さぽろぐ

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2018年08月13日

「お盆休み」をなくして融通性のある「夏休み」に

 今年もお盆の季節がめぐってきた。ニュースではいつもと同じ、お盆の帰省ラッシュが報じられている。高速道路は渋滞、飛行機も列車も満席・・・。お盆の期間は航空券もぐっと高くなるし、予約も大変。ホテルなども早くから満室。

 毎年このニュースを耳にする度に、「お盆休み」という考えを変えた方がいいのではないかと思ってしまう。たしかに「お盆」というのは古くから受け継がれてきた風習だし、それを大事にすることは否定しない。

 でも、時代とともに私たちの生活様式も確実に変わってきている。「お盆休み」といっても宗教的な行事から里帰りや旅行を楽しむ「夏休み」へと変わりつつあるのではなかろうか。夏休みに家族で里帰りしたり旅行をするのならば、お盆の時期に拘る必要もないのではと思う。私は無宗教であり信仰はないので(昨今はそういう人も増えているのではないかと思うが)、お墓参りもお盆やお彼岸にこだわらなくていいと思っている。

 ヨーロッパの人々は夏になると時期をずらして長期間のバカンスをとるというが、交通機関や宿泊先の混雑を緩和させるために当然のことだろう。ホテルだって満遍なくお客さんに入ってもらえたほうがいい。日本でも夏休みを分散させれば里帰りや旅行がお盆の一時期に集中することは避けられる。企業も公務員も「夏休み」にもっと融通性を持たせるべきだと思うのだが、どうしてそれができないのか不思議でならない。

 「正月休み」も同じだ。昔とちがって昨今はお正月もさほど風習にこだわらなくなってきている。例えば、私の子どもの頃は正月といえばお店はどこも閉まり、三が日はおせち料理とお餅を食べて過ごしたが、今は元旦からお店が開いているし、お正月の習慣も薄れてきている。おせち料理も買って済ませる人が増えてきているし、お正月も普段の生活とあまり変わらなくなりつつあるように思う。

 だったら、なにも年末年始に拘らず、「冬休み」をつくればいいのではないかと思ってしまう。北海道では年末年始に大雪や吹雪に見舞われると、交通機関が乱れて大変なことになる。豪雪や吹雪の中の渋滞は事故にもつながる。もちろんお正月に帰省したい人はすればいいのだけれど、「冬休み」制にしたなら、混雑する時期に移動したくない人は大助かりだろう。

 人々の生活が変わっていくのだから風習も変えればいいと思うのだが、伝統的なものは変えたくないという人が多いのだろうか。

  

Posted by 松田まゆみ at 16:47Comments(0)自然・文化

2018年08月09日

メサイアコンプレックスという歪んだ心理

 先日、ある方がメサイアコンプレックスと思われるご婦人のことをブログで話題にしていた。メサイアコンプレックス(メサコン)とは、簡潔に言うなら、自分を肯定したり満たすために他者を助けようとする人のことだ。人は他者から感謝されれば気持ちがいいものだが、メサコンの人は、その気持ちよさに浸ることで自分の精神の安定を図ろうとする。

 困っている人を助けることはもちろん悪いことではない。しかし、その目的が自分の価値を見いだすためであれば、歪んだ心理というほかない。メサコンにとっては「他者を助ける」という行為はあくまでも自分の承認欲求を満たすための手段でしかない。これでは真の援助とは到底言えないし、それどころか相手は望んでもいないことを押しつけられたあげく利用されるのだから、人間関係は間違いなく悪化する。

 メサイアコンプレックスですぐに頭に浮かぶのは、「暴力をふるう男性と結婚した挙句に破綻して離婚」を繰り返してしまうような女性だ。このような女性は「この人には私が必要」と勝手に思い込んでかいがいしく世話をやくのだが、真の目的は世話をやくことで自分の価値を見いだそうとすることにある。ところが、いくら世話をやいたとしても他人を変えることなどできないし、それが相手にとって迷惑なら敬遠されるだけだ。男性が暴力的な人であればいくら尽くしても感謝されないし暴力は止まらない。そして結果的に破綻してしまう。

 相手の男性が暴力的ではなく女性の世話を受け入れた場合は、男性を自分に依存させることになる。相手の欠点を指摘して「私がいないとダメ」といっては、自分に依存させる。そして、自分が満足感を得るために相手を利用しつづけることになる。いわゆる共依存だ。しかし、この状態が続くと、男性は次第に煩わしくなって嫌気がさしてしまうだろう。結局、うまくいかない。もちろん男性がメサコンという場合もある。

 一度失敗をしたならその経験から学びそうなものだが、メサコンの人は再び同じような人と結婚をしてしまうことが多い。なぜなら、自分に問題があるとは全く考えないからだ。他者を助ける行為は善意であり思いやりだと思い込んでいる。相手にとっては迷惑でしかないことも、メサコンの人には理解できない。

 もうひとつメサコン・共依存で思い浮かべるのは、子どものことにすぐに口出しをして子どもを支配しようとする親だ。子どもが自分ですべきことでも親が代わりにやってしまうことで自分の存在意義を感じようとする過干渉な親。子どもの欠点をあげつらって「お前はダメだ」と思い込ませ支配しようとする親。そうやって自分の精神の安定のために子どもを利用してしまう親は意外と多いのかもしれない。

 メサコンの人の最も厄介なところは、「自覚がない」ということだ。本人は「自分は親切で善いことをしている」としか思っていない。単刀直入に、「あなたがやっていることは親切の押し売りであり迷惑」だとはっきり伝えても、まったく理解しようとしない。それどころか「迷惑だという相手がおかしい」などといって相手を悪者にしてしまう。こうなると何を言っても通じない。結局信頼を損ね、人が離れていくことになる。

 友人などに「苦しい」「辛い」と訴え、「自分が苦しいのは○○のせい」と嘆く人はメサコンである可能性が高い。「かわいそうな私」と「悪いあの人」をアピールすることで、励ましてもらったり応援してもらいたいのだ。そういう人を見かけるとつい同情して援助しようとする人がいるが、その結果どうなるか・・・。「苦しい」と訴える人は依存できる相手を探しているのだから、援助をしようとする人が精神的に自立していないと取り憑かれてしまう。そして、承認欲求を満たすために徹底的に利用される。

 その結果、精神的にボロボロにされて離れざるを得なくなる。ところが攻撃性が強い人だと離れようとする相手を非難したりストーカーのようにつきまとったりしてコントロールしようとする。これがメサコンの恐ろしいところだ。

 メサコンの人は、他者に依存して満足感を得れば幸福になれるのかといえば、そんなことはない。もちろん他者から認めてもらったり感謝されたら、その時は安心感や優越感が得られるだろう。しかし、その安心感や優越感を得つづけるために永遠に依存する相手を探し求めることになる。他者に依存しようとすればトラブルになってしまうことは前述した。つまり、対人関係のトラブルを繰り返してストレスを溜めることになる。メサコンは誰も幸福にしないどころか自分も不幸にする。

 メサコンの人は劣等感が強いと言われているが、精神的に安定するためには自分がメサコンであることに気づき、自分自身を変えていくしか根本的解決はない。ところが、不幸なことに大半の人は自覚ができない。つまり不幸から抜け出すことができない。お気の毒というしかない。

 もし自分が、他人から認めてもらわないと安心できない(承認欲求が強い)タイプ、あるいは日頃から不平不満を言ってはそれを他人のせいにするタイプだと思うなら、メサコンかもしれないと疑って自分自身を見つめ直すことをお勧めしたい。自分で気づいて改善しようと努力しない限り、メサコンの人が幸福になる道はないと私は思っている。



  

Posted by 松田まゆみ at 21:07Comments(0)雑記帳

2018年08月05日

猛暑と暑さ対策

 北海道に住んで40年弱になるが、私にとって夏が涼しく夏バテにならないというのはとてもありがたい。考えてみたら、東京にいた頃は毎年夏バテで辛い思いをしていた。あの頃はまだ暑いといっても最高気温は32度とか33度くらいが普通だったのだから、昨今の35度を超えるような暑さなら堪らないだろうと思ってしまう。

 といっても子どもの頃は夏バテをしたという記憶はない。30度を超えるような日も外遊びをしていたし、食欲が落ちたりはしなかったと思う。ところが、いつからか夏がとても苦手になった。夏バテで思い当たるのは、家を建てて引っ越したこと。

 普通、家を建てて引っ越したなら居住環境が改善されそうなものだ。ところが私の場合は違った。家を建てるに当たって、父は洋風の外見にこだわり屋根をトタン葺きにした。2階の子ども部屋はそのトタン屋根の直下。当時の住宅は断熱材などほとんど入っていないのが当たり前だったので、夏になるとジリジリと熱したトタン屋根によって2階は猛烈な暑さに見舞われることになった。

 室温を測っていなかったので何度くらいだったのか分からないが、おそらく外気温よりかなり高かったと思う。35度以上あったのではなかろうか。当時は一般家庭ではクーラーなどまずなかったので我慢する他ない。あまりに暑いので、夏休みなどは夜遅くまで起きていて夜明け前くらいに寝るようにしていたこともあったが、陽が昇るとどんどん室温が上がって眠っていられなくなる。そんな環境で過ごしていたことが夏バテに関係していたのではないかと私は疑っている。

 私が北海道に来た後に実家では増築をした。ダイニングキッチンを南側に張り出す形で増築したが、この部屋もトタン屋根ですぐに暑くなる。ゆえに、すぐにクーラーを取り付けたようだ。また、私が使っていた2階の部屋は父が使うようになったのだが、父は即、クーラーを取り付けた。

 母はあまりクーラーを好まない人だったが、あまりに暑いとダイニングキッチンのクーラーをつける。ところが、しばらくして涼しくなると「電気代がもったいない」とばかりに電源を切って窓を開け放つ。クーラーを切るとすぐに部屋が暑くなるから窓をあけて風を入れたほうがいいと言う。日中の暑い時間帯はクーラーの設定温度を高めにしてずっとつけていればいいのにと思うのだけれど、高齢者はすぐに節約ばかり考えてしまうのだろう。

 話しは変わるが、今住んでいる家を新築するにあたってもっとも拘ったのは高断熱・高気密住宅だった。私が北海道に来たころは、高断熱・高気密住宅はまだそれほど普及していなかった。断熱材がろくに入っていない古い住宅の場合、狭い家でも1日10リットルくらい灯油を炊くことになる。二日で千円札を1枚燃やしているような勘定で、北海道は大変なところだとつくづく思った。しかも長時間家を空けたり夜にストーブを消せばすぐに氷点下になってしまう。数日旅行をしている間に、調味料まで凍りかけたこともあった。北欧やカナダなどでは高断熱・高気密の家が当たり前なのに北海道はずいぶん遅れていると思ったものだ。

 そこで家を建てる際には多少高くついても高断熱・高気密住宅にしようということで、壁にも天井にも20センチのグラスウールが入っている外断熱工法を選んだ。窓は高断熱ペアガラス。その結果、住宅の体積が以前の3倍以上になったのに、灯油使用量は以前より少なくて快適な生活ができるようになった。1台のストーブで家中が暖かく、トイレや浴室で寒さを感じることもない。真冬に3日くらい留守にしても、室温は10度くらいまでにしか下がらない。高断熱・高気密住宅というのは夏も涼しいし冷房の効率もいい(私のところではクーラーはないし、必要もない)。

 東京の実家に帰るたびに感じたのは、本州の住宅の気密性・断熱性の悪さだ。朝目覚めるとスズメの声がまるで外にいるかのように聞こえてくる。だから、暖房をしても冷房をしても効率が悪い。それだけ熱が外に漏れてしまっているということに他ならない。

 高断熱・高気密住宅に住んでみて、なぜ本州でもこういう工法がなかなか普及しないのだろうかと不思議でならない。建築費が高くなるとはいえ、おそらく暖房費や冷房費は相当な節約になるはずだし、何より快適な生活ができる。節電になれば温暖化防止にも寄与するだろう。節電の面からも高断熱・高気密住宅を増やしていくべきだと思う。

 とは言うものの、既存の住宅をすぐに高断熱・高気密にするわけにもいかない。ならば、よしずなどを利用してできるだけ涼しく過ごす工夫も大事だ。エアコンも室外機によしずを立てかけたりカバーをかけて日陰にするだけでも効率が良くなるという。

 エアコンの電気代を抑えるには、「外気温と設定温度の差が大きい時には自動運転でつけっぱなし」「30分くらい出かけるような場合もつけっぱなし」が良いそうだ。また、高めの温度設定でも扇風機と併用すれば涼しくなるとのこと。フィルターもこまめに掃除しないと効率が悪くなるとのことなので要注意。

 節電ではないが、熱中症対策として外出時の日傘もお勧めしたい。以前は日傘といえばご婦人専用だったが、今は男性用の日傘もある。私も日傘をつかってみて、その涼しさを実感した。老若男女問わず日傘はとても有用だと思う。

 昨今の異常気象や猛暑はもちろん地球温暖化が関係しているのだろう。とするなら、今後も猛暑が続くことになる。化石燃料の大量消費をなくして再生可能エネルギーに転換していくことは必須だが、同時に猛暑対策もしていかないと健康が脅かされかねない。
  
タグ :猛暑


Posted by 松田まゆみ at 14:53Comments(0)環境問題