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鬼蜘蛛の網の片隅から › 原子力発電 › 危機感の薄い日本人

2011年12月12日

危機感の薄い日本人


 夕方のラジオで今年の漢字が「絆」に決まったというニュースが流れていた。これを聞いて溜め息が出た。

 福島の原発事故はおそらくチェルノブイリを超える大惨事だ。福島の原発事故は、私のいままでの人生でもっともショッキングなできごとだった。将来がまるで黒い雲に覆われたかのように感じたし、今でもそうだ。こんな年に「絆」とは・・・。

 地震と津波の災害だけだったら「絆」という感じが選ばれるのも分からなくはない。震災の復興や生活の立て直しには人と人との絆が欠かせない。しかし、先が見えない大事故を起こし、いつまた大地震に襲われるかもわからない国で「絆」などというのは何と悠長なことだろう。危機感を持たねばならないときなのに、まるで危機感がない。危機感を持ちたくないからこそ、こういう無難な漢字を持ち出して逃避しているかのようにすら感じてしまう。

 原発事故は「絆」では処理できない。大勢の命がかかったきわめてシビアな問題であり、事故処理をする方たちも、被曝した国民も危機感を持って対処するしかないのだ。こんな危機的な年に「絆」という感じを選ぶというのは、私には「平和ボケ」の感覚としか思えない。

 福島第一原発では、なんと今月16日に原子炉の冷温停止状態の宣言をするという。とうの昔にメルトダウンし、圧力容器の底には穴があいていると推測される状態で、何が「冷温停止」なのか。東電の言うことにはほとほと呆れる。結局、工程表をこなしているというフリをしたいのだろう。国民を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。

 ところで、チェルノブイリとフクシマを比較した早川由紀夫さんのマップが改定されて見やすくなった。

フクシマとチェルノブイリの比較(改訂版) (早川由紀夫の火山ブログ)

 今回の地図では縮尺を揃えている。この地図を改めて眺めてみて、フクシマの事故による汚染の深刻さを実感した。一見すれば汚染地域の面積はフクシマのほうがチェルノブイリよりだいぶ狭い。しかし、フクシマでは海の部分の汚染が地図上に表示できないのだ。フクシマでは、風が太平洋側に流れていることが多い。もし福島第一原発の東側が海ではなく陸地だったと仮定したなら、恐らく東側に汚染地域が大きく広がっている地図になっただろう。そう考えると、チェルノブイリと規模が違うなどということは決していえない。

 しかも、これ以外に大量の汚染水が海に流れてしまった。放出された放射性物質の量は莫大だ。そして、放射能の放出は今も続いている。史上最悪の事故としか思えない。

 チェルノブイリでは数年たってから子どものガンが増加した。被ばくによる影響は何年も経たないと明確にはならない。今でも影響が続いている。日本でこれからどのような健康被害が生じるのか、だれにも分からない。チェルノブイリと日本では確かに同じではないだろう。チェルノブイリより健康被害が小さいかもしないが、大きいことだってありえる。誰にもわからないからこそ、一人ひとりが最悪の事態を想定して防衛するしかないのだ。

 かねてから原発事故の恐ろしさを説いてきた広瀬隆さんは、しばしば「大げさ」「煽る」といって批判されるようだ。しかし、「煽る」というのとはちょっと違うと思う。広瀬さんの場合は、たぶんいつも最悪の状態を想定した話しをしているのだろう。だから、大げさに聞こえてしまうのだ。

 しかし、災害に対しては常に最悪を想定して防災を考えるべきだろう。今回の原発事故でも東電は「想定外の津波」だったと言い訳をしたが、想定外で済まされる問題ではない。つねに最悪のことを想定し、最悪の地震や津波に耐えられないのなら原発などつくってはいけなかったのだ。

 原発事故のあと、全国の原発が定期点検で次々と運転が停止になっており、12月8日には美浜原発2号機がトラブルで停止した。これで現在稼働しているのは8基だけだ。約85%の原発が停止しているが、電力は足りている。原発でお金儲けをしたかった人たちが、電気が必要だといってこれほどまで原発を増やしてしまったのだ。

 原発は止まってきている。このまま全部が止まってほしい。しかし止まったからといって安全になってきているわけでは決してない。処理もできない使用済み燃料を大量に貯め込んでしまったのだ。たとえ原子炉が冷温停止になったとしても、燃料を保管しているプールが壊れたなら、またもや原発災害がふりかかる。私たちは大変な負の遺産を抱え込んでしまったとつくづく思う。地震活動が活発化している中で、とても気が休まるような状態ではない。



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Posted by 松田まゆみ at 23:12│Comments(2)原子力発電
この記事へのコメント
「チェルノブイリへのかけ橋」は、かなり前に転地療養の子どもたちとの連絡文書の翻訳ボランティアをしたことがあります。専門的な知識はないのですが、子どもたちの様子を記す文面からは「ただ事ではないな」という重みがじんじんと伝わってきました。

「絆」という言葉の選定についてはいかにも日本的だなという印象です。ただ、放射能災害については、津波や地震、台風などといった大規模自然災害とは根本的な性格が異なっていると思います。

関西(大阪近辺)にいると、放射能の話題も出てこず、東日本と西日本は別の世界というのが、日常的な感覚ではないでしょうか。3:11はたまたま東京にいたので帰宅難民となり、翌日、新幹線で帰宅するとまるで外国に来たような感じでした。関西電力は「もんじゅ」を抱えているのに、一般の危機意識はあまり高くないように思います。
Posted by フクちゃん at 2011年12月13日 10:18
フク様

フクちゃんも「かけ橋」と関わりを持たれたことがあったのですか。私も少し関わったので、ベラルーシの人たちに起こったことはそれなりに知っていました。だからこそ、福島の爆発を知ったときには、本当に身の毛がよだつ思いでした。

北海道でも、危機感を感じているのはごく一部の人という印象で、大多数の人たちはあまり危機感は持っていないように感じます。関西は原発銀座の近くなのに、危機感があまりないというのも不思議ですね。これも事故や被曝の過小評価が功を奏しているのでしょう。
Posted by 松田まゆみ at 2011年12月13日 17:24
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