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2011年11月08日

柚木修さんと鳥仲間

 数日間東京に行ってきたのだが、6日に「柚木修さんを偲ぶ会」があり参加してきた。柚木修さんは子どもの頃から野鳥に興味を持ち、大学在学中から野鳥の観察、保護活動などに関わってきたナチュラリストだ。大学卒業後は日本野鳥の会に勤務して調査や保護活動に関わり、野鳥の会を退職した後もずっと自然に関わる仕事をしてきた。2002年には対馬に住みついてツシマヤマネコの保護に取り組んでいたのだが、2010年1月25日に59歳の若さで急逝された。

 柚木さんは若い頃から多くの方と交流があり、有志によって3月に「偲ぶ会」が企画されたのだが東日本大震災のために延期になっていた。今回、参加された方は約90名。彼の人懐こさと世話好きな性格が大勢の友人を結び付けていたのだ。私にとっては本当に久しぶりにお会いできた方たちが何人かいて、とても懐かしいひとときを過ごした。

 私が柚木さんと初めて出会ったのは千葉県の新浜だ。大学に入学して間もない頃、同じ大学の鳥友だちと二人で新浜に野鳥を見にでかけた。私は中学生の頃から野鳥に興味を持っていたが、それまでは山野の鳥ばかりみていて干潟や水辺の鳥は全くといっていいほど分からなかった。一緒に行った友だちも似たような状態。そんな二人がプロミナー(望遠鏡)をかついで水鳥の観察にのこのことでかけたのだ。

 当時の新浜は駅前の道をしばらく歩くと荒涼とした埋め立て地が広がっていて、水たまりにはバンが泳ぎ、埋め立て地にはコアジサシが舞っていた。御猟場の横の干潟もシギ・チドリが群れ、格好の観察場所だった。しかし、シギ・チの識別は難しい。それに今のようなカラーで分かりやすい図鑑もなかった。日本鳥類保護連盟の白黒図鑑が頼りなのだが、望遠鏡を使っても遠方で陽炎に揺らぐ野鳥を識別するのは至難の業だ。そんな私たちの姿を見つけ、親切に鳥の名前を教えてくれたのが柚木さんだった。

 それ以来、日本野鳥の会や多摩川の自然を守る会で活動を共にし、一年間は職場も共にした。私にとっては忘れられない水辺の鳥の先輩であり、自然保護の仲間であり、良き上司でもあった。驚いたことに、友人のRさんも柚木さんとの初めての出会いが新浜だったことをこの日のスピーチで知った。

 参加された方の中で面識のある方はおよそ三分の一の30人くらいだったと思う。30年ほど前に北海道に移住してしまった私にとっては、ほんとうに久しぶりの方もいらして学生の頃の記憶が少しずつ蘇ってきた。思い返せば、あの頃は野鳥や自然保護のことを中心に生活が回っていて、土日はほとんど家にいることがなかった。ほんとうに沢山の鳥仲間に囲まれていたのだ。

 遠く北海道で暮らしていても柚木さんが対馬で暮らしているという話が風の便りに伝わってきており、時間がとれるようになったら会いに行きたいと思っていたので、対馬に会いにいけなかったのは残念でならない。しかし、こんな同窓会のような集いの場が持てたのも柚木さんの人柄ゆえだろう。ご冥福をお祈りしたい。







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Posted by 松田まゆみ at 15:51│Comments(0)
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