明確になった「富秋地区」国営かんがい排水事業の欺瞞

松田まゆみ

2012年02月05日 22:51

 4日に士幌町「富秋地区」で予定されている国営かんがい排水事業について、事業主体である帯広開発建設部農業計画課と十勝自然保護協会の話し合いがあった。この事業については以下の記事に2010年2月6日に行われた第一回の話し合いについて書いているので読んでいただきたい。なお、事業名は「かんがい排水事業」となっているが、富秋地区の場合は排水事業のみである。

士幌町「富秋地区」の国営かんがい排水事業の中身

 この記事から、2年前の帯広開建との話し合いの要旨を書き出してみよう。

・事業目的:富秋地区は比較的排水条件が良いところだが、近年の降雨量の増加、ゲリラ豪雨などによりたびたび湛水被害や加湿被害が発生するために、3本の排水路を整備する。
・費用:総事業費46億円(国:36億8千万円、北海道:6億9千万円、地元自治体2億3千万円)
・施設の耐用年数:およそ40年。
・費用対効果:計算していない。
・希少種保全:ニホンザリガニなどが生息しているため、工法などを検討し、地域住民の意見などを聞きながら進めたい。
・十勝自然保護協会は費用対効果や自然保護の側面から別の対策を考えるべきと提案。


 一回目の話し合いの後、工事のための予算がつかないこともあり、帯広開建はもっぱらニホンザリガニやエゾサンショウウオなどの希少種の調査を行ってきた。そして、我々には費用対効果の数値も出さなければ、代替案の検討についての説明もしてこなかったのである。ところが、昨年の12月20日の北海道新聞に、突如この排水事業について「総事業費51億円で12年度は測量設計費3千万円を要望した」との記事が載った。

 話し合いをしている自然保護団体に何の連絡もなく「事業を実施しますよ」というわけだ。そこで十勝自然保護協会として説明を求めたのである。今回の話し合いによって、この排水事業の欺瞞が明確になった。

 まず、当初の我々への説明は、「近年のゲリラ豪雨などによって湛水や加湿被害が増加したので排水事業が必要」ということだった。ところが、今回提示してきた費用対効果の数値を見たら、話がまったく違うのである。開建の出してきた年効果額の数値は以下。

作物生産効果      2億7900万円
営農経費節減効果   1億5600万円
維持管理費節減効果   -200万円
災害防止効果        2100万円
計             4億5400万円

 費用対効果(総費用層便益比)は1.28である。計算式は以下(工期を含め49年間として評価)。

総便益比(現在価値化)85億5200万円÷総費用(現在価値化)66億3000万円=1.28

 これらの数値が仮に適正なものだと仮定しても、最初に説明していた豪雨などによる災害の被害額は2100万円でしかない。それに湛水被害が生じた際の対処費用である営農経費1億5600万円を足しても1億7700万円だ(そもそもこの営農経費も水増ししている可能性がある)。これで費用対効果(投入した事業費に対し得られる効果)を計算したならとうてい1以上(効果があるという数値)にはならない。大雨などによる湛水被害の解消のためには排水事業をするより、被害額を補償したほうがはるかに安いことになる。これでは事業を正当化できない。

 そこで開建が持ちだしてきたのが、作物生産効果だ。つまり、排水を良くすることによって作物の生産性が高まり収穫量の増加につながるという言い分だ。開建によると、排水を良くすると生産性が増すことが分かっており、どの程度生産性が増すかは数値化されているという。しかし、2010年の説明のときには作物生産効果についてはまったく説明がなかった。

 ここで矛盾が生じる。開建は富秋地区は比較的水はけの良いところであると第一回の話し合いのときに説明している。音更川の氾濫原だからだろう。ただし、河川の流域のために地下水位が高く、長雨や集中豪雨があると畑の一部が湛水するのである。もともと水はけがよいのだから、排水路を作設したところで生産性の向上は望めないだろう。このような条件のところでは長雨や集中豪雨による湛水被害への対策を考えるだけで十分なはずだ。

 ところが、排水事業を行うことで年額2億7900万円もの増収が見込めるというのだから、にわかに信じがたい。しかし、この効果を加えなければ費用対効果があるという結論を導き出せないのだ。しかも、この増収は過去の排水事業の実績によって算出されたものではなく、机上の計算によるものだという。費用対効果の辻褄を合せるために出してきた数値としか思えない。

 排水事業というのはあちこちで行われているのだから、排水事業を行う前と行った後の収穫量を比べればどの程度の効果(収穫量の増加)があったか簡単に分かるはずだ。ところが事業者は、排水事業に湯水のように税金を注ぎ込んでおきながら、その効果について何ら検証していないというのが実態なのである。

 開建は、国営排水事業というのは単に湛水被害の対策だけではなく、食糧増産によって国民に寄与することが目的だと、当初の説明になかったことを平然と言ってのける。しかし、食糧増産のための事業で利益を得るのは農家だ。特定の農家に増収をもたらすために51億円もの税金が投入されることになる。

 農家に増収をもたらす事業である以上、農家の受益者負担がなければおかしい。そこで農家の負担について尋ねると、本来農家が負担すべき受益者負担(事業費の5%)を地元自治体が肩代わりするという。農家になんの負担もなく収益が増加する事業なら誰も反対しないだろう。ただ、こうした受益者負担の自治体による肩代わりに関しては、広島の大規模林道建設をめぐって住民訴訟が起こされており、違法性が問われている。

 まとめるとこういうことだ。大雨などによって畑に水が溜まると農作物に被害が出るのだが、その被害の解消目的で排水事業を行うと採算が全く合わない。そこで、公共事業をやりたい事業者が思いついたのは「作物生産効果」である。「水はけを良くすることによって生産性が上がり、国民の食糧増産に寄与する」との名目で、根拠も良く分からない「作物生産効果」を持ち出して、費用対効果があると主張する。しかし、金銭的負担があれば事業に参加しないという農家も出てくるだろう。それでは事業ができないので、受益者負担も地元の市町村が肩代わりするという仕組みだ。

 「作物生産効果」というのは、まさに公共事業の打ち出の小槌のようなものだ。「排水事業をすれば生産性が上がりますよ」と農家に持ちかけ、さらに「受益者負担はありません」と畳みかける。これを断る農家はまずいないだろう。こうして、費用対効果も疑わしい排水事業がどんどん生みだされることになる。排水施設の耐用年数がきたら、そこでまた改修工事をするのである。こうやって際限なく公共事業が生み出せるのだ。

 もう一つ指摘しておかねばならないことは、代替案だ。生物多様性保全を考えるなら、貴重な生物がいるところは手をつけないやり方を探るべきだろう。希少生物に配慮しても、工事によって絶滅してしまう可能性があるからだ。だからこそ我々は初めの段階で代替案の検討を要求したのだ。ところがそれについて今までなんの説明もせず、設計段階になってから「3つの案を検討し、いずれも当初計画より費用が高くなる」と取ってつけたような説明をする。しかも代替案についての具体的説明は一切なく、費用計算が妥当なものであるかなど、我々にはもちろん分からない。こんな机上の案ならいくらでも作り出せるだろう。結局、はじめから当初計画通りに進めることしか考えていないのだ。

 国民の税金が、特定の農家の増収のために使われ農家は何の負担もしない。しかもその事業による効果の検証もしない。それが「国営かんがい排水事業」だ。私には自然の摂理を無視した「永遠なる税金の無駄遣い」としか思えない。

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