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2017年05月11日

原野の水仙




 以前はゴールデンウィークの頃に道内のあちこちに野鳥などの調査ででかけた。この時期はクモの採集には早いが、キタコブシやエゾヤマザクラの花が咲き始めるし、芽吹き前の落葉広葉樹林の林床にはスプリング・エフェメラルと言われる早春の花々が可憐な花を咲かせている。民家の庭先には水仙やムスカリ、玉咲きサクラソウなどが咲き誇る。風はまだ冷たいものの、生き物たちの躍動を感じる季節だ。

 生物の調査が目的だから、行くところは人里からやや離れた山間地だったりする。そして、もはや原野としか言えないような荒地でしばしば目にするのが、目の覚めるような鮮やかな黄色い水仙の花だ。

 北海道の平野部には広大な耕作地が広がっている。そして、かつては「こんな所にも人が住んでいたのか?」と思うような山間地も開墾され畑や牧草地になっていた。たいていは川に沿って山間地へと耕作地が伸びている。人里離れた山間地にも、人々の生活があり、学校があった。人が住みつけば庭先に花を植える。学校を建てれば桜の木を植える。

 しかし、山間地ほど離農が進み、かつての耕作地はササや樹木に覆われて自然に戻りつつある。黄色い水仙は、かつてそこに人が住んで暮らしていたことの証だ。建物が撤去されても朽ち果てても、それらの植物は生き続けて毎年花を咲かせる。

 チューリップやムスカリはエゾシカの大好物だから、庭先に植えられていても食べられてしまう。しかし水仙は有毒植物だからエゾシカは食べない。かくして、人々が去ってからもしばらくの間、原野に黄色い水仙が生き続けることになる。ササや樹木にすっぽりと覆われでもしない限り、逞しく花をつける。

 40年ほど前の学生時代、探鳥旅行で北海道に何度かでかけた。当時の北海道は市街地から離れた辺鄙な場所でも、人が住んでいれば小さなお店(よろずや)と小学校や小中学校があった。否、辺鄙な場所だからこそ商店や学校があったのだ。バスに乗って景色を眺めていると、農耕地の中にぽつんと佇む小学校をよく見かけ何かほのぼのとしたものを感じた。しかし、今では過疎化が進んで小規模小学校は次々と姿を消し、農村地帯に住む子ども達はスクールバスで街の学校に通うようになってきている。

 廃校となった学校跡地は次第に草木に覆われ、古びた門柱と桜や水仙だけがかつての面影を偲ばせている。時代の流れとはいえ、寂しいものを感じずにはいられない。


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Posted by 松田まゆみ at 09:12│Comments(0)自然・文化
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