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2010年02月03日
銭函海岸の風力発電計画を考える(その1)
先日、日本科学者会議北海道支部の「北海道支部ニュース」を読む機会があったのですが、そこに後藤美智子さんが書かれた銭函海岸の風力発電計画にまつわる大変興味深い記事が掲載されていました。著者の後藤さんの了解が得られましたので、「北海道科学者会議北海道支部ニュース」No.316およびNo.317の「科学談話室」に掲載された記事を転載し、銭函海岸の風力発電問題について考えてみたいと思います。なお、後藤さんの文章は昨年書かれたものですので、文中の「今年」というのは2009年のことです。
銭函海岸でアセスを受けるキセワタとは?(前篇)
「海岸巡り大好き人間」である私は、近年は主に、(財)日本自然保護協会による海岸植物群落調査活動を契機に、後志地域の海辺を歩き回ってきた。そして最近は地元の小樽市博物館の自然ボランティアの一員として銭函海岸の昆虫相調査にも参加している。この活動を通して石狩砂丘の砂地を這いまわる小さな昆虫たちと、周辺の動・植物相との関わりなどに特別の興味を抱くようになってきた。この銭函海岸(新川河口~石狩湾新港西端)は「日本一」といわれる海岸カシワ天然林と沼湿地を後背に有する砂丘帯が続く自然の砂浜であり、稀少種を含む各種の昆虫相と豊かな海浜性植物の景観に恵まれている。
この砂丘帯に、今年の5月中旬に突然持ち出されたのが、東京の大手「日本風力開発(株)」による大規模な風力発電事業計画である。海岸線に沿う5kmの砂丘地帯に2000kw、20基もの巨大風車を並べようとするものである。脆弱な砂上の生態系に回復不可能なまでの負荷がかけられようとしているのだ。危機感に駆られ、さらに砂丘を暴走して破壊を繰り返している近年のレジャー車やゴミの不法投棄による心配も強まる中で、小樽市内の自然愛好者が集い「銭函海岸の自然を守る会」(以下「守る会」)を立ち上げたのはこの7月のことである(事務所:047-0034 小樽市 緑3‐2‐12 後藤言行 ・T/F 0134-29-3338)。
現在「守る会」は、事業者側による “自主的”(と称する、実は巨額な補助金目当ての)「環境影響評価方法書」に含まれている様々な問題点を指摘し、それらに対する批判・研究活動への参加協力を広く呼び掛けている。この貴重な銭函海岸の自然を“まるごと”次世代に残そうという夢を抱いて。
さて、この「科学談話室」でこれから私が語りたいのは、アセスの調査対象としてなぜか重要植物に絞り込まれた「キセワタ」という植物にまつわる“奇妙さ”なのである。「風車建設予定位置とその周辺」の砂丘上の「重要種」として、アセスの方法書が最終的に“絞り込んだ” 対象はハマハナヤスリ、イソスミレ、シラネアオイ、チョウジソウ、エゾムグラ、キセワタ(シソ科)の6種である。まずシラネアオイ以下の4種はいずれも海岸砂丘には縁のない、まったく場違いとも言えるような植物であることを先に記しておこう。その上で、とりわけ不可解な登場は(シソ科メハジキ属)キセワタなのである。以下、私による“キセワタ追跡記”を追っていただきたい。
[Ⅰ]このキセワタ、私や家人にとっては見たことも聞いたこともない「存在」であった。そこで早速、日頃親しんでいる“梅俊”さんのⓐ『新北海道の花』(2007年)を見た。ところが出ていないのである。それからは次々と、我が家の本棚にある以下の北海道関係の植物図鑑類を調べまくった。ⓑ谷口弘一・三上日出夫編(1977~1984,3巻)、ⓒ原松次著(1981~1985,3巻)、ⓓ鮫島惇一郎・辻井達一・梅沢俊著(1985)、ⓔ滝田謙譲著(2001)など。ⓑについては書店で最新版(2005)を見つけた。
結論として北海道の諸先生の執筆による定評のある図鑑・図譜の類にはキセワタなるものは記載されていなかったのである。
唯一、道内系の例外があった。それを古書店で見つけた。環境調査・アセス用に出版されたⓕ伊藤・日野間編著『北海道高等植物目録Ⅳ』(たくぎん総合研究所、1987年)である。キセワタは渡島、檜山、胆振、石狩にあるとされていた。
[Ⅱ]何か訝しいこのキセワタ…?
私は次に日本全土に関するいくつかの著名な図鑑・図譜の類にあたってみた。
まず1957年4月に出版された定評あるⓖ北村四郎外著『原色日本植物図鑑・草本編』(保育社、1957~1964 3巻)。キセワタは北海道にも分布することが記載されていた。北村博士(1906~2002)の著者名が入るこの「保育社」系統は最近の2008年4月の改訂(69刷)に至るまでキセワタ分布に関しては北海道を外していない。
次に「平凡社」系でⓗ寺崎留吉著(1977年)、ⓘ北村四郎・佐竹義輔・大井次三郎外著『日本の野生植物・草本』(1981~1982 3巻)及びこのフィールド版(1986)、さらに最近の新装版(2006/12月 第3刷)を調べたが、すべてキセワタは北海道に分布することになっている。参考までによりポピュラーと思われる山渓カラー名鑑シリーズ中のⓙ林弥栄編・解説『日本の野草』増補・改訂・新装版(2009.11月)も同様であった。
ここまでの結論は、大手の全国的な植物図鑑系統においては、キセワタは北海道に分布することになる。
では、キセワタに関して詳細な記述を残していた牧野富太郎博士に関してはどうなのか?『牧野日本植物図鑑』(1940年)以来70年を重ねながら牧野の名を冠した大図鑑・図譜を出版して来たのが「北隆館」である。この系統の中でキセワタの分布はどうなっているのか。次回で“キセワタ追跡記”の顛末と、今回の風力発電会社による環境アセス(植物)なるものの“面妖さ”をお話しすることでまとめたい。
(つづく)
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銭函海岸でアセスを受けるキセワタとは?(前篇)
第3水曜の会 後藤美智子
「海岸巡り大好き人間」である私は、近年は主に、(財)日本自然保護協会による海岸植物群落調査活動を契機に、後志地域の海辺を歩き回ってきた。そして最近は地元の小樽市博物館の自然ボランティアの一員として銭函海岸の昆虫相調査にも参加している。この活動を通して石狩砂丘の砂地を這いまわる小さな昆虫たちと、周辺の動・植物相との関わりなどに特別の興味を抱くようになってきた。この銭函海岸(新川河口~石狩湾新港西端)は「日本一」といわれる海岸カシワ天然林と沼湿地を後背に有する砂丘帯が続く自然の砂浜であり、稀少種を含む各種の昆虫相と豊かな海浜性植物の景観に恵まれている。
この砂丘帯に、今年の5月中旬に突然持ち出されたのが、東京の大手「日本風力開発(株)」による大規模な風力発電事業計画である。海岸線に沿う5kmの砂丘地帯に2000kw、20基もの巨大風車を並べようとするものである。脆弱な砂上の生態系に回復不可能なまでの負荷がかけられようとしているのだ。危機感に駆られ、さらに砂丘を暴走して破壊を繰り返している近年のレジャー車やゴミの不法投棄による心配も強まる中で、小樽市内の自然愛好者が集い「銭函海岸の自然を守る会」(以下「守る会」)を立ち上げたのはこの7月のことである(事務所:047-0034 小樽市 緑3‐2‐12 後藤言行 ・T/F 0134-29-3338)。
現在「守る会」は、事業者側による “自主的”(と称する、実は巨額な補助金目当ての)「環境影響評価方法書」に含まれている様々な問題点を指摘し、それらに対する批判・研究活動への参加協力を広く呼び掛けている。この貴重な銭函海岸の自然を“まるごと”次世代に残そうという夢を抱いて。
さて、この「科学談話室」でこれから私が語りたいのは、アセスの調査対象としてなぜか重要植物に絞り込まれた「キセワタ」という植物にまつわる“奇妙さ”なのである。「風車建設予定位置とその周辺」の砂丘上の「重要種」として、アセスの方法書が最終的に“絞り込んだ” 対象はハマハナヤスリ、イソスミレ、シラネアオイ、チョウジソウ、エゾムグラ、キセワタ(シソ科)の6種である。まずシラネアオイ以下の4種はいずれも海岸砂丘には縁のない、まったく場違いとも言えるような植物であることを先に記しておこう。その上で、とりわけ不可解な登場は(シソ科メハジキ属)キセワタなのである。以下、私による“キセワタ追跡記”を追っていただきたい。
[Ⅰ]このキセワタ、私や家人にとっては見たことも聞いたこともない「存在」であった。そこで早速、日頃親しんでいる“梅俊”さんのⓐ『新北海道の花』(2007年)を見た。ところが出ていないのである。それからは次々と、我が家の本棚にある以下の北海道関係の植物図鑑類を調べまくった。ⓑ谷口弘一・三上日出夫編(1977~1984,3巻)、ⓒ原松次著(1981~1985,3巻)、ⓓ鮫島惇一郎・辻井達一・梅沢俊著(1985)、ⓔ滝田謙譲著(2001)など。ⓑについては書店で最新版(2005)を見つけた。
結論として北海道の諸先生の執筆による定評のある図鑑・図譜の類にはキセワタなるものは記載されていなかったのである。
唯一、道内系の例外があった。それを古書店で見つけた。環境調査・アセス用に出版されたⓕ伊藤・日野間編著『北海道高等植物目録Ⅳ』(たくぎん総合研究所、1987年)である。キセワタは渡島、檜山、胆振、石狩にあるとされていた。
[Ⅱ]何か訝しいこのキセワタ…?
私は次に日本全土に関するいくつかの著名な図鑑・図譜の類にあたってみた。
まず1957年4月に出版された定評あるⓖ北村四郎外著『原色日本植物図鑑・草本編』(保育社、1957~1964 3巻)。キセワタは北海道にも分布することが記載されていた。北村博士(1906~2002)の著者名が入るこの「保育社」系統は最近の2008年4月の改訂(69刷)に至るまでキセワタ分布に関しては北海道を外していない。
次に「平凡社」系でⓗ寺崎留吉著(1977年)、ⓘ北村四郎・佐竹義輔・大井次三郎外著『日本の野生植物・草本』(1981~1982 3巻)及びこのフィールド版(1986)、さらに最近の新装版(2006/12月 第3刷)を調べたが、すべてキセワタは北海道に分布することになっている。参考までによりポピュラーと思われる山渓カラー名鑑シリーズ中のⓙ林弥栄編・解説『日本の野草』増補・改訂・新装版(2009.11月)も同様であった。
ここまでの結論は、大手の全国的な植物図鑑系統においては、キセワタは北海道に分布することになる。
では、キセワタに関して詳細な記述を残していた牧野富太郎博士に関してはどうなのか?『牧野日本植物図鑑』(1940年)以来70年を重ねながら牧野の名を冠した大図鑑・図譜を出版して来たのが「北隆館」である。この系統の中でキセワタの分布はどうなっているのか。次回で“キセワタ追跡記”の顛末と、今回の風力発電会社による環境アセス(植物)なるものの“面妖さ”をお話しすることでまとめたい。
(つづく)
人間活動による地球温暖化の何が問題なのか
グレート・リセットと地球温暖化否定論
小規模流水発電の普及を
『人新世の「資本論」』が描く脱成長の豊かな社会
猛暑と暑さ対策
温暖化への警告の書、ナオミ・クライン著「これがすべてを変える」
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Posted by 松田まゆみ at 14:54│Comments(0)
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