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鬼蜘蛛おばさんの疑問箱

2017年04月27日

「共謀罪」の内容を知らないで賛成する恐ろしさ

 今日の北海道新聞に、『共謀罪内容「知らない」半数 全道世論調査 賛成48%、反対45%』という記事が掲載されていた。

 この調査によると、共謀罪について知らないという人が半数もいるという。ちょっとでも政治に関心を持っている人なら、共謀罪が現代の治安維持法と言われているほど問題だらけの恐ろしい法律であり、過去に3回も廃案になっていることくらい知っているだろう。

 それが今の国会で「テロ等準備罪」と名前を変えて提出され、安倍首相はいつものごとく成立に向けて邁進している。それにも関わらず「内容を知らない」人が半数もおり、30代以下では70%もが知らないというのだから驚きを禁じ得ない。しかも、知らないという人の方が賛成している人の割合が高いという。恐らくこのような人は「テロ対策」だと信じ、政府のやることに疑問を抱いていないのだろう。しかし、中身も知らないで賛成か反対かを判断してしまうということこそ恐ろしい。

 北海道新聞でも共謀罪の問題点についてはかなり力を入れて報道しているし、週刊誌などでも報じられている。今や、大半の人がインターネットを利用しているのであり、共謀罪について知ろうと思えばいくらでも知ることができる。それにも関わらず、「中身を知らないけれど賛成」という人が多いというのは、政治に関心がないということに他ならない。政治は政治家に任せておけばいいと思っているのかも知れないが、民主主義というものを全く理解していないに等しい。

 若者の政治離れは今に始まったことではない。若い人たちの間では「政治の話しをするのはウザい」というような雰囲気があるのではないかと思う。私の若い頃もそうだったけれど、日本の若者達は政治の話しを好まないどころか敬遠する。

 それでも、私が若い頃は社会的な活動に参加している人たちは一定程度いた。私も自然保護運動に関わってきたが、自然保護運動は熟年者だけではなく20代、30代の若い人たちによって支えられていた。ところが、今、自然保護運動に関わっている人たちの大半は高齢者だ。つまり、かつての若者がずっと続けているのであって、次世代がまったくと言っていいほど育っていない。恐らく、これは全国どこでも同じ傾向だと思う。

 だから、シールズの出現は大きなインパクトがあったが、彼らのような若者は全体からみればやはり少数派だ。そして、彼らを叩く人が溢れている。自分の意見を主張することすら叩かれてしまう、恐るべき国になっている。

 社会問題に目を向けようとしない若者が当たり前になり、共謀罪の中身も知らずに賛成してしまう。これはあまりに深刻な事態だ。この背景には、政治に無関心な若者をつくってきた大人たちの責任も大きい。

 たとえば、中学や高校に入れば多くの生徒は朝から夕方まで部活動に追われる。そして進学のための受験競争。社会のことについて考えるような時間的余裕はない。しかも、学校では嫌われないよう、いじめられないようにとSNSでの繋がりを求め、人間関係で神経をすり減らすような毎日。政治に目を向けるような精神的余裕もない。大学生になればアルバイトや就職活動に追われるし、就職先では長時間労働やパワハラがつきまとう。

 競争に追われ、自由時間を奪われ、人間関係で精神的に疲弊し、政治や社会問題に関心を持てるような状況ではない。大半の大人や子どもが「波風を立てない生き方」が良いと思い込み、事なかれ主義だ。部活、受験競争、SNS、就活、長時間労働、事なかれ主義・・・どれも大人たちが作りだしてきたものではないか。要は、「考えない人間」「事なかれ主義の無責任な人間」をつくりだしてきたのだ。そしてこの政治への無関心が、選挙にも行かない人たちを生みだしているのではなかろうか。

 共謀罪に賛成する人が、政府の「テロ対策」という口実を信じ、戦後の政治の大半を担ってきた自民党が国民に不利益な法律をつくることはなかろうと本気で思っているのなら、まさに政治を牛耳ってきた自民党の企ては成功したと言っていい。

 共謀罪のことを知らない人に知ってもらいたい。共謀罪とは、実際に実行しなくても二人以上の人が犯罪行為の相談をしたり計画をたてるだけで犯罪になるという法律だ。「考える」という行為が犯罪になりかねない。そして、その対象となる犯罪の範囲がとてつもなく広い。先日も話題になったが、森林法違反に該当するきのこ採りも対象になるし、著作権法違反も対象になる。テロとはおよそ関係がない違法行為について、二人以上で相談をしただけで犯罪になり得る。

 こういう法律がまかり通れば、市民が疑心暗鬼になり、周りの人の顔色を伺い監視をすることになりかねない。気に入らない人を密告する人も出てくるだろう。国民が委縮し、本音を語ることも怖れるようになるのではないか。考えただけでもぞっとする。

 一方で、公職選挙法、政治資金規正法、政党助成法などはすべて対象犯罪から除外されている。公文書電磁的記録の毀棄罪も除外、警察などの特別公務員職権濫用罪、暴行陵額罪も除外、と、政治家、官僚、警察などの公権力を私物化するような違法行為はことごとく除外されている。

 なぜこんな法律をつくりたいのかと突き詰めれば、政府に楯突く者を黙らせることが目的としか思えない。政権にとって都合の悪い人を監視し、共謀罪に該当する行為を探しだせば犯罪者に仕立て上げられる。こうやって国民から自由を奪い、独裁国家をつくりあげたいということだろう。独裁政治をするために、これほど都合のいい法律はない。

 共謀罪の恐ろしさを理解している大人たちは、せめて自分の子や孫に、あるいは身の周りの若者に共謀罪の危険性を伝えていく責任がある。テロ防止などと言うのは、政治に関心のない人たちを騙すための口実にすぎないと。
  
タグ :共謀罪


Posted by 松田まゆみ at 20:27Comments(0)政治・社会

2017年04月14日

総理夫人付公務員を私物化した昭恵夫人の責任

 昨日のツイートを再掲しておきたい。

首相夫人付の国家公務員の責任に関する議論をツイッターで見かけた。彼女たちに責任がまったくないとは思わない。たとえば昭恵夫人の選挙活動に随行して選挙運動の手伝いをしたのは明らかに違法行為だろうし、本人たちに全く問題意識がなかったとは考えにくい。

昭恵夫人の私的な活動に同行したことも、公私混同であり適切な行動だとは思わない。しかし、仮に彼女たちが不適切だと認識していたとして、いったいどんな行動がとれたのだろうか? 昭恵夫人に「私的活動の補佐はできません」と言って断るということが容易にできる立場なのか?

あるいは上司に「昭恵夫人から私的活動への随行を求められているが、公務とはいえないので拒否したい」と相談したとして、安倍首相の言いなりになっている人たちに果たして認めてもらえただろうか? 悩みつつも、出向している身にとっては一時の我慢だと考えても無理はなかろう。

もし、そういう状態がどうしても我慢できないのなら、仕事を辞めるという選択肢しかないように思う。しかし、彼女たちは自分の意思で夫人付の秘書をしているのではなく命令によって配属されているのだから、そんなことで仕事を辞めねばならないというのは公正ではない。

この件でまず質さなければならないのは、公私混同して公務員を私物化していた昭恵夫人の責任だろう。5人もの公務員の秘書を付けて自由に使っていた以上、自分が公人と同然であることくらい自覚していただろうし、自覚していなかったなら非常識というほかない。

昭恵夫人とともに責任を負わねばならないのは秘書の上司だ。上司には部下の監督責任があるし、出張命令を出すのも上司なのだから、出張が適切かどうかの判断を下すのは上司の仕事だ。「部下が勝手にやった」などというのなら上司としての責任放棄であり上司として失格だ。

安倍首相をはじめ官邸の人たちも、夫人付の公務員が昭恵さんの私的活動にまで駆り出されていることは分かっていただろうし、それを黙認していたならやはり大きな責任がある。夫人付秘書の責任を考えるなら、彼女たち個人より彼女を使っていた人たちの責任の方が遥かに重いと私は思う。

昭恵夫人こそまず公私混同について認め、秘書や国民に謝罪する立場ではないか。自分のために働いてきた彼女たちを守るというのが昭恵夫人の取るべき行動だろう。ところが、公私混同が明らかになってからというもの、自分の非を認めるどころかどこかに雲隠れしてしまったようだ。

「総理夫人の私的活動に随行する」という公務員として不適切な行為をさせたり、それを許容したり黙認した者こそ大きな責任を負わねばならない。部下を守るべき立場の者が、あろうことに部下だけに責任を押しつけるのであれば、責任放棄であり人権侵害でありパワハラではないか。

今や、巷には自己責任論が溢れている。もちろん個人が判断したことの結果責任は本人が負わねばならない。しかし、上下関係が明瞭な組織においては、すべての判断が個人にあるわけではないし、すべての責任が末端の個人に帰結するわけではない。

森友学園問題も同じで、複雑に絡み合った利害関係の中で関わった人々それぞれに責任があると思うが、強い権限を持っている者ほど責任は重い。ところが、責任ある立場の官僚はだれ一人責任をとろうとはせず、籠池氏にすべての責任を押しつけようと躍起になっている。

何でも自己責任で終わらせてしまえば、より大きな責任を負っている人を見逃し、責任の小さい者だけに罪を押しつけることになりかねない。物事を大局的に捉えず、自己責任ばかりに目を向けると人権侵害に加担することになる。森友問題は広い視野で見ないと、本質を見誤ってしまう。
  


Posted by 松田まゆみ at 14:35Comments(0)政治・社会

2017年04月09日

森友学園問題で明らかになった右翼による政治の私物化

 森友学園問題は今年2月9日の国有地の8億円の値引き発覚報道から始まった。本来なら国有地という国民の財産がなぜ破格の値段で売却されたのかという疑惑を解明しなければならないはずだ。ところが、この問題はどうやら安倍政権にとってきわめて不都合なことのようだったらしく、2カ月たった今も疑惑はなにひとつ解明されないまま幕引きしようと必死になっている。

 どうやらこの森友学園問題は、安倍1強体制をつくりあげ改憲に向けてとんとん拍子に進んできた安倍政権にとって想定外の地雷だったらしい。学校法人森友学園理事長の籠池氏の教育方針に共鳴し懇意にしていた安倍首相夫妻だが、疑惑が発覚し、籠池氏が「安倍首相から100万円の寄付をもらった」との話しを暴露した途端、籠池氏を潰しにかかった。

 3月23日の籠池氏の証人喚問では、疑惑解明などそっちのけで籠池氏を偽証罪で告発するための追及の場と化した。さらに同志だったはずの日本会議も、籠池氏はすでに会員ではないと切り捨てた。籠池氏を利用して瑞穂の国記念小学院の開校を推し進めてきた人たちが、一斉に手のひらを返してしまったのだ。籠池氏の思想には100%賛同しないが、彼らの裏切りには唖然とさせられる。利益が一致するときは利用するが、不利益になれば簡単に切り捨てる。彼らは信頼関係で結びついているわけではない。籠池氏はそれを身にしみて理解しただろう。

 安倍首相は国会で「私や妻が(売却に)関係したということになれば、首相も国会議員も辞める」と言った。籠池氏と昭恵夫人付職員のファックスや手紙という証拠からは、安倍首相夫妻は土地の売買に関与していたとしか考えられないのに、「ゼロ回答」「公務ではない」と言い張ってシラを切り続けている。安倍首相が頑なに否定して支離滅裂な言い訳をすればするほど、反旗を翻した籠池氏側は徹底抗戦の姿勢を見せて泥沼化しているように見える。

 森友学園に関する公文書がすべて廃棄されたとは思えないのだが、国は「ない」と言って何も出さない。ここまでして隠すのは、安倍首相の政治生命がかかっているからに他ならない。

 その後、昭恵夫人に関してはいろいろな話しが飛び交っている。昭恵夫人は、政府による便宜供与の疑惑がもたれている加計学園が経営するこども園でも名誉園長を務めている。また、公務員の秘書を選挙運動に連れ回したり、私的な活動や旅行にまで同行させたというのだから、公私混同には呆れるばかりだ。たとえ法的責任がないとしても、道義的責任は免れないだろう。

 ところが政府は疑惑解明を拒み続け、その理由が完全に論理破綻しているのに誰も辞職をせずに平然としている。民主党政権時代、鉢呂経済産業省(当時)は「死の街」発言で辞任に追い込まれたが、森友学園事件では関係する公人は誰ひとり責任をとっていない。そして、疑惑をうやむやにしたまま共謀罪の成立に向けて突っ走っている。こうなるとすでに独裁政治というほかない。

 そもそも森友学園問題の発端は国有地の8億円の値引きだったが、本質はそこではない。アッキード事件とも呼ばれるようになった首相夫人も絡むこの事件の本質は、安倍首相の思想信条がまさに極右のそれと同じであり、日本の政治が日本会議をはじめとした極右団体に乗っ取られ安倍首相夫妻に私物化されているという現実だ。

 菅野完氏の「日本会議の研究」を読んだ人ならば、森友学園事件によって、この国の政治がすでに右翼に牛耳られており、民主主義などもはや「死に体」であることをはっきりと感じたと思う。

 ところが、おそらく多くの国民はそこまでの危機感を持っていないのではないかと思う。なぜなら、マスコミは8億円の値引き問題や100万円の寄付、安倍首相の言い訳は報じても、森友学園の瑞穂の國記念小學院の開校を後押ししていた右翼団体のことはほとんど報じないからだ。新聞の森友学園に関する記事にも「日本会議」とか「極右」という言葉がほとんど出てこない。日本のマスコミにとって「極右」とか「日本会議」という言葉はタブーになっているのだろう。これではネットで情報をチェックしている一部の人にしかこの問題の深刻さが分からないだろう。

 安倍1強政権とは結局のところ、自民党の議員が自分のポストや政治家生命を最優先して安倍首相に媚びへつらいイエスマンになっているゆえの産物だ。彼らにとって大事なのは国民ではなく自分の利益でしかない。安倍首相は信頼によって支持されているわけでは決してない。このような政権は、足元を掬われたときにいつまで持ちこたえられるのだろうか。

 おそらく多くの日本人は戦前・戦中のような国に戻りたいとも思っていないし、米国の戦争に協力するといっても自衛隊が軍隊になって協力するくらいにしか思っていないだろう。しかし安倍首相が目指しているのは国民から主権を奪い、国のために命を差し出すことを強要する国だ。森友学園問題がこのままうやむやにされ安倍1強政権がまかり通るなら、この国は一気に極右の独裁政権になり、国民から自由が奪われる日はそう遠くないと思う。

 私は日本人の最大の欠点は「空気を読んで波風を立てない」ことだと思っている。これが美徳であるかのように思っている人もいるようだ。しかし、言い替えるならば「自分の利益のために見て見ぬふりをする」ことだ。つまりは主体性がなく自己中であるということであり、安倍1強体制を支えている今の自民党の国会議員と何ら変わらない。日本が真の民主主義国家になれるか、あるいは極右の独裁国家へと落ちていくかは、国民が「空気を読んで波風を立てない」生き方を捨て、主体性を持てるかどうかにかかっていると思う。
  


Posted by 松田まゆみ at 20:27Comments(0)政治・社会

2017年03月18日

安倍政権を支えている褒賞システム

 *この記事を投稿しようとしたら「登録されていない単語が含まれています」と表示されて投稿できませんでした。「登録されていない単語」が何かは分かりませんが、引用した内田樹さんのツイート内にあるようです。したがって、以下のリンクからココログにアップした記事をお読みください。

http://onigumo.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-8eff.html
  

Posted by 松田まゆみ at 10:55Comments(0)政治・社会

2017年03月10日

原発は地震・津波対策をすればいいというものではない

 今日の北海道新聞のトップ記事は「規制委、北電見解認めず 泊隆起『地震の可能性も』」とのタイトルで、原子力規制委員会が泊原発の立地している積丹半島沿岸の地形隆起は地震による可能性があるとして、審査再会を北電に伝えるという内容だった。

 北電はこれまで泊原発の周辺の隆起地形について、「地震性ではない」と主張してきたのだが、規制委は北電の主張を認めないという判断をした。

 泊原発に関して、北電は2004年の留萌南部地震と同程度の地震が起きるケース想定して最大620ガルの地震動、最大12.63メートルの津波想定してきた。しかし、今回の規制委の判断によって、北電の想定が認められない可能性が高くなった。泊原発の周辺の隆起地形が地震によるものだという説は、北海道大学大学院名誉教授で地理学者の小野有五氏がかねてから主張していたことだが、北電は地震隆起説を排除する合理的な説明ができず、規制委も地震隆起説を否定できないのだ。

 今回の規制委の判断によって、泊原発の再稼働は確実に遅れることになるだろう。とりあえず規制委はまっとうな判断をしたと思う。

 ただ、いつも思うのは、原発は一度過酷事故を起こしたら取り返しのつかない破滅的な事態を招くわけで、日本のようにしばしば巨大地震や大津波に襲われる国において100%安全な原発などあり得ないのではないかという疑問だ。これについては「さつきさん」の以下の記事が参考になる。

電力業界が模索する原発の確率論的地震ハザード審査の危険性

 福島第一原発の事故は3基もの原発がメルトスルーし、チャイナシンドロームという最悪の事態を招いてしまった。先日の2号機のロボットによる写真撮影や線量測定で、溶融燃料の状態が確認できないばかりか、人も近付けない高線量であることがはっきりした。現時点では溶け落ちた核燃料を取り出す技術はなく、お手上げ状態だ。プールの燃料がどうなっているのかも分からないし、取り出しも極めて困難としか思えない。東電の廃炉に向けた行程表など、絵に画いた餅であることは間違いない。しかも、汚染水はずっと垂れ流し状態で止める術もない。

 チェルノブイリでは石棺で大量の放射能の放出は抑えられたが、福島は石棺にもできず、どうみても史上最悪の原発事故が6年間も続いているのだ。太平洋の汚染は、海の生き物に相当の影響を与えるに違いない。とてつもなく深刻で恐ろしい事態になっている。

 原発とは、ひとたび過酷事故を起こせばこういう壊滅的な事態を引き起こす。もし、再び同じような過酷事故が起きれば、日本は滅亡の危機に瀕するだけでなく、世界中に迷惑をかける。

 原発の稼働にあたって、どれほど耐震基準を高めて対策をとったところで、100%安全などということは考えられない。昨年の熊本地震では最大で2.2メートルもの横ズレが生じたとされる。もし原発直下でマグニチュード7クラスの地震が起きて2メートルものズレが生じたら、技術的に可能な限り耐震性を高めても耐えられるとは思えない。アウターライズ地震が正断層で起きれば、東北地方太平洋沖地震のときより遥かに高い津波に襲われると言われているが、もしそのような津波が起きたなら今の防潮堤では浸水してしまうだろう。

 100%の安全が確保できないのなら、耐震基準を高めるというよりも原発そのものを止めるという選択しかないと思う。地震、津波、火山、台風など自然災害が頻発する日本において、やはり原発という選択はしてはならなかったのだと思わずにはいられない。

 明日であのおぞましい原発事故から7年目になる。あの原発事故は今も現在進行形であり、大量の放射性物質を垂れ流し続けていること、史上最悪の手のつけられない事故であることを忘れてはならない。



  


Posted by 松田まゆみ at 20:42Comments(4)原子力発電

2017年02月13日

インターネットという凶器

 私はもともとアナログ人間で、パソコンやインターネットが普及しはじめた頃もすぐに飛びつく気にはなれずに様子を見ていた。なぜなら、ちょっとした手違いや故障などで文書やデータなどが全て消えてしまうのではないかという恐怖があったからだ。

 しかし、インターネットが普及して周りの人が次々と使うようになると、メールが使えないと他の人たちとのやりとりに参加できないし、インターネット上の情報も得られず不便を感じるようになった。また、講演会や学会での発表ではパワーポイントが必須になってきた。そんなわけでパソコンやインターネットを利用せざるを得なくなり、アナログ人間などとは言っていられなくなった。

 インターネットの発達によって、私たちの生活は格段に便利になった。検索をかければすぐにいろいろな情報が手に入るし、新聞やテレビでは得られないニュースや情報も知ることができる。家に居ながらにして買い物ができるし、学会誌などの掲載された学術論文などもどんどんネットに公開されるようになり、文献の入手も楽になっている。

 しかし、利便性追及の裏には必ずといっていいほど負の部分が潜んでいる。インターネットの発達によって、コンピューターウイルスの感染や個人情報の漏えい、嫌がらせ目的の誹謗中傷などに日々晒されるようになった。しかし、それとは比べ物にならないくらいとんでもなく恐ろしい欠点があるのだ。それを思い知ったのが以下の記事だ。

「テロは口実」 映画『スノーデン』と酷似する日本

【岩上安身のツイ録】「ここに目覚めた人がいる!」―― 映画「スノーデン」の監督オリバー・ストーンが岩上安身の質問にビビッドな反応!!スノーデンが明かした米国による無差別的大量盗聴の問題に迫る!! 2017.1.18 

 映画「スノーデン」は見ていないが、事実に基づいて作られているのは間違いないと思う。今、私たちはインターネットを利用した監視社会に取り込まれており、もはや世界はサイバー戦争に突入しているという現実だ。トランプ氏が大統領選で勝つようにロシアが仕組んだと言われているが、あらゆるところでネットによる監視と情報収集、情報操作やサイバー攻撃がはじまっている。

 ドイツのメルケル首相の携帯電話が盗聴されていたことが明るみになったが、国の要人は米国に盗聴され監視されていると見るべきだろう。そればかりか、米国では市民のメールが盗み読みされ、インターネットの閲覧履歴を見られ、交友関係まで探られている。

 もちろん、安倍首相が進めようとしている「共謀罪」も、米国と同じ監視社会を目指している。もし、「共謀罪」が成立したなら、日本国民は監視対象となり政府に楯突く人は間違いなく監視されることになるだろう。しかも日本はマイナンバーで国民を管理しようとしている。共謀罪が成立したら独裁国家になるのは容易いし、真実を伝えようとする告発者は口を封じられる。共謀罪の「テロ防止」などというのが口実に過ぎないということをスノーデン氏は身を持って警告している。

 それだけではない。岩上安身さんは、こんなことを書いている。

スノーデンは、日本の横田基地内で働いていた頃を述懐して、NSAは日本でも盗聴をしていたと証言している。その内容についてスノーデンの言葉を、ストーン監督は映画の中でこう再現する。「(日本への)監視は実行した。日本の通信システムの次は、物的なインフラも乗っとりに。ひそかにプログラムを、送電網や、ダムや、病院にも。…もし日本が同盟国でなくなった日には、彼ら(日本)は終わり。マルウェア(不正な有害ソフト)は日本だけじゃない。メキシコ、ドイツ、オーストリアにも」。こうしたスノーデンの言葉に、映画では日本列島から電気の灯りが消えてゆく、全電源喪失のイメージ画像が重ねられる。


 これが事実なら、インターネットを悪用して特定の国のインフラを停止させ壊滅状態に追い込むのは簡単なことだ。もちろん米国はこのマルウェアの件は事実だとは決して認めないに違いない。しかし、大半のインフラがコンピューターで制御されている現代において、これは核戦争と同じくらいのインパクトがある恐怖だ。原発をメルトダウンされることだって可能だろう。一国をボタンひとつで壊滅状態にできる。まさしく「サイバー戦争」の時代に突入している。

 もちろんこんなことを実行したなら米国は世界から糾弾され信用は地に落ちる。しかし、マルウェアが絶対に起動しないという保証もない。日本が米国との同盟関係を解いたなら、マルウェアの恐怖にさらされる。さりとて米国の望むように共謀罪を成立させ平和憲法を改悪したなら、日本は米国に思いのままに支配され奴隷状態になるだろう。オリバー・ストーン監督は「日本は米国の人質」と言っているそうだが、まさに、追い詰められた状態ではないか。

 インターネットは使い方によっては簡単に凶器となり、人々の命まで簡単に操作できる。のほほんとインターネットの利便性に浸っているどころの話ではない。原子力が平和利用の名のもとに原発という凶器になったように、インターネットも同じ道をたどるのかもしれない。

 利便性を追求してきた人類に襲いかかるのは、サイバー戦争による自滅なのだろうか? それとも核による自滅なのだろうか?

 これを避けるためには人々が競いあうのではなく協力的な社会をつくっていくしかないと思うのだが、果たしてそれが可能なのだろうか。私たちには、これを何とか食い止める良心と時間が残されているのだろうか。
  


Posted by 松田まゆみ at 22:05Comments(0)メディア政治・社会

2017年02月09日

誤解される「嫌われる勇気」

 先日書いた「野田俊作さんの岸見一郎さん批判に思う」でもちょっと触れたが、テレビドラマ「嫌われる勇気」の主人公、庵堂蘭子の振る舞いはアドレリアン(アドラー心理学を実践している人)とは言い難いという意見があるらしい。私はテレビを見ていないし、ドラマ制作者の意図も分からないので、この点について言及するつもりはない。しかし書籍「嫌われる勇気」(岸見一郎・古賀史健著)のタイトルが、時に誤解されているのではないかと感じることがある。

 書籍の「嫌われる勇気」は、自己主張して他人に嫌われることを奨励しているわけではない。他人に嫌われることを怖れ、他人に合わせてしまうのは不自由な生き方であるから、自分の人生を生きるためには「嫌われることもいとわない勇気」も必要だと言っているのだ。これは本を読めば容易く理解できることだ。他人に合わせたり、他人の期待に応えるのではなく、自分の人生を生きるべきだというのが書籍「嫌われる勇気」のメインテーマでもあるのだろう。

 他人の人生ではなく自分の人生を生きるというのは、いわゆる「課題の分離」のことを指している。ここに軸足を置いているから、本の内容も「課題の分離」の比重が多くなっているのだろうと私は理解している。

 アドラーは「人生上のほとんどの悩みは対人関係である」と言っているそうだ。私自身の経験を振り返ってみても、人間関係のトラブルの大半は他者の課題に土足で踏み込んでしまうことからくると実感している。嫁と姑のトラブルも、家族間のいさかいも、基本的に他人の課題に土足で踏み込むから起きる。課題の分離ができていれば人間関係におけるトラブルやストレスは激減するだろう。

 「横の関係」つまり「人はみな対等」という意識を持ち、常に他人を尊重していたなら、他人に命令口調で接したり、意見が違うからといって見下したり誹謗中傷したりもしない。

 課題の分離とは、他人の課題に土足で踏み込まない(他者を尊重する)ということと、自分の課題に他人を踏みこませずにトラブルを回避するという二つの側面がある(協力をしない、あるいは協力を拒否するということではない)。そして、「課題の分離」ができるということは、「人はみな対等」という「横の関係」で人間関係を捉えていることを意味する。「課題の分離」と「横の関係」は切り離せない。

 これに対し、人間関係を「縦の関係」で捉えている人は、他者に対して支配的であったり、あるいは依存的であったり、また恨みや妬みが強く嫉妬深かったりする。

 他人から何を言われようと(嫌われても)も自分の課題には絶対に踏み込ませないという人は、一見「嫌われる勇気」があるように見える。しかし、自分の課題には絶対に踏みこませないが、他人の課題には土足で踏み込む(命令したり、見下したり、憎んだりする)ということであればその人は「縦の関係」で生きている。また、事実誤認や誤解について丁寧に説明しても一切聞く耳を持たず自分が絶対に正しいと信じて我が道を邁進する人は、自分の誤りを認めない、あるいは他人を信用しないという点で独善的であり、やはり「縦の関係」で生きているのだと思う。

 私は、書籍タイトルの「嫌われる勇気」の意味するところは、「横の関係」の生き方をするためには、時として「嫌われる(こともいとわない)勇気が必要」ということだと理解している。だから、「縦の関係」の生き方の人が独善的な言動をして嫌われたとしても、「嫌われる勇気」があるということにはならない。

 たとえばトランプ大統領はどうだろう。トランプ氏の差別発言や虚偽発言に対しては多くの人たちが批判している。大統領の就任式での反対デモを見ても分かるが、彼は明らかに多くの米国民に嫌われている。しかし、当人は開き直って平然としている。彼は自分の主張を貫いて嫌われているわけで、「嫌われる勇気」があるように見える。

 しかし、自分と異なる意見を言う人をこき下ろす態度は、完全に他者を見下している。しかも自分を批判した人に対してはすぐに反撃する。理論的に反論するなら分かるが、嘘を言ってでも攻撃する。非常に感情的で、すぐに怒りをぶちまける。実に支配的だ。彼は異なる主張に対して話し合いで解決する姿勢がほとんど見られず、どうみても「縦の関係」で生きている人だ。彼の勇ましさは、書籍「嫌われる勇気」で言うところの「嫌われる勇気」とはほど遠く、傲慢にしか見えない。

 本で言わんとしている「嫌われる勇気」の意味を理解せず、タイトルの「嫌われる勇気」という言葉だけを切り取って、単に傲慢なだけの人を「嫌われる勇気がある」と評してしまえば、誤解を生じかねない。

 書籍「嫌われる勇気」には承認欲求のことも出てくる。これも誤解している人がいるようだ。書籍「嫌われる勇気」では「承認欲求を否定する」と表現しているのだが、これは「承認欲求」という事実や「承認」を否定しているわけではない。「他者に認めてもらうことを目的に行動してはならない」という意味だ。これは、嫌われないために行動(努力)するというのとほぼ同義だろう。だから「承認欲求の否定」も「課題の分離」と密接に関わっている。

 アドラー自体は承認欲求という言葉は使っていないようだが、だからといって「承認欲求を否定する」という表現が、アドラー心理学ではないということにはならない。

 アドラー心理学の最終目的は共同体感覚にあるという。この共同体感覚を身につけるには「横の関係」を築かなければならない。横の関係を築くためには「課題の分離」をする必要がある。また共同体の中で人々が協力関係を築くことが共同体感覚につながるのだが、その前提としても「課題の分離」は不可欠だ。つまり、課題の分離があってこそ支配でも依存でもない協力関係が持てるし、共同体感覚を身につけることができる、と私は理解している。

 書籍「嫌われる勇気」は、共同体感覚を身につけるための基本である「課題の分離」に力点を置いた書籍だと私は思っている。そして、続編の「幸せになる勇気」が補完して核心へと誘導する形になっている。この2冊の本は青年と哲人の対話による物語に仕立てられているゆえに、アドラー心理学を全面的にカバーしているとは言えないかもしれない。しかし、だからといって「嫌われる勇気」が「正統なアドラー心理学ではない」という考え方には賛同できないし、学会で論争するようなことでもないと思う。

 つい最近、向後千春さんの「人生の迷いが消える アドラー心理学のススメ」(技術評論社)を読んだ。この本は他の心理学の考え方も紹介しながらアドラー心理学を分かりやすく解説していて、「嫌われる勇気」には抵抗感があるという方にも読みやすいと思うし、日常生活でのトラブルの解決にも役立つ本だと思う。

 アドラー心理学を身につけ実践するというのは確かに難しい。なぜなら、日本では家庭も学校も職場も「縦の関係」ばかりであり、このような環境の中で「縦の関係」のライフスタイルを選びとってきた人が大半だと思うからだ(私自身は若いときから人はみな対等という意識を持っていたので、アドラー心理学への抵抗感はない。もちろんだからといってきちんと実践できているわけではないが)。「縦の関係」が染みついている人たちが、ライフスタイルを変えるのは容易なことではない。ただ、向後さんの本はそのような人たちに対しても抵抗が少なく理解しやすい書き方になっているように感じる。

 岸見さんも向後さんも、野田俊作さんからアドラー心理学を学んだ方だが、同じアドラー心理学の解説をしていても人によって伝え方や語り口は違う。哲学者である岸見さんのアドラー心理学は哲学的視点も含んだ岸見流だろうし、向後さんは向後流といってもいいのだろう。おそらくアドラー心理学を学び実践している人々はそれぞれ独自の理解でアドラー心理学を捉えていると思うし、誤解がない限りどれが正しいとか正統だということはさほど意味がない気がする。学問というのは次世代に引き継がれるなかで修正されつつ発展していくものだ。

 ただし、「アドラー心理学をめぐる論争とヒューマン・ギルドへの疑問」にも書いたように、アドラー心理学を自ら実践しようとはせず「他人を操作するために使う」ということであれば、それはアドラーが望んだこととは正反対のことだろうし、似非アドラー心理学と言われても仕方ないと思う。

【2月13日追記】
 野田俊作さんのこちらの記事によると、「課題の分離」「縦の関係・横の関係」などといった表現はアドラー自自身は使っておらず、アドラーの後継者による概念とのことだ。そうした言葉がアドラーの思想を分かりやすく端的に言い変えたもので、すでに一般化されている概念である以上、アドラー自身による表現であるかどうかに拘ることに意味はないと思う。


【関連記事】
アドラー心理学をめぐる論争とヒューマン・ギルドへの疑問
アドラーのトラウマ否定論について思うこと
野田俊作さんの岸見一郎さん批判に思う


     
  


Posted by 松田まゆみ at 17:05Comments(0)雑記帳

2017年02月06日

サハリン紀行(2)

サハリン紀行(1)

 2日目は西部に出かけた。アニワの海岸では一人、皆と反対方向をうろうろしてイソコモリグモを探したが見つからない。露頭見学中にクモを採集するが、ハラビロアシナガグモ、スジシャコグモ、ウスリーハエトリ、ナカムラオニグモ、ウヅキコモリグモなど北海道でおなじみのものばかりだ。見学地に着くといつも皆と違うところをうろうろしている私を、セルゲイ氏はいつも気にかけてくれているのが分かる。なるべく皆から見えるところにいなければならない。

 8月という季節から考え、キバナオニ(黄色)、ニワオニ(橙色)、アカオニ(赤色)の3色のクモが溢れていると思ったのだが、予想は外れた。キバナが圧倒的に多く、ニワとアカはなかなか見つからないのだ。そういえば北海道でもキバナが圧倒的に多いから、そんなものなのかも知れない。もっともクモを探す時間が少ないので、時間をかけて探せばもっといるのだろう。北海道でもおなじみのナカムラオニグモは草地の普通種だ。

 サハリンでは、平地にベニヒカゲ(蝶)が舞っている。ネベリスクのバザール(自由市場)では、オオモンシロチョウを捕まえた。近年、北海道全域に定着してしまったチョウだ。クモのみならずチョウも捕まえたが、捕虫網というのが珍しいらしく好奇心の目で見られてしまった。軒先のオニグモを捕虫網で採っていたときなど、大人も子どももにたにたしながらこちらを注目している。捕まえているのが大きなクモだと知って、かなり面喰っていたようだ。さぞかし変な日本人の集団(変なのは一人だけなのだが)だと思ったに違いない。

 ネベリスクから海岸沿いを北に、ホルムスクに向かった。ここには旧王子製紙の工場が廃墟のように佇んでいる。サハリン南部の森林はかなり伐採が入り原生林とおぼしき森はほとんど見当たらないが、かつてかなりの伐採が行われ王子製紙も栄えたのだろう。無残に伐られた山肌は、北海道の森林の光景とも似ている。ホルムスクからユジノまではいくら車が揺れても瞼が閉じてくる。昨日は初めて見る景色とあって、いねむりもせずに目を凝らしていたが、今日は半分以上いねむりの帰途だ。運転手さん、御苦労さん!

 3日目はススナイ山地に寄った後、北へと向かった。ソコル川で初めて森林の中に入ったのだが、前を歩いていた人が「クモ、クモ」と呼んでいる。森林の中は、タイリクサラグモがあちこちに造網していたのだ。北海道ならどこにでもいるタイリクサラグモをあまり見かけず不思議に思っていたのだが、針葉樹の森林内はタイリクだらけだ。しかし、タイリクばかりでハンモックサラグモなどは全く見られない。森林のクモ相は北海道よりさらに単純なようだ。

 昼食予定地のスタロブスコエは海岸の集落だ。海沿いのでこぼこ道を行くと、岩礁の上にゴマフアザラシが置物のように寝そべっているのが見渡せる。ここにはモンゴリナラ(ミズナラと変種関係)があるが、だいぶ伐採されてしまったらしく、今ではぽつりぽつりとしか見られない。このあたりから北の光景はほんとうに素晴らしい。人工的なものはほとんどない海岸線が続き、湿地が広がる。渚にはシギが群れ、カモメが舞う。北海道の海岸線もかつてはこんな光景だったに違いない。北海道ではほとんどの湿原にビジターセンターのような施設があり、海岸には展望台などがある。人工物が目に入らないようなところは無いに等しい。しかしサハリンには北海道が失ってしまった北の自然の原風景が息づいている。施設ばかり造りたがる日本人は、こういう自然の原風景を忘れてしまったようだ。

 この日はさらに北上し、海岸で琥珀を探した。角がとれた褐色のガラスのかけらのような琥珀が、海岸の砂浜にうちあげられているのだ。小粒だが、こんなところで琥珀が拾えるというのは驚きだ。皆海岸に散らばって、ひとしきり琥珀拾いを楽しんだ。採集するというのはクモに限らす楽しい。しかし採集には得手不得手というのがあるらしい。集合して成果品を比べると、その差は歴然とする。どうも私は得意なほうではないらしい。やはり採集は一人でのんびりやるのが一番いい。

 サハリンの一番細くくびれているあたり、ブズモーリエがこのツアーの最北の地点だ。ここには海を見下ろす山腹に、日本時代の鳥居がそのまま残っている。何やら日本の景色のように見える。鳥居まで登って写真を撮った後、駅前のバザールに寄った。地面に散らばっている褐色のかけらを見つけ、誰かが「琥珀だ」と言う。半信半疑で手に取って眺めるが、ビール瓶のかけらまで琥珀に見えてくる始末だ。

 4日目はアンモナイトの産地見学だ。最初の見学地は乾燥した裸地で、ときおりコモリグモが走り回っている。ここではクモよりアンモナイトを探すほうが面白い。地質屋さんはハンマー片手にさすがに大きいのを掘りだしていたが、小さいのならハンマーなしでもいくつか見つけられる。

 2回目の見学は、山の中の崖地だ。ここは森林に囲まれた河原で、クモの採集の方が面白い。河原の石をひっくり返すと、カワベコモリグモやナミハガケジグモがいる。一人で河原でクモ採りをしていると、高校生のAさん(母親と参加)が崖地の方から「クモを採った」と呼んでいる。彼女の手には綺麗なニワオニグモが握られていた。この数日で彼女はすっかりクモに慣れてしまったらしく、私を真似て素手でクモを採るようになっていた。感謝、感謝! さて、その崖地の上部には巨大なアンモナイトがはまっている。地質に無頓着な私も、このときは「凄い」と見とれてしまった。

 最終日の5日目は、午前中にユジノを一望できるスキー場のてっぺんまで登った。例の車はでこぼこの急坂をものともせず、標高535メートルの山頂に突き進んだ。中腹までグイマツの植林に覆われる山だが、途中にハイマツも見られる。標高が上がるにしたがって、林床の植物が変わっていくのが面白い。

 山頂からは素晴らしい展望が広がっていた。眼下にユジノの街が見渡せる。これでこのツアーの見学は終わりだ。皆が景色を楽しんでいる間、私は山頂の草地で一人チョウ採りにはまっていた。この草地にはチョウがしきりと飛び交っているのだが、これがすばらしく速い。悪戦苦闘だが、これを追いかけるのがまた楽しい。いい歳のおばさんがチョウ採りに興じているのだから、他の人はさぞかし呆れていただろう。

 のどかな山頂のひと時を後に車に乗り込むと、運転手が捕虫網を貸して欲しいという。すぐ横の花にチョウが数頭止まっている。彼は見事に数頭のチョウを仕留め私にプレゼントしてくれた。もしかしたら、彼はずっと捕虫網でチョウを採ってみたかったのかもしれない。海辺で休憩していたときは網でエビを獲っていたし、アンモナイトを見つけるのも得意だ。「気はやさしくて力持ち」の典型のような彼は、どうやら採集好きのようだ。

 このあと、私とM氏は皆と別れてジャロフ氏の自家用車で北に向かった。皆は最後の半日を買い物にあてたのだが、貪欲な私たちは車の中から眺めただけの湿地に未練があった。吉倉真先生の「樺太産黄金蜘蛛科生態と分類」を見ると、サハリンでは平地にコウモリオニグモやコガネオニグモがいることになっている。湿地を眺めただけで帰るのはやはり後ろ髪を引かれる思いがする。そこでジャロフ氏に頼み、湿地探検におもむいたのだ。彼は腿まである長靴まで用意してくれた。

 サハリンと言えど、この日は猛暑だ。その中を長靴をはいて捕虫網片手に湿地のなかをうろつくと汗が吹き出してくる。葦の葉を巻いているのはほとんどがクリイロフクログモで、子グモがふ化する季節だ。水辺には卵のうをつけたカイゾクコモリグモがいる。草間の円網はほとんどがナカムラオニグモだが、なぜかこの湿地のナカムラは幼体ばかりだ。ここのクモは北海道の湿地のクモをより単純にした感じだ。ちょっとがっかりだったが、採集品を良く見るとナカムラオニグモの幼体の中にコウモリオニグモの幼体が紛れ込んでいる。北海道では高山帯でしか見られないコウモリがやはり平地にいるのだ。ただし、もう成体の季節ではないらしい。コガネオニは残念ながら幼体らしきものも採れない。スゲと思われる草地ではツノタテグモの類いと思われる幼体が少し採れたが、やはりクモの季節には遅すぎるようだ。北に行けばいくほど、クモの繁殖期は短期間に凝縮されるのだろう。たぶん6月から7月が良いのだと思う。ともかく短い時間ではあったが湿地も歩くことができた。あとはユジノにもどり、ガガーリン公園で皆と落ち合ったあと最後の晩餐となった。

 クモに関しては季節が遅すぎ、幼体ばかりが目についてとりたてて新しい発見はなかったものの、サハリンの自然の一端を垣間見ることができたのはやはり貴重な体験であり、楽しい一週間だった。そして、お付き合いいただいたエネルギー省の皆さんは、朝から晩までくたくたに疲れたことだろう。我々をコルサコフまで送り届けたときにはさぞかしほっとしたに違いない。

 こうして5日間の見学会はハードスケジュールだったが、無事終了した。不思議なことに一数館の間、雨らしい雨にも降られず、トラブルもなく、すばらしく順調にことが運んだのだ。あとは税関を無事に通過できるかどうかだ。

 翌朝予定より遅れてコルサコフ港に到着した私たちは、出国手続きに追われ、あたふたと税関を通過した。誰も荷物を開けられることもなく皆無事に通過し、安堵のうちに再び「アインス宗谷」の乗客となった。

  

Posted by 松田まゆみ at 16:33Comments(2)随筆

2017年02月05日

サハリン紀行(1)

*この随筆は、サハリンツアー(2001年8月8日から14日)に参加したときの記録で、関西クモ研究会の会誌に投稿したものに修正を加えています。
*なお、参加者のお一人が「サハリンの地質と化石見学」としてツアーの報告をされていますので、興味のある方はご参照ください。



 北海道でクモを見ていると、サハリンは一度は行ってみたいと思うところだ。氷期に大陸と北海道を結んだというこの島は、北海道に多数の北方系の生物を運ぶ陸橋となった。大雪山の高山帯に細々と息づいている「氷河時代の生き残り」のクモたちも、この島を縦断してきたのだと思うと感慨も深い。

 宗谷岬から目と鼻の先にある島でありながら、サハリンの自然を訪れるツアーは意外とない。聞くところによると、トラブルなしにツアーを行うのは難しいお国柄のようだ。そんな中で「地質見学ツアー」なるものを見つけた。地質見学? 8月じゃクモには遅い! と躊躇したのだが、思いきって締め切り間際に申し込んだ。予定表を見ると、宿泊するホテルはガイドブックには出ておらず、名前はなんとGeologist(地質学者)。しかも、シャワーは水しか出ないらしい。そんなわけで、覚悟を決めて出発することになった。

 企画した旅行会社のT氏とコーディネーターのG氏以外の一般参加者は6名というこぢんまりとしたツアーであるが、自然を見てまわるにはちょうどいい人数だ。男性5人、女性3人の総勢8名は、8月8日の10時に稚内港からコルサコフ行きの「アインス宗谷」に乗り込んだ。

 目と鼻の先のサハリンも、稚内港からコルサコフ港となると5時間30分もかかる。男性たちは免税とやらで1本100円の自販機のビールをさっそく買い込んでいる。船に弱い私はそれを横目で見ながら、ひたすら船の揺れから解放されるのを待つのみだ。サハリン旅行はまず船酔いから幕を開けた。

 コルサコフ港に近づくと、褶曲した地層があらわな露頭が目に飛び込んでくる。港は何もかもが古びて錆色をし、数十年前の港に迷い込んだような錯覚に陥る。船から降り、オンボロバス(日本の中古の観光バス)に揺られて入国手続きの人の列に並んだ。特大のスーツケースを同行のM氏に持たせた私は、代わりにカメラを一手に引き受けて手に持っていた。しかし、これは失敗だった。カメラはX線検査機に通された上(当時はまだデジカメは普及しておらず、フイルムのカメラを持っていた)、税関申込書に記入しろと言う(ロシア語なので、そう言っているらしいとしか分からない)。種出入品(一時的な)に当たるらしい。コンパクトカメラまで記入させられたが、なぜか首にぶら下げていたツァイスの双眼鏡には見向きもしない。こちらのほうが数倍も高いのに! 世話人らしき日本人のおじさんがぶつぶつ言いながら、記入の仕方を教えてくれたが、無愛想な態度に辟易とした。

 なんとか申込書を書き終えて税関を通過したが、隣りでは巨大なおみやげ(自動車のタイヤ!)を持っていたG氏が入国審査で引っかかり、係員と揉めている。気の毒だが、私にはなす術がない。税関を抜け出すと、今回のツアーの世話をしてくれるロシアエネルギー省の地質研究者のジャロフ氏とお手伝いで日本語を勉強中の青年セルゲイ氏、それに運転手が出迎えてくれた。しばらくしてから、何とか税関を通過したG氏がやってきて無事に全員がそろった。

 これから私たちの足となってくれる車はエネルギー省の調査用のものなのだが、トラックの荷台を人が乗れるように改造したような車で、タイヤはダンプカーのそれより巨大だ。これをジャロフ氏はバスと呼んでいたが、舗装道路を砂利道だと勘違いする乗り心地だった。現に、コルサコフからホテルのあるユジノサハリンスクに向かっているときは、砂利道だとばかり思っていたのだが、あとで舗装道路だと知って驚いた。これから5日間この車に乗って走り回ると思うと、ちょっと先が思いやられた。

 サハリンは主要道路は舗装されているものの、わき道はほとんど砂利道だ。それも相当にデコボコしている。日本人であればすぐに道を良くしようという発想になるが、ロシア人はそうではないらしい。彼らは車の方をデコボコ道に合わせ、どこでも走れるような頑丈な車に乗るのだという。エネルギー省の車はサハリンの悪路という悪路もものともしない車だ。おかげでかなりすごい山道も進むことができるし、ちょっとした川も渡ることができる。

 ホテルに到着したのは日本時間の17時半、現地時間の19時だった。ホテルは古い建物ではあるが、予想していたより印象は良く(かなりすごいところだろうと予想していた)、昨晩泊まった稚内の旅館よりきれいだった(というか、こちらは今どきなかなか遭遇しないような古くて雑然とした旅館だった)。そして、嬉しいことにシャワーからはちゃんとお湯が出た。これで、一週間風呂なしという惨事にはならなくて済む。このホテルを基点としてサハリン南部の各地に出向くのだ。

 このホテルは、どうやらロシア人専用らしい。フロントの女性は英語が全く通じない。部屋の鍵をもらうのも、紙に数字を書いたものを見せないと分からない。レストランもなく皆素泊まりらしいが、私たちは棟続きの韓国人の経営しているレストランで食事を摂ることになっている。レストランの入口あたりからキムチの匂いが漂ってくる。

 毎日のスケジュールは、朝食後にホテル前に集合して例の車に乗り込み、日中10時間から12時間がフィールドワークとなる。帰るとすぐ夕食となり、ワインやウオッカを飲みながらの団欒だ。部屋にもどりシャワーを浴びると疲れて何もする気になれない。クモの標本ビンにラベルを放りこんでバタンキューだ。予定していた朝の散歩は、結局2回しか実行できなかった。

 サハリンの街は何もかもが古び、建物はあちこちひびが入ったり壊れたりしているし、路傍にはゴミも目につく。しかし、街を歩く若い女性は美人揃いの上に、皆抜群のスタイルで、しかも体にフィットしたセンスの良い服をまとっている。Tシャツにジーンズが定番といういでたちの日本人とは全く雰囲気が違う。この光景を見て、「掃き溜めに鶴」と言った人もいるとか・・・。あとで聞いたのだが、自分で服を縫う女性が多いらしい。

 そして、日本では渡りの時期を除くと高山の岩場でしか見られないアマツバメが、この古いビル街の上空で群舞している。その見事な飛翔にしばし見とれてしまう。どうやら、建物の屋根などの隙間に営巣しているらしい。

 さて、地質見学など学生のとき実習で行ったくらいで全くピンとこなかったのだが、初日の行動でだいたい様子がつかめた。要するに、見学地点となる場所までただひたすらに車で移動し、現地に着いたら説明を聞き、見学やら採取をするのだ。そして、その見学地点の多くは道端の露頭なのだ。つまり、大半の時間は車の中で、クモ採集はもっぱら道端ということになる。「あそこの林を歩いてみたい」「あの湿地でスイーピングをしたら面白いのが採れるのではないか」と思っても、車はどんどん通りすぎていく。クモ採集は半ばあきらめ、車窓から植物や景観を観察することにした。

 サハリンの景観は基本的には北海道とほとんど変わらない。違うのは落葉針葉樹のグイマツがあるくらいだ。トドマツとグイマツの森林が多く、落葉広葉樹はヤナギ類かカンバ類が目につく。ちょうど北海道の標高800メートルから1000メートルくらいにある針葉樹林帯によく似ている。海岸ちかくにある湿地も、北海道の湿地の景観とそっくりだ。ただし、平地の湿原にハイマツがあるのはさすがにサハリンだ。そして、濃いピンクのヤナギランの群落と藤色のキク科植物の群落が単調な湿地にひときわ華やかな色を添えている。8月中旬ともなると、草原はもはや初秋の漂いがある。そして多くのクモもすでに繁殖期を終え、初秋のクモの季節だった。ここではクモのシーズンは瞬く間に過ぎてしまうのだろう。

 最初に捕えたクモは、朝の散歩で見つけたシロタマヒメグモだった。ちょうど産卵期で、葉をまるめて産室をつくっているのがいくつもあった。北海道で見るシロタマヒメグモは、見るからに「シロタマ」という名がふさわしいクリーム色の腹部をしているが、サハリンのものは黄色かったり、褐色の斑紋が入っていたりするものが多くて、まるで別種のように見える。海峡をひとつ渡っただけでこれほど色彩が違うのは、なんとも不思議な気がする。

 朝食を済ませると、いよいよ例の車に乗り込み見学に出発だ。コルサコフの最初の見学地でまず採ったのは、黒色型のオニグモだ。北海道では見たことがない黒色型だったので、サハリンで見られるとは思ってもいなかった。オニグモは軒先にときどき網を張っているが、あまり多くはない。分布の北限に近いのだろうか。

 コルサコフの東、アニワ湾の一角にある岩壁では、岩のくぼみにオオツリガネヒメグモが多数造網していた。北海道でもそうだが、一般に岩に生息するオオツリガネは体色が黒っぽい。岩の色に合わせた隠蔽色なのだろうか。ユウレイグモ科の雄も1頭採集した。

 サハリンの南東部は湖が多く、湿地も点々としているが、そういうところは地質見学の対象地ではなくどんどん走り抜ける。しかし、このあたりはほとんど自然のままに保たれていて、マスが川に遡上する光景も見ることができた。トゥナイチャ湖岸でようやくナカムラオニグモやアシナガグモなどを少し採集したが、初日はひたすら車に揺られ、ユジノサハリンスクにたどりついたときにはもう薄暗くなっていた。なかなかすごいツアーだ。

続く
  

Posted by 松田まゆみ at 22:40Comments(0)随筆

2017年01月31日

野田俊作さんの岸見一郎さん批判に思う

 日本アドラー心理学会の初代の会長である野田俊作さんのウェブサイト「野田俊作の補正項」をときどき読んでいるのだが、最近、岸見一郎さんに対する苦言がしばしば出てくる。正確に言うならば、「嫌われる勇気」に対する批判といったほうがいいだろう。野田さんが批判的意見を言うのはもちろん自由なのだけれど、正直なところ私はそれをやや苦々しく思っている。その理由を書きとめておきたいと思う。

 野田さんによる「嫌われる勇気」批判は、このあたりから始まっているのではないかと思う。ここでは書名を書いてはいないが、「嫌われる勇気」を指していることは誰にでも分かる。

 この記事で、野田さんはこんなことを書いている。「彼の意見はさまざまの事項について「標準的な」アドラー心理学から偏っています。たとえば彼はある状況下では協力を拒否することが重要であると述べ、「他者からの承認を求めない」とか「他者の期待を満たす必要はない」とか「他者の問題に介入してはいけないし、自分の問題に他者を介入させてはいけない」というようなことを書いています。」

 またこちらの記事では「アドラー・ブームの火付け役である岸見一郎氏の『嫌われる勇気』は、「課題の分離」ばかり強調して「協力」に関連する考え方をあまり含んでいないので「名目アドラー心理学」だと思っていたが(これはいちおう許容範囲内)、同じ題名を冠したテレビドラマはアドラー心理学に反する考えややり方でいっぱいなので、間違いなく「似而非アドラー心理学」だ(これは完全に許容範囲外)。岸見氏ご自身はこれについてどうお考えなのだろうか。」と書いている。

 もう一つ、トラウマに関する記述についても批判的で、こちらの記事で「なんでも、最近流行の「ブーム型アドラー心理学」では、「トラウマは無い」ということになっているのだそうだ。」と指摘している。私なりに解釈するなら、「嫌われる勇気」の「トラウマを否定する」という書き方が誤解を招くといいたいのだろう。

 そして野田さんは、嫌われる勇気」は許容範囲内だが、重要な要素を欠いているので「名目アドラー心理学」だと評している。

 一方、私は日本アドラー心理学会の顧問や認定カウンセラーでもある岸見さんがアドラー心理学を正しく理解していないとは思っていない。岸見さんの「アドラー心理学入門」や「不幸の心理 幸福の哲学」も読んでいるが、課題の分離ばかりにこだわっているとも思わないし、援助についても書かれている。トラウマやPTSDについても、それらの症状の存在を否定してはいない。「嫌われる勇気」においてもPTSD症状は存在しないとは書いていない。ただし、「トラウマを否定」という書き方は、読者の誤解を招きやすいのは確かだろう。

 ここで着目すべきは「嫌われる勇気」は岸見さんが一人で書いている本ではないということだ。私は今、野田さんの「アドラー心理学を語る」というシリーズ本の第一巻「性格は変えられる」を読んでいるが(これについては改めて感想などを書きたいと思っている)、野田さんによるアドラー心理学の解説は仔細に渡っていてとても勉強になるし、具体的事例もとりあげていて分かりやすい。しかし、失礼なことを承知で書くなら、いくら優れた解説書であっても、岸見さんや野田さんのアドラー心理学の本が「嫌われる勇気」のように爆発的に売れることはないだろうと思う。

 この違いは、「嫌われる勇気」が単にアドラー心理学の解説書を目指したのではなく、万人に理解できる本にすることで多くの人の手にとってもらうことを目指したことに関わっている。そしておそらくそうした著者らの意図が、野田さんの批判に関係しているのではないかと私は考えている。

 岸見さんにアドラー心理学についての本を出したいと持ちかけたのはライターの古賀史健さんだ。そして「嫌われる勇気」の文章を書いているのも古賀さんだ。この本を書きあげるにあたっては、古賀さんと岸見さん、編集者が議論を重ねているのは間違いないが、企画した古賀さんの方針が強く反映されているのは確かだろう。

 私は古賀さんの「20歳の自分に受けさせたい文章講義」という本を読んだ。古賀さんは多数のベストセラーを手掛けてきたライターで、この本にはご自身の経験を元にした文章術がまとめられている。彼は読者を惹きつけるテクニックを良く知っており、「嫌われる勇気」を書くにあたってももちろん「20歳の…」に書いている文章のテクニックを駆使している(と私は思っている)。

 たとえば、古賀さんは「ライターは翻訳者である」と語っている。これが彼の文章を書くにあたっての基本的姿勢でありポリシーだ。つまり、古賀さんがご自身のフィルターを通して岸見流アドラー心理学を翻訳することで、とっつきにくい心理学を誰にでも分かるように解説したのが「嫌われる勇気」や続編の「幸せになる勇気」なのだと私は理解している。

 他にも、たとえば文章にリズムや説得力を持たせるために断定した書き方を入れるとか、文章の構成が重要だとか、あるいは読者を説得するのではなく納得させる文が良いとか、編集(推敲)では「書き足す」よりも「ハサミを入れる」など、古賀さん流の文章テクニックが紹介されている。青年の大げさな発言などはときに吹き出してしまうが、もちろんこうした誇張も読者を惹きつけるためのテクニックだ。

 ただし、古賀さんの翻訳や、断定、取捨選択の編集テクニックによって、切り取られすぎてしまった部分もあるだろうし、誤解を招きかねない部分も生じてしまったのだろうと私は勝手ながら推測している。そして、そこが野田さんの批判の的になってしまった気がしてならない。

 では、「技術を駆使した分かりやすい文章」によって売れる本を目指すことは不適切なのだろうか? こうした本はまがい物なのだろうか? 私はそうは思わない。私自身、ある方のブログで「嫌われる勇気」を知ってアドラー心理学を知り、この本を出発点に他のアドラー心理学の本も何冊か読んだ。本がベストセラーとなって話題になれば、私のようにこれまで心理学と何ら接点のなかった人がアドラー心理学の存在や概要を知る機会が増えるし、それをきっかけに、アドラー心理学をより詳細に解説している本へ誘導することにも繋がる。

 現に、絶版になっていた野田さんの本が昨年末に改訂・再版されたのも、「嫌われる勇気」に端を発しているのだろう。「嫌われる勇気」も野田さんのシリーズ本も一般の人を対象にした本だが、「嫌われる勇気」はこれまで心理学とは縁のなかったような人も対象にした導入のための本であり、アドラー心理学を詳細に解説している野田さんの本とは立ち位置や役割がやや異なる。

 もし「嫌われる勇気」が間違ったアドラー心理学の本なら由々しきことだが、野田さんも「許容範囲」だとしていて誤りだとまでは言っていない。また私自身は、続編の「幸せになる勇気」の発行で、共同体感覚についてはかなり補足されたと感じている。ただし、古賀流の文章術によって、アドラー心理学を誤解してしまう読者がいるなら、それはそれで問題であることは否定できない。

 私が冒頭で「苦々しく思っている」と書いたのは、この問題をめぐって野田さんの意見しか聞こえてこないことだ。アドラー心理学に関わる人たちの中には、この状況に当惑している人もいるのではなかろうか。野田さんと岸見さん・古賀さんの路線の違いといえばそれまでだが、第三者から見たら本当にそこまで批判すべきことなのだろうか?この状況をいくらかでも改善できないのだろうか?とどうしても感じてしまう。

 そこで、余計なお世話かもしれないが、門外漢の私からひとつの提案をしておきたい。すでに売れてしまった本についてはどうにもならないが、増刷する際には増補改訂版にして、野田さんが不十分だとか誤解を招きやすいと考えている部分に注釈をつけるなり、最後にまとめて解説を加えるという方法があるのではなかろうか。そして、その増補部分は出版社のウェブサイトに掲載するなどして、誰にでも読めるようにするというのはどうだろう。すでに誤解してしまった読者に対しては不十分な対応だろうが、このまま何もしないよりずっといいのではないかと思う。

 もう一つ、野田さんはこちらの記事でアドラー心理学は本や講演では学べないと書いている。本ではアドラー心理学がどういう思想であるかを知ることはできるが、アドラー心理学を身につける、すなわちアドレリアンとして実践するには講習会やワークショップでの体験が必要だということだろう。

 私は「嫌われる勇気」を読んだ人は、以下の三つのタイプに分かれるのではないかと考えている。

1.アドラーの思想を理解できない(しようとしない)。あるいは間違っていると思う。
2.アドラーの思想は理解できるし間違っているとは思わないが、実践しようとは思わない。
3.アドラーの思想を理解し、より深く学んだり実践しようとする。

 このうち圧倒的に多いのが1ないしは2だと思う(単なる勘だけれど)。より深く学んだり講座などを受けて体験的に身につけようと行動に移す人は限られているだろうし、野田さんの本を読んでみても、「本を読めば身につく」というほど簡単なものではなさそうなことも分かる。

 ならば、「嫌われる勇気」や「幸せになる勇気」がベストセラーになって売れることは意味がないかというと、そうは思わない。これらの本によって、アドラー心理学がどんな思想であるかを知ることはできるし、自分の抱えていた問題に気づく人も多いだろう。上記の1や2の人でも、今後の人生で思い悩んだときに本を読み直し、ライフスタイルの再選択を決意する人もいるのではなかろうか。本が多くの人の手に渡り、アドラーの思想が頭の片隅にでも引っかかることは、それなりに意味があると私は思っている。私も、生きているうちにアドラー心理学に出会えて本当によかったと思っているし、野田さんの本も知ることができた。これも「嫌われる勇気」に出会えたからに他ならない。

 なお、「嫌われる勇気」のテレビドラマについては見ていないし興味もないが、主人公のふるまいがアドレリアンと程遠いのなら、それはドラマの脚本を書いた人の理解の問題が大きいのではないかと思う。

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Posted by 松田まゆみ at 22:41Comments(0)雑記帳