家庭菜園から利便性追及社会の矛盾を考える

松田まゆみ

2012年10月01日 14:37

 今年の北海道は9月中旬まで暑いくらいの気候だったこともあり、家庭菜園のハーブの収穫ものんびりとしていたのだが、下旬になって一気に寒くなってきた。とはいっても平年並みなのだが。

 考えてみれば、9月も下旬になればいつ霜が降りてもおかしくない。10月中旬には紅葉の最盛期を迎える。植物ももうじき生長を停止する季節だ。そう思って、あわててペパーミント、レモンバーム、スイートバジル、パセリなどの収穫を始めた。これらは乾燥させてハーブティーや料理に使う。

 下の写真は収穫したスイートバジルとパセリ。収穫してから水洗いをし、ザルに入れて水を切ったところ。





 これをネットに入れて乾燥させる。左のカゴの一番上の段がパセリで、真中と下の段がスイートバジル。右のカゴは3段ともペパーミント。





 そのあとはバットに広げて窓辺に置き、仕上げの乾燥をする(そのままカゴで乾燥させてもいいのだが、次々と収穫するのでこのようにしている)。写真はレモンバーム。なんだかナキウサギの貯食みたいだ(ナキウサギは秋になると雨の当たらない岩の下などに植物を運んで乾燥させ、冬の間の食料にする)。





 カラカラに乾燥したら、手で揉んで茎から葉を落とし、チャック付きポリ袋や瓶などに入れて保存する。

 下は収穫したカレンデュラ(金盞花)。寒さには強いので、霜が降りるまで花をつけそうだ。花弁をむしって、バットや缶に広げて日当たりのいい窓辺で乾かす。天気がよいとオレンジ色が鮮やかなまま乾燥できるが、天気が悪くて乾燥に時間がかかると黒ずんでしまう。カレンデュラは肌に良いそうで、ハーブティーのほか化粧水などを作るのにも使う。









 家庭菜園をやっていてつくづく思うのは、作物をつくるという経験は生物である人にとってとても意義深いものであるということだ。生きるうえで必須の食物をつくるという作業は、自然から糧を得ることであるし、環境問題とも切り離せない。さまざまなことを考えさせられる。

 今年はウリハムシモドキが大発生し、レモンバームやスイートバジル、ペパーミントの葉が次々と穴だらけになっていった。はじめのうちは静観していたのだが、このまま放置したら収穫も危ぶまれる状況だと判断し、途中から手作業で防除をはじめた。その甲斐があってか、収穫前には元気を取り戻した。虫の発生や病気への対処は農薬などの問題を考えることにつながる。

 そもそも同じ種類の作物を大面積でつくれば、それを好む虫が大発生するのは自然の理にかなっている。それを農薬で押さえ込もうとすれば、やがてどこかにしわ寄せがくる。環境汚染であり生物濃縮だ。やがて虫は農薬に耐性を持つようになり、悪循環に陥ってしまう。作物をつくるということはこういう自然の摂理を知ることだし、手間暇を惜しんではならないことを身をもって体験できる。家庭菜園であれば、いろいろな作物をモザイク状に植えたほうがいいのだろう。除草もほどほどが良いのかもしれない。

 北海道の農業は機械と農薬によって大規模化が進んでいる。しかし、そのしわ寄せがあとからくるのだ。農業に限らず、何でも利便性を追求していたら、やがてそのしわ寄せがドッと押し寄せてくるのだろう。人が生物であり生態系の一員である以上、大規模化や利便性追及はほどほどにしなければならないと思う。

 実際に、農薬・機械まかせの大規模農家が大多数を占める一方で、無農薬有機栽培で頑張っている小規模農家も少数ながらある。どちらが自然と共存した健全なスタイルなのかは言うまでもない。

 一極集中を目指して大都市ばかり人口が増え続け、地方は過疎化が進むという構造も同じではなかろうか。大地震などの大災害に襲われれば、大都市はひとたまりもないだろう。大きな被害を出すうえに復興にはとんでもない時間と費用がかかる。地方で大地震が起きても被害が少ないのは歴然とした事実だ。東京にあれほどの高層ビル群を建ててしまったことは間違いだったと思わざるを得ない。方針転換をして地方を大事にすべきだと思う。

 北海道では、都市近郊の大型店の増加も地方の小売店を潰してきた。住んでいる地域で買い物ができなければ、高齢者などの弱者を切り捨てることになる。大企業、大型店ばかり優遇すれば、そのツケが必ず弱者に回ってくる。そして過疎化が進めば、医療も福祉も切り捨てられる。

 発電にしても、大形の発電所に頼るのではなく、できる限りそれぞれの地域で賄うシステムにしていくべきではないか。メガソーラーも疑問だ。地方に人を分散させ、電気もできる限り地域で自給自足できるようにする政策こそ必要なのではなかろうか。

 人間の欲望は尽きない。しかし、そろそろこの矛盾に気づいて方向転換しないと、取り返しのつかないことになるだろう。もう、その分岐点を過ぎてしまったかもしれないが・・・。

関連記事