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2012年02月09日

犯罪者を責めずに避難した人を責める異様な福島

 原発事故から11カ月たった今、福島は信じがたい異様な雰囲気になっているようだ。以下のサイトに福島と山形をたびたび往復している方の感想が紹介されている。転送・転載・拡散大歓迎とのことなので、転載させていただく。

ある福島市民の報告(ちきゅう座)

 現在福島市から山形に夏から避難し、現在福島と山形をたびたび往復している者です。

 最近、福島に流れる異様な雰囲気に恐怖を感じます。これは最近益々強くなったと感じています。医者や病院、役所や学校あらゆるところで福島は安全だとのメッセージが流れ、同じ方向に進まないと生きていけない空気を感じます。

 放射能を気にする発言をすると、放射能を気にし過ぎることで子供の健全な成長が阻害される、母子避難することで家族崩壊が招かれる、との情報で「もう子供の心の健康と家族を思い、放射能の事はもう考えません」と言い出す方達があちこちででてくるようになりました。

 国や自治体からの発表に疑問を持つと過激な反体制と疑われ、避難を口にしようものなら、地元を見捨てるエゴの塊と見なされる。狭い狭い偏狭な方向へと導かれているように感じるのです。

 今この場がどんな状況で、何が起こっているかを何の偏りもなく、ただ冷静に知りたい、過去の事実から学んで活かしたいとの思いは、危険と見なされる不思議さ。肌で感じ取り、目で見て、情報を分析して考えること、異なった考えを議論することその全てを一切禁止されているような感覚があります。

 福島を襲った災難を県民一致団結して乗り越えようとの思いは分かるのですが、ただその方法が正しいのか?との疑問の声を上げられない空気を感じます。

 私はこの異常な雰囲気に対し、放射能汚染以上に恐怖を感じます。ある人々はこの恐怖に屈して、これに同調しているか、または全く疑問を感ずることなく、これと一体となり生活しているように思われます。


 場所によって汚染状況が違うとはいえ、福島は人が安心して暮らせるような状況では到底ない。ところが、その福島では異常な雰囲気が漂っているのだという。御用学者は安全をアピールし、放射能を気にすることによるストレスのほうが健康に悪いとしきりに言っていたが、福島に留まっている方たちは、まさにこうした御用学者にマインドコントロールされてしまったかのようだ。

 似たようなことが以下の記事にも書かれている。

こんな「絆」はいらない(JB Press)

 避難することが裏切りだと白い目で見られるから避難しない・・・。危険かどうかで避難するか否かを判断するのではなく、裏切りだと言われるから避難しないとは、一体どういう感覚をしているのだろう。まさに「空気を読んで」避難しないということなのだ。自分の身は自分で守るという意識が全くないし、危機管理ができないということだ。生死にかかわることであっても自分の意思より他人の目を判断基準にするとは、もう溜め息しか出てこない。

 みんな被ばくによる健康被害の不安を抱えているのだ。ならば「避難したくてもできない」といって諦めたり、避難した人たちを責めるのではなく、移住をさせようとしない東電や政府に詰め寄り補償を求めるのが筋だろう。一揆も起こさず大人しくしていることが私には不思議で仕方ない。

 今は戦前ではないのだ。自分で情報収集しようと思えばいくらでもできるし、東電や政府、御用学者がどれほど嘘をついてきたかは誰しもが思い知ったはずだ。最近はNHKですら低線量被曝の危険性に言及するようになった。チェルノブイリで何が起きたのかも、あちこちで報じられている。結局、事実を直視したくないがために、避難する人を責めることで自分を誤魔化しているとしか思えない。

 国が責任をもって汚染地域から住民を移住させることこそチェルノブイリの教訓だ。移住どころか除染して住民を戻そうなどというのはどう考えても狂気だし犯罪だろう。その犯罪にも気づかず避難した人たちをなじる住民に、ただただ愕然としてしまう。政府の作戦は大成功ということなのだろうが、見るに堪えない状況だ。

 最後に、ドイツ研究家の「ドイツから学ぼう」というブログ記事を紹介しておきたい。

(74)脱原発を求めて。(4)自らを守ることが脱原発への途


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この記事へのコメント
 客観的な判断よりも願望が優先される,異様な事態ですね.大変なことが起こっているように感じます.
Posted by Ladybird at 2012年02月10日 05:28
これから福島で始まるであろう健康被害のことを考えると、ほんとうに暗澹たる気持ちになりますが、それ以前にこういう空気になっているということに異常さを感じます。

日本人はとかく他人の評価を気にし、協調性を重んじますが、これが裏目に出ているとしか思えない。願望にすがりつきたいがための思考停止状態なのでしょう。
Posted by 松田まゆみ at 2012年02月10日 11:52
生きるってことは、結局、意思決定の連続の結果でしかないと思います。
自分で考えて自分で決めて動くのも生き方。
自分で考えず自分で決めず動かないのも生き方。

でも、考える力も湧いてこなくなって疲れておられるかも、とも思います。
怒るのも訴えるのも、エネルギーのいること。
そんなエネルギーが出てこないようにコントロールされてしまってるのでは?と思ったりもします。
Posted by ウズラ at 2012年02月11日 14:24
もし放射能による健康被害がすぐに出て体調を崩す人が続出するのであれば、きっと福島から多くの人が逃げ出しているでしょう。でも、健康被害はすぐには出ない。そのことが余計に人々を混乱させているのだと思います。

そして、「安全」だという人と「危険」だという人がいたなら「安全」の方を信じたいもの。しかも、大勢の人が住んでいたなら何となく大丈夫みたいに思ってしまうのではないでしょうか。人間というのは、自分に都合のいいように考えてしまうもの。

でも、そういう思考こそ怖いですし、そう思うようにコントロールされているならもっと怖い。
Posted by 松田まゆみ at 2012年02月11日 23:24
福島市在住で、私も山形に避難を三か月ほどしていましたが、特にそんなことは感じませんけど。

うらやましがられていたのは、ありました。

ですので、夏休みに友達の子供も山形で預かりました。

心のどこかに罪悪感があるから、そう感じる、ということもあるのではないでしょうか?

山形に行った時も、帰ってきたときも、嫌な思いはしませんでしたよ。
Posted by M.a at 2012年02月27日 23:27
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