変わり果てた春国岱とイソコモリグモ

松田まゆみ

2010年09月09日 16:44

 7日から8日にかけて、道東にイソコモリグモの調査に行ってきました。7日は風蓮湖の北側の砂州(走古丹)を調査しました。ここの砂州も浸食が進んでいるのでしょう。砂浜は残ってはいるのですが、護岸化が進んできており、砂州の先端部にはテトラポットが積まれていました(写真)。イソコモリはいることはいるのですが、生息地はとぎれとぎれになっていました。このまま護岸化が進めば、生息地はどんどん狭まっていくと思われます。




 こちらの写真は浸食によって道路が決壊してしまったところです。道は右側を迂回しています。




 西別川の河口から砂州の先端までは約12キロあります。先端まで行って、所々で生息状況をチェックしながら戻ってきたのですが、西別川の河口にたどり着くころには、すっかり陽が傾いてうす暗くなってしまいました。一日目はこの砂州の調査で終わってしまいました。

 翌日は、風蓮湖のもうひとつの砂州である春国岱から調査をスタートです。ここは学生時代に野鳥観察で来たことがありますが、その頃の記憶とかなり変わっていました。学生の頃はイソコモリグモのことは知りませんでしたので探しもしませんでしたが、その後、ここにイソコモリグモが生息しているという情報は聞いていました。

 しかし、久々に目にした春国岱は、湿原と森林の織りなす美しい景観の中を立派な木道が我が物顔に突っ切っていました(写真)。今は壊れてしまっているものの、展望塔まであります。




 そして海に目をやると、海岸にそってテトラポットの堤が延々と築かれているではありませんか。そのテトラポットの下には、どこか別の場所からもってきた岩石が敷き詰められています。テトラポットが沈んでしまわないようにするためでしょうか。テトラポットの堤に沿って砂利を敷き詰めた道が続いています(この道は車両通行禁止なので、調査は歩いていかねばなりません)。果たして、こんな環境でイソちゃんはいるのかと不安になってきました。




 春国岱のエゾマツ林は、はかつての尾岱沼のトドワラのような光景が広がっていました。手前の木々が立ち枯れてきているのです。砂州は自然に形を変えるとはいうものの、三十数年の歳月は、景観まですっかり変えてしまいました。

 シギの声で気づいたのですが、今は秋の渡りのシーズンです。水辺にはシギが降り立ち、涼しげな声を響かせています。キアシシギ、アオアシシギ、トウネン、ハマシギ、チュウシャクシギなど、久しぶりにシギの姿と声を楽しみながら、まずは木道の散策です。

 ところが、立派な木道は、沼を渡る橋の先で水没していて通れません。エゾマツの立ち枯れもそうですが、この砂州は野付半島と同じように沈降しているのでしょうか。ここから海岸に出て砂利道を歩きましたが、なかなかイソコモリが棲めそうな場所がありません。

 展望台のあたりにきて、ようやくテトラポットと道路の間に、イソちゃんの棲めそうな砂浜が現れ、巣穴を見つけることができました(写真)。ここから先にはずっと生息しているのかと思い少し先まで進んでみたのですが、展望台から300メートルほどのところで生息地が途切れてしまいました。砂州の先端はそのはるか先。このあとに予定している調査地のことを考えると、この辺で調査を断念せざるを得ませんでした。ということで、砂州全体の生息状況はつかめませんでした。




 おそらく、かつては春国岱の海岸には広くイソコモリが生息していたのではないでしょうか。しかし、今は護岸化によってかなり生息範囲が狭まってしまったように思われます。現在の生息地も、今後の環境変化によってどうなるのかわかりません。

 地盤の沈降は自然の現象としてどうすることもできませんが、海岸の人工化によって生息地が破壊されていくのは、なんとかならないものかと思わざるを得ません。

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