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鬼蜘蛛おばさんの疑問箱 › 自然・文化 › 失われゆく沼沢地の原風景

2012年04月27日

失われゆく沼沢地の原風景

 25・26日に紋別方面に出かけた。雪の多かった北海道もだいぶ雪解けが進み、渚滑川や湧別川の河畔にはアズマイチゲの群落が清楚な花をつけていた。いよいよ春の到来だ。





 25日の夜はコムケ湖畔の駐車場で車中泊をした。この季節、こんなところで泊まるような人はまずいない。夕闇の迫る湖面にハクチョウやカモたちの鳴き声が響き渡る。湖畔のヤチハンノキではノビタキがのびやかな声で囀っている。こんな景色を見ながら食事をするのはこの上ない贅沢だ。





 私は山も好きだが、沼や湿原の風景もたまらなく好きだ。学生時代にシギやチドリを見るために全国の干潟や湿地をほっつき歩いたことも影響しているのかもしれない。とりわけ北国の荒涼とした沼沢地の風景は、はるか遠いシギの繁殖地の光景を連想させる。

 本州に比べたら北海道はまだ湿地や沼地が自然の状態で残っているのだろう。釧路湿原、サロベツ原野、浜頓別から猿払にかけての一帯、オホーツク海沿岸の湖沼地帯、十勝地方の海岸部にある湖沼地帯などなど・・・。とはいっても、沼の周辺の湿地は埋めたれられて農地へと変わってしまったところも少なくない。湿地の原風景は失われつつある。

 さらにがっかりするのがキャンプ場の出現だ。日本人は湖があるとキャンプ場をつくりたがる。トイレと炊事場だけの簡素なキャンプ場ならまだしも、たいていは立派な管理棟を造り、街灯を煌々と灯すのだ。シャワーまで付いているところもある。キャンプサイトは芝をはってきれいに整備されている。至れり尽くせりなのだが、せっかく野外で過ごすのになぜこんなに文明を持ち込んでしまうのだろう。

 結局、日本人のアウトドアなどブームにすぎないのだろう。だから、ブームが過ぎ去ればキャンプ場は閑散とし、維持管理費ばかりがかさむことになる。廃れてしまったキャンプ場も少なくない。だいたい所狭しとテントが並ぶキャンプ場では、隣のテントの人たちの声は筒抜けだし、夜中まで騒いでいる人も多い。こんなところにはタダでも泊まりたくない。こういう整備されたキャンプ場を利用する人たちは、自然の楽しみ方を知らないのだろう。しかも北海道はキャンプの季節など夏を中心とした数か月しかない。そのために大々的な施設を造るなど愚の骨頂だ。

 10年ほど前に行ったサハリンでは、人々は週末になると何の施設もない湿地のほとりや渓流のほとりにテントを張ってキャンプを楽しんでいた。彼らのほうがはるかに自然の楽しみ方、付き合い方を心得ている。

 自然の楽しみ方を知っている人なら、そもそも大規模なキャンプ場など造ろうとは思わないのではなかろうか。景観破壊、自然破壊でしかないからだ。結局、地元の町村はお客さんに来てもらいたいがために、キャンプ場などを整備するのだ。整備の先には必ずお金儲けがある。そうやって自然の原風景がどんどん失われていく。

 サハリンには北海道によく似た沼沢地があちこちにある。北海道で失われつつある原風景がまだ残されている。湖沼地帯に施設はいらないし、北海道に今残されている原風景をそのまま子孫に残しておいてほしいと願わずにいられない。



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この記事へのコメント
幼いころからそうした訓練を受けていないのです。最近の子は。
花火をやったり、山頂でモバイルのゲームをやっている子がいたりと、単なるスケジュールとしてやっているとしか思えません。
学校の野外教育の話なのですが、教員がすでに閉塞された無機質の”キレイ”なところで育っているため、「何が悪いの?」というレベルです。
あまり問い詰めると、「それならいいわ」、「私アウトドア嫌い」となってしまいます。
Posted by そりゃないよ獣医さん at 2012年04月27日 22:43
獣医様

キャンプも自然を肌で感じて楽しむことが目的ではなく、、ただ単に屋外で食事をしたり眠るということだと思っているのでしょうね。キャンプ場を整備しすぎるというのも弊害だと思います。

アメリカの国立公園などでは隣のテントが見えないように木立の中にテントサイトが配置されているとのこと。考え方が基本的に違うのでしょう。
Posted by 松田まゆみ at 2012年04月28日 11:25
松田さんの「強さ」はどこから来るのか、いつも不思議に思っていました。
この自然の写真を見て分かりました。
地球や自然破壊に敏感で、人一倍、正義感が強いのも分かりました。

こんな景色に囲まれて暮らしているのですか。すばらしいです。
松田さんが、混じりけがないのも納得できました。

お体にお気をつけて、これからも大いにご活躍下さい。
Posted by 大湾節子 at 2012年04月29日 06:32
大湾節子様

私は子どもの頃から昆虫や野鳥が好きで、高校生や大学生の頃は休みになると野鳥を身に山や野をほっつき歩いていました。でも、私の育った時代は高度経済成長期でしたので、身の回りからどんどん自然がなくなっていきました。一部は「保護区」などとなったところもありますが、そういうところでは自然が切り取られて囲われ、保護のための施設ができるというのが今の風潮です。そうして自然の原風景がなくなってしまうのです。

私の親の世代はまだまだ豊かな自然に囲まれていましたが、ほんの数十年で日本の自然は変貌してしまいました。そして、このままでは大変なことになると思い続け自然保護の活動に参加していました。

そんな自然の変貌を見ているからこそ、原風景をとどめているところに非常に魅かれるのだと思います。
Posted by 松田まゆみ at 2012年04月29日 10:36
松田さん、私もサハリンでテント生活して、その豊かな自然に感動したことがあります。南はコルサコフから、最北端のエリザベス岬まで、ほぼ全島を歩きました。

特に沼沢地は独特の地形で沿岸部に沿って続いており、南国生まれの私にとって、異国情緒満開で、懐かしい思い出です。

カラフトマス(ガルブッシャ)を手づかみにしたり、蕗や昆布や名も知らない巻き貝を採って食べていました。

ソ連崩壊後間もない頃だったので、当地の人々の暮らしは、それはそれは大変でしたが、豊かな自然さへ残っていれば、人は死なずに済むものです。
Posted by さつき at 2012年05月04日 10:09
さつき様

さつきさんもサハリンでテント生活をしたことがあるのですか。私は地質見学のツアーに参加してサハリンの南部を訪問したのですが、サハリンの自然のままの海岸線の風景を見て日本の自然がいかに壊されてきたのかを実感しました。

私が行ったときもやはり川にマスが遡上していましたが、道路の検問所には銃を持った警察官が密漁の監視をしていました。

それから、道が悪いのにも驚きました。でも、サハリンの人たちは「道が悪いから直せ」というのではなく「悪い道でも走れる自動車に乗る」という発想です。だから日本のようにやたらと道路ができないのでしょう。日本人もこういう発想を持つ必要があるのかもしれません。
Posted by 松田まゆみ at 2012年05月04日 12:14
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