川辺川ダムとイツキメナシナミハグモ

松田まゆみ

2008年09月15日 20:42

 クモの愛好者にとって、川辺川ダムといえばイツキメナシナミハグモです。

 このクモは熊本県五木村の川辺川流域に開口している九折瀬(つづらせ)洞という鍾乳洞にのみ生息しているクモで、1998年に新種として記載されました。洞穴性のために目が退化していてメナシという名がつけられています。

 環境省のレッドリストで絶滅危惧1類に指定されていますが、日本のクモで絶滅危惧1類に指定されているのはこのクモだけです。

 なぜ絶滅危惧1類かというと、川辺川ダムが建設された場合、九折瀬洞にすむ生物の生存が危ぶまれるからなのです。

 九折瀬洞は入口から奥に向かって高くなっているのですが、満水時には洞穴の半ばまで水が入ることになります。九折瀬洞には昆虫やクモ、多足類などの無脊椎動物が生息していますが、ダムができると動物たちの生息できる面積が小さくなってしまいます。

 問題はそれだけではありません。満水時には洞穴の入口が完全に水没してしまうのです。すると、九折瀬洞に生息しているコウモリが出入りできなくなってしまいます。植物が生育していない洞穴内では、コウモリの糞は無脊椎動物にとって重要な栄養源となっており、洞穴の生態系になくてはならないものなのです。コウモリが自由に出入りできなくなれば、洞穴に棲む動物たちは危機的な状況にさらされる可能性があります。

 九折瀬洞には、ほかにもツヅラセメクラチビゴミムシ(絶滅危惧1類)のほか、固有種と思われる無脊椎動物が生息していて、非常に貴重な洞窟なのです。

 このように書くと、一つの洞穴に棲む生物が絶滅したところで何も影響などないと考える人がいることでしょう。でも、本当にそのように考えていいのでしょうか?

 地球上の多様な生物は、気の遠くなるような歴史の中で種分化によって生まれてきました。絶滅してしまった種もたくさんあるはずですが、現存している種は生態系の一員として意味ある存在のはずです。一つひとつの種は、そうした進化の歴史の重みを背負って生きているのです。

 その重みを背負った多様な生物が複雑に絡み合って生態系が保たれています。たとえ目に見えないような小さな生き物でも、生態系のなかで非常に大きな役割を果たしていることもあります。

 櫛の歯が1、2本欠けただけであればさほど影響がなくても、半分も欠けてしまったらもはや櫛の役目を果たさなくなります。なんだかおかしいと気付いたときには、すでに手遅れということになりかねません。だからこそ生物多様性の保全が求められているのです。

 森林伐採や開発行為など、人間のエゴによって多くの種が絶滅に追いやられていますが、多少の種の絶滅など人間には「関係ない」とか「影響ない」などと思い込んでしまうことこそ危険です。そうした傲慢さは、いつか私たち自身に跳ね返ってくることでしょう。

 生物の視点から見ても、「川辺川ダムはいらない」のです。

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