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2015年12月21日

札内川「礫河原」再生事業を受け売りで正当化する報道への疑問

 昨日、12月20日の北海道新聞社会面に「札内川『礫河原』再生中」という記事が掲載されていた。要約すると、以下のような内容である。

 礫河原をもつ札内川は、近年の治水事業(堤防を保護するコンクリート構造物の設置)や降雪量の減少で川の流量が減り、土砂が堆積して河畔林が繁茂したことでケショウヤナギの生育できる礫河原が減少している。礫河原は1987年と2011年を比較すると、上流で約3分の1、下流で4分の1ほど減少した。このため北海道開発局帯広開発建設部は土砂が堆積した場所や樹林帯に水路を掘削し、土砂やヤナギの種が流れるような工事をしたほか、札内川ダムの放流量を一時的に増やすなどの対策を行った。これによって、上流の礫河原の面積は3年前と比べて約20ヘクタール増え、樹林面積は20ヘクタール減少した。15年度の事業費は6100万円で、16年度も同程度。

 この記事を読んで、私はかなり唖然とした。まるで帯広開発建設部の受け売りであり、事業の正当化だ。

 この記事の最大の問題点は、礫河原が減少した本質的原因にまったく触れていないことだ。礫河原の減少は、言うまでもなく札内川ダムを造ったことによって洪水が抑制され河川敷が撹乱されなくなったからである。ところが新聞ではダムについて一切触れず、原因を治水事業と降雪量の減少へと誘導している。

 また、礫河原再生事業のメリットばかりを強調している。礫河原を増やすために土木工事で手を加えたなら、もちろんそのときはある程度の成果は出るだろう。しかし、それはあくまでも対処療法に過ぎない。ダムによって撹乱がなくなってしまった以上、礫河原を維持するためには永遠に税金を投入して「礫河原再生事業」を続けなければならないし、上流からの砂礫の供給が絶たれてしまったので、今河川敷に堆積している礫は次第に流され河床低下が懸念される。そして河床低下はさまざまな悪影響を及ぼすのだ。

 開発局がやっていることは、札内川ダムという根本原因を棚に上げ、地域住民などの意見も取り入れる形式をとりながら「礫河原再生」という対処療法事業の正当化をしているだけだ。過去の事業への反省がないところには責任意識もないし、将来を見据えた問題解決もない。

 なぜ私がこのようなことを書くのかといえば、開発建設部の発想が常に「はじめに事業ありき」であることを身を持って知っているからだ。これまでの開発建設部との話し合いにおいても、彼らは過去の事業の過ちを決して認めない。そして、過去の誤った治水事業に対してただただ対処療法的な事業を重ねていくだけなのだ。

 しかも、以下の記事に書いたように、開発建設部は「やらせ」の疑いも拭えない不自然な公聴会を開いて事業の正当化をしてきた。

ダムで砂礫を止められた札内川で砂礫川原再生はできるのか? 
続・ダムで砂礫を止められた札内川で砂礫川原再生はできるのか? 
業界関係者も公述した十勝川水系河川整備計画公聴会 
十勝川水系河川整備計画に寄せられた不自然な意見書 

 もちろん、礫河原減少の原因はダムだからすぐにダムを撤去せよとまでは言わない。しかし、過去の治水事業の過ちや悪影響を検証し反省することなく自然の摂理を無視した対処療法事業を続ければ、負の連鎖を起こす可能性があるし税金の無駄遣いになりかねない。

 マスメディアが開発建設部の事業の本質を見抜こうとせず、安直な受け売りで事業を正当化する報道をすることに大きな疑問を抱かずにはいられない。


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この記事へのコメント
あけましておめでとうございます。

 いわゆる「開発予算取材」は私もしたことがあります。地方の若い記者が上京して取材、執筆する機会ですが、限られた時間の中でスケジュール的に原稿をこなし、役所の言うことを書き写す作業でもあります。
 
 苫小牧に勤務していたとき、勇払マリーナ整備事業というものがありました。私は「レジャーボートやヨットを持つ富裕層のための公共事業はおかしい。葉山、油壺などでは民間のクラブで整備・運営している」という記事を書いたら、上司に「お前は保守、反動的だ」と言われました。上司は「ボートを持ってない人々だって、見て楽しむことができるだろう」というのです。ただし、記事はそのまま載りましたが…。

 事業プランをまとめた業界シンクタンクを取材に行ったら平日だというのに事務所にカギがかかっていて無人だったのも異様に感じました。どうせ調査や事業プランなど丸投げしているダミーだと思います。

 今ならば、同じ原稿を書けば書き直しを求められるかもしれません。
 反省材料としては、頭の中ででっち上げた記事で、地元の人々の意見をもっと聞いて反映させるべきでした。青かった若い記者時代の思い出です。ただし、その後もなんでも役所の言いなりなど書いた記憶はありません。
 民主党政権時代、「役人は国会で答弁しない」を拡大解釈して函館開建に取材対応を拒否されたこともありました。
 

 
Posted by 中尾吉清 at 2016年01月04日 15:21
中尾さん、あけましておめでとうございます。コメントありがとうございました。

この記事は、おそらく開発局からの働きかけがあって書かれたのではないかと私は見ています。しかし、そうだとしても記者が何の疑問も抱かずに説明されたことをそのまま記事にしたのであれば、それは単なる国の広報機関でしかなく、権力の監視というマスコミの役割を放棄したことになります。

おそらくこの記事を読んだ人の多くが、デメリットを知らないまま礫河原再生事業を評価してしまうのではないでしょうか。せめて礫河原再生事業については賛否があるということくらい調べ、デメリットを指摘している専門家にも取材してほしいと思いました。
Posted by 松田まゆみ松田まゆみ at 2016年01月04日 17:48
私の結論:報道してよい。(たとえ永久機関完成というトンデモ内容であっても。)

>この記事の最大の問題点は、礫河原が減少した本質的原因にまったく触れていないことだ。
報道の本質に対し、これはダウトでしょう。
新聞記事は、客観事実は書いていいけれど、憶測を書いてはだめというにのが基本ルールでしょ?

つまり、
○○は、...という内容を発表した、という記事はok。
もちろん、
松田は、...という内容を発表した、という記事もok。
内容を発表した、という事実まで正しいから。

礫河原が減少した本質的原因に触れるということは、誰かの意見を書く、ということにほかなりません。記者の意見?それは書いたらだめでしょ?(ただし記者の意見と明示してから書くのは可。)

で、松田さんの意見の趣旨は、次のどれ?
1.礫河原が減少した本質的原因を役所が触れていない、と書くべき
2.記者の意見として、役所の原因説明(治水事業、降雪減)は本質的原因ではないと記事に書くべき
3.礫河原が減少した本質的原因を取材して確かめた後に記事を書くべき。
   この場合、役所の発表内容を記事にするのが遅れるのと、本質的原因とは
   誰の考えなのかを明示する必要が生じる。
4.何かの発表があった場合、記事は、その内容だけを書くべきであって、
  記者の意見は入れるべきではない。(記者の意見と明示した上で書くことは可。)
   ※トンデモ人間に取材した場合も同様。

私は、4.
1.にしろ2.にしろ、記者が自身で正誤を判定できる能力を持っているとは思えないから、コレを選びません。
3.の場合、たとえば洪水被害があったとして、原因が究明するまで記事にしてはダメなのか、
 洪水被害なら記事にしていいなら、では何故役所の事業計画発表ならダメなのか
 その辺がわかりません。
よって、4.
 (当然、記者が松田さんに取材した場合、まずは松田さんの意見を正確に読者に伝える、ということを意味します。)

この辺はマスコミの大原則、としか思えないのだが、どうなんでしょうか。
教えてGOOで反発食らってしまったので、私の感覚が多数意見かどうかまでの自信は無いけど。
※トンデモ理論発表は記事にすべきでないという質問者に対し、誰が何を発表したかだけを伝えすのが原則で記者の意見を交えてはいけない(=検閲すべきでない)、と回答したところ、そこんなにマスコミを馬鹿にしているのは初めて、とのコメントをもらった。)

>>新聞12/20
> 近年の治水事業(堤防を保護するコンクリート構造物の設置)や降雪量の減少で
>の流量が減り、土砂が「堆積」

松田さん
>河床低下が懸念される。
土砂が堆積してるのに河床が低下するのは何故でしょうか?

ちょっと見では、何か論理が変です。こういう矛盾なことを、説明をすっぽかしていいのでしょうか。

なお、
http://www.ob.hkd.mlit.go.jp/hp/kakusyu/satsunai_kentoukai/01/pdf/sgk01_siryou3.pdf
を読む限り、この程度は矛盾とはいえない内容になっています。これは、河川技術者として、行間を含めおおむね把握した上での感想です。(北海道における自然条件、までは把握してないけど。)
Posted by masa2211 at 2016年01月16日 09:19
masa2211さん

マスコミの役割は権力を監視することですから、行政の説明をそのまま流すだけでは監視になりません。行政の行う事業の問題点を報じることにこそ意味があります。

ご質問についてのお返事ですが、少なくとも開発局の事業の説明を記事にするにあたり、専門家や自然保護団体にコメントを求めてそれを加えるべきだと思います。

また、記者がこの問題について現地等を取材し、専門家や自然保護団体などにも取材を行って現状や問題点について記事にできればベストでしょう。これはすぐにできるわけではないとは思いますが。

もちろん専門家といっても札内川技術検討会の委員になっていない方で、地形などの専門家を選ぶのが適切です。たとえば、以下の記事紹介した平川一臣さんは札内川をよく見て現状を把握しています。
http://onigumo.sapolog.com/e75607.html
http://onigumo.sapolog.com/e388658.html


>土砂が堆積してるのに河床が低下するのは何故でしょうか?

「土砂の堆積」については、おそらく土砂の堆積と河床低下のしくみについて開発局が記者にきちんと説明をしていないので、このような不十分な説明になったのだと思います。こうしたこととを防ぐためにも、記者が専門家等から意見を聞くことは意味があります。

ダムを造ったからといってすぐに川から砂礫がなくなってしまうわけではありません。河床に砂礫が大量に残存している状態なら、すぐには砂礫は枯渇しないでしょう。そして川に構造物を設置した場所、あるいは流速が落ちるところに砂礫が堆積します。また流量が減り洪水がおきにくくなれば河道が変動しにくくなって河道と礫が堆積した高水敷が固定されていくでしょう。おそらくこのような場所を「土砂が堆積している」としているのだと思います。

ただし、流量が減り河道が固定した場合、大雨などで増水したときに高水敷に堆積した砂礫は側面から徐々に削られて流されます。これを繰り返していけば堆積していた砂礫は減少し、河床も低下していきます。

ダムなどで砂礫の供給が遮断されてしまえば川にある砂礫は下流に流される一方ですから、今は堆積している砂礫も将来は流されて河床全体が低下します。

札内川の下流部では実際にかなり河床が低下しています。札内川の河床低下については、記事にリンクさせている以下の記事でも指摘しています。
http://onigumo.sapolog.com/e388721.html
Posted by 松田まゆみ松田まゆみ at 2016年01月17日 06:52
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