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2018年04月11日

「君たちはどう生きるか」は人類にとっての永遠の課題

 昨年出版された漫画版の「君たちはどう生きるか」がかなり売れているという。私は漫画はあまり好まないし、こういう本は原作を読んでみるに限るという考えなので、遅ればせながら岩波文庫版を読んでみた。著者は東京大学の哲学科を卒業し、編集者、評論家、作家、翻訳家の肩書を持つ吉野源三郎氏(1899-1981)。「君たちはどう生きるか」は80年前の1937年に「日本小国民文庫」の中の一作品として書かれたものだ。

 この作品はコぺル君というニックネームの15歳の少年が主人公だ。中学校でのいじめ問題や友人関係で悩むコぺル君の日常生活と、コぺル君の相談相手である叔父さんがコぺル君に宛てて書いたノートによって構成されている。つまり、コぺル君の人間関係の悩みというストーリーを軸に、吉野さんのメッセージを「叔父さんのノート」という形で織り込んだ作品だ。

 本書で吉野さんが叔父さんに語らせている若者へのメッセージは、かいつまんで言うならおおよそ以下のようなことだ。

・差別をしてはいけないこと。
・人間は協力し合って生きていかねばならない存在であること。
・物ごとを俯瞰的に見ることの大切さ。
・主体性(自分で考え行動する)を持つこと。
・人類の発展のために学ぶこと。
・過ちを犯したときはそれを認め謝罪すること。

 これだけを読めば、当たり前のことを言っているにすぎないと言う人もいるかもしれない。しかし、この当たり前のことを実践できている人というのは、実のところそれほど多くはない。

 この本が書かれた1937年といえば、おぞましい日中戦争が始まった年だ。そして1941年には太平洋戦争が勃発した。国中が軍国主義に染まり、社会主義の運動は弾圧され、自由に物を言うこともできない息苦しい時代だ。1938年には国家総動員法が制定され、国民は強制的に戦争に駆り出されることになった。あの当時、日本人の多くはメディアに翻弄され軍国主義に大きな疑問も持たず時代に流されていたのではなかろうか。あるいは疑問に思っても口に出せず、国に従うしか術がない生活を強いられていたのだと思う。そんな状況にありながら、というよりそんな時代だからこそ次世代を担う若者達に主体性を持つことの大切さを伝えようとしたのが「日本少国民文庫」であり本書だろう。

 吉野さんは治安維持法で逮捕投獄され、執行猶予で釈放されたときにこの本を書いたという。身の危険を感じながらも、検閲で引っ掛からないように細心の注意を払って書いたに違いない。壮絶な時代の中にありながら、若い人たちへ向けた熱い想いが伝わってくる。

 本書が発行されてから80年経った今、再び脚光を浴びているのは単に漫画版で読みやすいとかブームというだけではなかろう。80年経っても、まだそのメッセージが新鮮だということに他ならないと思う。つまり、国民の主体性が完全に奪われ全体主義に染まった息のつまるようなあの時代から80年経った今もなお、私たちの多くが本書に示されたメッセージを実践できないがゆえに、「人はどう生きるべきか」という問いが繰り返されるのだ。

 当たり前と思えることがなかなか実践できない。それどころか近年はますます状況が悪くなっているかのように思える。ひとつにはこの当たり前のことを戦後の学校教育の現場で何ら教えてこなかったということがあるだろう。教えてこないというより、むしろ逆行する教育を行ってきたのではないか。つまり、自主性よりも従順であることを求め、リーダーとなりうる一握りのエリートの育成しか考えてこなかったのではないか。その他大勢はリーダーに従っていればいいのだと。

 受験に追い立てる競争教育は学ぶことの意味を置き去りにし、周りの人たちを「敵」にする。競争に乗れない子どもは落ちこぼれのレッテルを貼られ疎外される。近年の行き過ぎた資本主義は格差を生み、格差は憎しみを生む。学校は子ども達が協力しあう場ではなくなり、差別やいじめが後を絶たない。

 他国のことはよく分からないが、日本の若者は恐ろしく政治に無関心だ。戦後生まれの大人たちは、子ども達に政治に関心を持つことの大切さを教えず、主体性はおろか「周り」に合わせていればトラブルを避けられると教えてきた。私が若い頃は、政治の話しをする友人など誰もいなかった。

 こんな具合だから、自分の身を守るために自己主張をせず波風を立てないことがよしとされ、事なかれ主義が蔓延する。事なかれ主義で自分の責任を回避する習慣が身についているから責任感が欠如し、過ちを犯しても認めようとしない。吉野さんのメッセージと逆行する教育がなされてきたとしか思えない。

 太平洋戦争を経験した世代の人々が高齢になり戦争を知らない世代ばかりになってきた昨今、戦争というものがどれほど愚かで惨いかを想像できない人達が増えている。子どもだけではなく多くの大人が政治に無関心であり、関心があるとしてもせいぜい「景気」が良くなり自分の生活が安定するかどうかくらいしか頭にないからではなかろうか。だからアベノミクスにも簡単に騙されてしまう。

 そこには人の無知があり、思い上がりがあり、限りない私欲がある。「君たちはどう生きるか」で吉野さんが発信しているメッセージはシンプルで難解なことではない。しかし、怠惰で強欲な人類にとって、永遠の課題なのかもしれない。
  


Posted by 松田まゆみ at 15:43Comments(0)雑記帳