団に対して生じた疑問に口をつぐむべきだとも思いません。それは真実の解明に逆行する行為だと思えるからです。上告審が審理されている今だからこそ、大きな関心を引いたこの事件の真相の解明を多くの人が望んでいるのではないでしょうか。私には、弁護団を全面的に支持されている方は、弁護団を批判することは被告人の不利益につながり、批判すること自体がタブーであると思っているように感じられてなりません。しかし弁護団のマイナーな部分を黙認すべきなのでしょうか?

 光市事件は弁護団と検察官との闘いというより、弁護団と国家との闘いと言えるかもしれません。そうした政治的背景は理解できます。しかし、そこにこだわるあまりに、弁護の方向を見誤ってはいないでしょうか? 弁護団のやっていることは本当に福田君のためになっているのでしょうか? 残念ながら、今の私は弁護団の姿勢に疑問を抱かざるを得ないのです。
  


Posted by 松田まゆみ at 15:10Comments(0)光市事件

2009年11月04日

インシデンツを訴えて何になる?

 さる2日、光市事件の被告人が「福田君を殺して何になる」(増田美智子著)の版元であるインシデンツ(寺澤有代表)に対し、出版の差止めと1100万円の損害賠償を求める訴えを広島地裁に起こしたとのニュースが流れました。被告人の弁護団は、10月5日に出版差止めの仮処分申請をしていましたが、今回の提訴はそれとは別です。

 5日の仮処分の申立書では「元少年が取材を受けた際に、原稿内容を事前に確認させることを出版の条件としていたが、約束が守られなかった」(10月7日付け北海道新聞)と主張していました。そして、今回の提訴で原告側は「原稿内容の事前確認や私信の非公開などの約束を破ったのは、人格権やプライバシーの侵害にあたる」と主張しているそうです。

 ところで、著者の増田美智子さんは記者会見で「本人に実名で書くと伝え、了解を得ていた。仮処分の目的は弁護団による事前の検閲。報道の自由への重大な侵害だ」(10月7日付け北海道新聞)としています。また、増田さんや版元のインシデンツは「実名や顔写真は過去に雑誌などに掲載された『公知の事実』で、表現の自由に照らして違法性はない」(11月3日付け北海道新聞)と主張。要するに実名を書いたことの是非というより「本人に原稿内容の事前確認をさせる」という約束があったか否かが問題となっており、原告側と著者や版元の主張が真っ向から対立しているという構図です。

 ところが、新聞などでは実名報道が少年法に照らし合わせて問題があるのか否かばかりが強調されているようで、11月1日付けの北海道新聞「サンデー討論」でも実名の是非に焦点があてられています。問題意識というか、論点がずれているとしか思えません。

 「福田君を殺して何になる」の冒頭には、福田君から増田さんにあてた手紙が掲載されています。冒頭から手紙の内容が紹介されていたことに多少違和感は持ちましたが、本を読み進めていけば、なぜ増田さんが手紙を紹介したのかという理由が理解できます。この手紙からは、増田さんの面会を楽しみにしながらも増田さんの交通費や宿泊費のことを気にする心遣いや、同い年の女性に関心を示す様子が伝わってくるのです。増田さんについて書かれている部分の文面はたしかに年相応とは思えずいまだに精神的に未熟な側面があることを伺わせますが、それでも彼なりに心を込めて書いている手紙であり、率直な心情が滲み出ています。

 この手紙の稚拙な文面に関してはマイナーな要素があることは否めないでしょう。しかし、公開されたら都合の悪いようなプライベートなことが書かれているわけではなく、むしろ光市事件を起こした被告人の精神面を読み取るうえで大きな意味をもっていると私は感じました。つまり、この手紙には女性になれなれしく接してしまう彼の心理が表れています。その陰には父親の暴力から母親を守ってきた家庭環境、それによって生じた母親との絆が大きく関係していると推測できますし、弥生さんに甘えて抱きついたという行動も理解できるのです。

 本書は、トータルに見たならば福田君にとって決して不利なものではなく、むしろ彼の人間像を浮き彫りにして死刑という判決に疑問を投げかけています。彼が事件を起こした原因を見つめ直し、この裁判の問題点を問うためにも意義のあるものです。さらに、本書での実名表記は、凶悪犯というイメージと一体となって流布された実名に対し、名誉回復を図っていると捉えることができます。

 福田君に有利な内容であるにも関わらず、なぜ版元を提訴したのでしょうか? その理由は、今枝弁護士の解任について書かれた部分に隠されているように思われます。福田君自身は今枝弁護士を心から信頼しており解任には最後まで抵抗したのです。弁護団が福田君を説得して解任を働きかけたことは間違いないでしょう。解任に福田君の意志がどれだけ反映されていたのかが疑問です。それと同じように、今回の仮処分申請や提訴についても、弁護団の意志がかなり反映されていると考えるのが自然です。福田君本人が増田さんに対して本当に「原稿の事前チェック」や「私信の非公開」を求めていたのでしょうか? 私には大いに疑問です。

 今回の仮処分申請や提訴については、版元側の主張があまり詳しく報じられていないように感じるのですが、以下の津田哲也氏のブログにインシデンツの寺澤有氏の話しが掲載されています。

[光市母子殺害事件]実名ルポ本『福田君を殺して何になる』が出版差止めを申し立てられた本当の理由

 寺澤氏は、本田弁護士から出版前にゲラ刷りを見せなければ出版差止めの仮処分申請をすると、半ば脅しのようなことを言われていたそうです。寺澤氏は、警察や検察、裁判所などの組織の腐敗などについて果敢に報じているジャーナリストであり、そんな脅しに応じないのは当然でしょう。ところが弁護団は本当に仮処分申請をしました。さらに、本の内容を確認してから提訴したのです。寺澤氏が権力と対峙している点では安田弁護士などとも同じ立場です。そうした者同士が、福田君にとって有利としか思えない本をめぐって争うことは不可解としか思えません。

 私も自然保護問題などで報道関係者から取材を受けることがありますが、「原稿の事前チェック」は取材を受けた本人がはっきりとその意志を伝えなければ行われないのが当たり前です。「原稿の事前チェック」や「私信の非公開」の約束をめぐって法廷で争ったなら「約束した、しない」の争いになり、さらには「弁護団の関与があった、なかった」の論争になるだけでしょう。こうした争いにどれだけの意味があるのでしょうか? 私には、今枝弁護士の解任同様、原告である福田君自身が精神的に苦しむことになるのではないかと思えてなりません。

 弁護団が守ろうとしているのは、福田君なのでしょうか? 今回の仮処分申請や提訴に限って言うなら、私は弁護団を支持することはできません。

 なお、この件についてはジャーナリストの山岡俊介さんのサイトでも報じられています。無料で読めるのは冒頭の部分だけですが。

書籍『福田君を殺して何に成る』を巡って――仮処分に加え、本訴もした光市母子殺害元少年側

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Posted by 松田まゆみ at 16:07Comments(0)光市事件