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鬼蜘蛛の網の片隅から › 自然保護 › 市民を騙し翻弄させた諫早湾干拓

2011年02月02日

市民を騙し翻弄させた諫早湾干拓


 数日前のことになるが、NHKスペシャルで「“精算の行方 ~諫早干拓事業の軌跡~」というドキュメンタリーが放送された。「ギロチン」と言われている諫早湾の潮受け堤防をめぐって漁師の方たちが排水門の開門を求めて裁判で闘っていたが、開門を命じた判決を受けて放送された番組だ。

 潮受け堤防が完成し、海を仕切る板が水しぶきをあげながら端から落とされていく光景は、まさにギロチンだ。大自然を相手に、こんな馬鹿げた工事に巨額の税金を投じてきたことに、愕然とする。自然を冒涜した愚行は豊かな漁場を壊滅させ、排水門の開門を余儀なくさせた。浅はかな人間が負けたのだ。

 番組で描き出されていたのは、田中角栄の日本列島改造論の掛け声によってはじまった国家による騙しの構図だ。

 諫早湾を潮受け堤防で仕切ることについては、専門家らが漁業への悪影響を予測する調査報告書を提出していたのだ。ところが、国は影響に関する部分を改ざんし、影響がほとんどないと変えてしまった。これについては、調査に関わった学者がインタビューで語っていた。その改ざんされた報告書を信用した漁業者は次々と干拓賛成にまわり、一世帯1000万円の保証金をもらった。はじめは埋め立てに反対していた漁師が、最終的には保証金によって懐柔されてしまうというのは、よくあるパターンだ。人はお金に弱い。

 しかし、潮受け堤防の完成によって漁獲量は激減した。騙された漁師は豊な海を失い、それまでの安定した生活は崩壊した。

 一方、干拓地に入植した農家は、開門を命じた判決に怒り、国に怒り、漁師たちにも怒りをぶつける。漁師も国に騙された被害者であれば、農家も国に騙された被害者だ。同じ被害者でありながら、判決をめぐって対立する構図は悲惨だ。諫早湾干拓という巨大公共事業は、地域の人々を騙し、翻弄させ対立を生んだ。悪いのは彼らではないのに、人々を引き裂いていく不条理・・・。そして、無駄な事業に費やされた巨額の税金。やりきれない思いだ。

 八ッ場ダムとて似たような構図だ。国はヒ素の問題も、脆弱な地質のことも隠し、事業の目的がなくなってもごり押しをしてきた。地元住民を翻弄させ、賛成と反対に引き裂いた。こうした騙しの構図は、日本の大型公共事業に共通する。

 番組では事業を推進してきた行政、調査報告書の改ざん、漁業者、入植した農家の人たちの怒りや苦悩を中心に追っているが、漁民対農民の争いのように描いてしまったのは、責任を曖昧にしているようでしっくりとしない。

 NHKが今ごろになってこの問題を取り上げたのも、裁判で国が負け、開門が決定したからだろう。もっと早い時期から多くの人の声を聞いたドキュメンタリーを作成し、国民に問題点を投げかけることこそマスコミの役割というものだ。

 諫早湾には学生時代に二回ほど行ったことがある。干潟に生息する野鳥の観察が目的だ。潮が引くと、はるかかなたまで続く広大な干潟に圧倒された。遠くの野鳥も、海に立つ「海苔ひび」の棒も、漁師の船もかげろうにゆらいでいた。底なし沼のように見える干潟にはムツゴロウをはじめとしてたくさんの生物たちがひしめいていた。そこに羽を休める渡り鳥の群れ・・・。延々と続いてきた自然の営みだ。そんな光景はギロチンによって消えた。

 干潟はそれ自体が生物の宝庫であり、海の浄化装置だ。しかし、埋めたてによってこの国からどれほどの干潟が消えてしまったのだろう。数字にしたら驚くほどの面積に違いない。失われたものは計り知れない。この国の政府は、馬鹿げた公共事業を心から反省するときがくるのだろうか。


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Posted by 松田まゆみ at 17:23│Comments(4)自然保護
この記事へのコメント
ほんとに見あきた構図です。
弟子屈の国立公園内のゴルフ場に反対運動をしたことがあった。
土地を提供した農民は、地域の活性化のためと説得されたので渋々土地を手放すのである。我々に火のように噛みついてきた。
彼らも被害者なのである。
Posted by そりゃないよ獣医さん at 2011年02月02日 22:50
 NHKが今ごろになってこの問題を取り上げたのも、裁判で国が負け、
開門が決定したからだろう。もっと早い時期から多くの人の声を聞いた
ドキュメンタリーを作成し、国民に問題点を投げかけることこそ
マスコミの役割というものだ・・・。

私も同感です。松田まゆみさんのおっしゃる通りだと思います。
今の報道関係者はNHKも含めバラエティー化がひど過ぎますね。
おもしろおかしくが先に立って、問題の本質が見えてきません。
怖いのは、NHKが「公共放送」とお題目を唱えるだけで安穏と
できる不可思議です。「公共」と声高らかに前面に出しても国の
方針に反旗を翻したことが(紛糾真っ最中に)あったでしょうか。
疑問に感じても臭いものには蓋をしてきて、今更後追い報道を
するのは「公共」の意味をはき違えていると私は感じています。
勝てば(世論に迎合)良し。負ける(圧力に)と思えば蓋をする。
自然探訪のような映像がNHKには山のようにあると思います。
諫早湾で羽を休める鳥たちやムツゴロウの安息の地を日本が
誇る自然美と語りかけていたNHKお得意の映像はギロチンが
始まる前後に流されなかったことを見ても、国会で予算を通す
ためと上層部が策略してのでしょうね・・・。もういらないものの
筆頭にNHKを上げたいです。ほんとに怒り心頭です。
Posted by 北の旅烏 at 2011年02月03日 09:48
獣医様

おっしゃる通り、国民を騙して自然を破壊する、無駄な公共事業をするというのは常套手段ですね。大規模林道にしてもそうでしたし、ダム問題も然り。
こうした騙しの構図を見抜かなければならないのに、ダム問題ひとつとっても今でも同じことをやっています。
Posted by 松田まゆみ at 2011年02月03日 20:38
北の旅烏様

NHKのドキュメンタリーは内容的に優れたものもありますが、それはいつも過去のことになってから放送されます。現時点で問題になっているものは、まず真っ向から取り上げようとしません。このような姿勢は非常にずるいといつも感じます。

私は自然保護に関わっていますが、たとえば違法伐採の現場に記者がきたときも、NHKより民放の方が市民の目線にたった報道をします。NHKはいつもお上を気にしているようで、とても「公共放送」とは言えません。
Posted by 松田まゆみ at 2011年02月03日 20:53
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