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鬼蜘蛛の網の片隅から › 野鳥 › 下村兼史写真展と著書「北の鳥 南の鳥」

2018年09月18日

下村兼史写真展と著書「北の鳥 南の鳥」

 今月の21日から26日まで、山階鳥類研究所主催の下村兼史氏の写真展があることを思い出した。残念ながら遠い上に諸事情で行くことができない。もし興味をお持ちの方がいたらと思い、紹介しておきたい。

【タイトル】ー下村兼史生誕115周年ー 100年前にカワセミを撮った男・写真展
【会期】2018年9月21日(金)〜26日(水)11-19時(最終日16時まで)
【会場】有楽町朝日ギャラリー(東京 JR有楽町駅前マリオン11F)
【入場料】無料
【主催】公益財団法人山階鳥類研究所

 詳しくはこちらを参照していただきたい。

 下村兼史氏ですぐに思い出すのは「北の鳥 南の鳥 改訂版」(三省堂)という北千島、三宅島、奄美大島、小笠原での野鳥の観察記録を収めた本だ。若い頃に古書店で入手したが、今も大切にしている。奥付を見ると昭和17年9月30日に改訂版初版が発行されている。太平洋戦争のさなかの出版だ。

 この時代の本を持っている人は少ないと思うが、もちろん紙は茶色く変色し、字体は旧字体ですこぶる読みにくい。当時の本としては珍しいと思うのだが8ページの口絵写真があり、下村氏が撮影した野鳥の写真に目を見張った。今のように写真機も発達していなかったであろうこの時代に、野鳥の生態写真を撮っていたことに驚嘆する。

 私がとりわけ惹かれたのはもっともページ数が割かれている「北千島の鳥」だった。下村兼史氏の観察眼も知識も写真もすばらしいが、文章も上手い。細やかな情景描写は見知らぬ北の島の自然を活き活きと描きだしている。この本は野鳥観察記録であると同時に珠玉のエッセイでもある。

 私が野鳥に興味を持ち始めたのは小学校高学年の頃で、中学校、高校はもっぱら市街地の緑地や高尾山などで野鳥を見ていたのだが、大学に入ってからは干潟に渡ってくるシギやチドリなどの水鳥を見ることに夢中になっていった。シギやチドリの多くは日本より北のツンドラなどで繁殖し、冬は雪のない暖かい地域に移動する渡り鳥だ。日本の干潟で越冬する種もいるが、多くは日本を通りこしていく。つまり、日本の干潟や湿地は彼らの渡りの中継地にすぎない。

 しかし、シギやチドリが渡ってくる干潟や湿地は開発等で埋め立てられ、どんどん消失していた。私は日本各地の干潟を訪れては、彼らに迫りくる危機を憂い、彼らの故郷である北国の湿地に想いを馳せた。そのシギやチドリの繁殖地の光景がこの本にはありありと描かれており、「北千島の鳥」は何度も読んだ。

 下村兼史氏が野鳥の観察に赴いた当時は北千島は日本の領土であり、火山島のふもとにある沼沢地ではシギやアビ、シロエリオオハムなどが繁殖していたのだ。下村氏の観察記録を読めば、パラムシル島の南部の海岸近くには湿原が広がり、毎日のように深い霧に覆われて肌寒く、野鳥観察は容易ではないことが分かるのだが、一方でそんな厳しい自然の中で子育てをする野鳥たちのことを想像しては心をときめかせた。

 ところで、ウィキペディアによると下村兼史氏が北千島に行ったとき(1934年、1935年)は農林省の職員だった。そんな彼がどういう理由でカムチャッカ半島に近い北辺のパラムシル島にまで野鳥の観察に行ったのかずっと不思議に思っていたのだが、以下の山形県立博物館研究報告にある「下村兼史が北千島パラムシル島で採集したツノメドリFratercula corniculata卵標本の採集日の検証」という報文によってその謎が解けた(余談だが、この著者のうち3人は知っていて懐かしい。お一人が故人になられたのはとても残念だが)。

山形県立博物館研究報告第34号

 それによると、山階芳麿氏が鳥類の標本の収集のために下村氏をパラムシル島に派遣したそうだ。そして、そのときの標本が山階鳥類研究所と山形県立博物館に所蔵されていることも知った。今でこそ野鳥を銃で撃って標本にしたり、巣から卵を持ち出して標本にするなどということは考えられないが、当時は研究のためにそういうことも普通に行われていたのだ。それにしても、あの時代に野鳥研究のためにパラムシル島に渡り、生態写真を撮ったり標本を収集したという事実に、今さらながら驚かされる。

 下村兼史氏の作品でもう一つ思い出すのは、「或日の干潟」という映画だ。これは私が東京にいた頃に上映会があって観に行ったことがある。だいぶ昔のことなのでうろ覚えだが、下村氏の地元でもある有明海の干潟の生き物を追った名作だった。古い映画なので画像は雨降り状態だったが、広大な干潟や群れ飛ぶシギやガンの映像は圧巻だった。失われた日本の自然や風物詩を捉えた貴重な作品だ。

 下村兼史氏(1903-1967)が生まれてから115年、パラムシル島に赴いてから84年、そして亡くなってから51年の歳月が流れた。日本の干潟や湿地の光景は一変しシギやチドリなどの渡り鳥の数は激減したが、パラムシル島にはまだ84年前と変わらぬ風景が広がっているのだろう。

 没後51年なら、ちょうど著作権が切れたことになる。いつか、「北の鳥 南の鳥」を新字体でネットにアップできたらなどと思っている。


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Posted by 松田まゆみ at 10:11│Comments(0)野鳥
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