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鬼蜘蛛おばさんの疑問箱 › 生物学 › 生物とは何か?

2008年02月19日

生物とは何か?

 福岡伸一さんの「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)を、感慨深く読み終えました。すばらしく魅力にあふれた語り口はもとより、その深い洞察力に引き込まれながら。

 エピローグに綴られた子供のころのアオスジアゲハの飼育の経験、そしてトカゲの卵の内部を覗いてしまった体験・・・。私はエピローグを読み終えたあと、すぐにプロローグを読み返しました。

 昆虫少年が大学生になったときに問われた「生命とは何か?」という問いの答えを求めて分子生物学の扉をたたき、ミクロな視点からの研究に没頭した著者は、「動的平衡論」を紡ぎだすのです。

 そして最後に「生命という名の動的な平衡は、それ自体、いずれの瞬間でも危ういまでのバランスをとりつつ、同時に時間軸の上を一方向にたどりながら折りたたまれている。それが動的平衡の謂である」と提示します。さらに「私たちは、自然の流れの前に跪く以外に、そして生命のありようをたた記述すること以外に、なすすべはないのである。それは実のところ、あの少年の日々からすでにずっと自明のことだったのだ」と結んでいます。

 私も子供のころから昆虫が大好きでした。アゲハチョウの幼虫を採ってきて蛹に育てては、羽化を見届けました。草むらから名前のわからない蝶の蛹を持ち帰り、そこから何が出てくるのか見守ったものです。そして昆虫の後は野鳥に夢中になっていました。

 高校生のときには生態学が全盛期で、コンラート・ローレンツやニコ・ティンバーゲンなどの動物行動学がもてはやされていました。子供のころからの生物への興味は、目の前で躍動する動物そのものに向けられていたのです。学生時代には分子生物学の講義をとってはみたものの、興味を持てずにすぐに放棄。結局は野鳥やクモの世界にはまっていました。

 目の前に息づく動物たちを見ていると、それが分子からできている生物であることは百も承知のうえで、ミクロな世界よりマクロな世界へと引き込まれていったものです。そして今はといえば、クモの分類やら分布に興味が移っています。まさしく種についての興味です。種とはその生物の生きている環境と、進化という世代を越えた時間軸のなかの「動的平衡」の結果として存在しているともいえましょう。

 私たちがいま目にしている生物の種は、さまざまな環境の影響を受けながら、数億年の進化の歴史という時間軸のうえを一方向にたどってきたものなのです。おそらく危ういまでのバランスをとりつつ・・・。その進化の陰で、おびただしい絶滅種があったはずです。

 ミクロな分子生物学から導きだした生命の「動的平衡論」が、少年の日の体験に重なっていくというエピローグに深い感銘を受けたのは、まさに生命にも種にもあい通じるものがあるからなのでしょう。

 それにしても、生命とは、生物とは何と不可思議な存在なのでしょうか?

 私たち人類はその不可思議な生物たちに、いま決定的なダメージを与えようとしています。何億年もの進化の歴史がもたらした動的平衡に・・・。


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Posted by 松田まゆみ at 16:45│Comments(4)生物学
この記事へのコメント
 私も子供の頃から昆虫が大好きでした。
アゲハの幼虫を獲って来て飼って、さなぎから成虫にかえったばかりのアゲハの美しさに魅せられたものです。
 再び!・・って事でまたアゲハの幼虫を飼ったとき、アゲハのさなぎに丸い穴を開けて出てきたのは黒い蜂でした。悲しかったけれど、その蜂を外に逃がしてやりました。

   ×   ×   ×   ×

福岡伸一さんは昆虫大好き少年だったのに、生態学のほうに進まず、分子生物学に進み、、「動的平衡論」に至った・・・っていい話ですね。

 松田さんは、そのまま生態学のほうに進まれて、そっちの知識を生かされているのですね。

 私は、その後、物理学を専攻し、それをそんなに活かせない職業に就いてます(笑)


 福岡伸一さん
って私はここの記事で初めて知ったお名前です。松田さんの最もおススメの一冊と言えば何ですか?


>人類はその不可思議な生物たちに、いま決定的なダメージを与えようとしています。何億年もの進化の歴史がもたらした動的平衡に・・・

そうですね。産業革命以降の軽率な科学技術信仰は、生物をはじめ、自然の摂理に対する深い洞察無しに、次々に自然を破壊していますね。・・・そのつけは大きすぎて、取り返しがつきません。経済発展主義と言う最悪の主義をやめて早くパラダイムシフトしなければなりませんね。
 
Posted by 雑草Z at 2009年07月04日 14:00
雑草Z様

雑草Z様も昆虫少年だったのですか。私も子どものころ蝶の蛹をとってきて羽化するのを楽しみにしていたら、ある日飼育箱の中を蜂が飛び回っていて、本当にびっくりしました。その時にはじめて寄生蜂という存在を知りました。生物の厳しい世界を垣間見た気がしたものです。

自然に関するエッセイの中でも好きな本は、河合雅雄氏の「小さな博物誌」や、石城謙吉氏の「たぬきの冬」などでしょうか。また、エッセイではありませんが、イギリスの子どもたちの冒険的な野外生活を綴った物語「アーサー・ランサム全集」も大好きです。

このブログでは当初、自然への疑問を中心に書いていこうかと思っていたのですが、自然への疑問は環境問題へとつながり、それはまた社会問題へとつながってしまうのですね。ですから、自然にテーマも幅広くなってしまいました(笑)。
Posted by 松田まゆみ at 2009年07月06日 06:14
本の紹介有難う御座います。
「小さな博物誌」あたりを読んでみようかと思います。
出来れば福岡伸一さんの作品のおススメもお願い致します。
「生物と無生物のあいだ」  も  「動的平衡」 も 
非常に興味あります。

>自然への疑問は環境問題へとつながり、それはまた社会問題へとつながってしまう

 自由主義と言う名の無節操社会は、自分勝手な人の行動に社会が振り回されて規定されてしまう傾向があるので、自然の摂理に反したエゴイスティックな環境破壊をみんなで監視していかなければなりませんね・・・性善説だけではやっていけません。
Posted by 雑草Z at 2009年07月06日 22:03
雑草Z様

福岡さんの本は「生物と無生物の間」を一番はじめに読み、彼の読者を引き込む文章力や構成などにすっかり惹かれました。そして「動的平衡」が2冊目に読んだ本なのです。ほかにも「プリオン説はほんとうか?」「もう牛を食べても安心か」「ロハスの思考」「生命と食」などの著書があるようですが、これらは実はまだ読んでいません。いずれ機会があったら読んでみたいと思っています。

「生物と無生物の間」も動的平衡に導かれるのですが、こちらを先に読んだほうが流れとしてはよいかと思います。

環境問題というのは、利権構造の対極にあると思います。たしかに性善説だけではとても解決できることではないでしょうね。
Posted by 松田まゆみ at 2009年07月07日 06:55
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    コメント(4)