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鬼蜘蛛の網の片隅から › 原子力発電 › 御用学者の深い罪とメディアリテラシー

2012年05月09日

御用学者の深い罪とメディアリテラシー

 池田信夫氏が主宰するアゴラ研究所のサイトにこんな記事が掲載された。

放射能パニックからの生還=ある主婦の体験から-自らの差別意識に気づいたことが覚醒の契機に

 ここに登場する白井由佳さんは、福島の原発事故の直後はインターネットなどで情報を収集し「御用学者」の話が間違っていると思っていたのに、その後、考えを180度転換させ「御用学者」と言われている人たちの情報が正確な情報であったと考えるようになったようだ。そして、放射能の危険性を指摘する人たちを「放射能パニックに陥った人たち」だと言い、放射能パニックはカルト宗教への依存と似たものがあったと感じているという。

 放射能のことを気にしていなかった人が、インターネットで情報収集をして危機意識を持つようになったという事例なら分かるが、このような方がいるとは正直いって驚いた。

 誰が何を考え、何を信じるかは自由だ。しかし、私が不可解に思うのは、白井さんが考えを180度転換させることになった根拠がこの記事ではまったく分からないことだ。

 白井さんが考えを変えるきっかけになったのは、友人である福島出身の若い男性が福島から来たというだけでひどい差別を受けたことだったという。その男性を差別したのは、白井さんの言うところの「放射能パニック」に陥っている人だったのだろうか? ただ、放射能の恐ろしさを指摘している人たちが皆、福島の人を差別しているわけではない。また差別はたしかに不適切だが、その差別と「御用学者」の発する情報が正しいか否かは無関係でありまったく別のことである。

 少なくとも白井さんが「放射能の危険性を指摘する人たちの意見が間違い」であり、「御用学者と言われる人たちの情報が正しい」と判断した根拠を明確に示しているのであれば、読者も彼女の変化を理解できるだろう。しかし根拠も示さず、カルト宗教に置き変えてしまうのはあまりに非科学的ではないか。

 白井さんは放射能の恐ろしさを伝える人たちを「放射能パニック」と結論づけてしまった。しかし放射能がさまざまな病気を引き起こすことは原爆やチェルノブイリなどの事故からも明らかだし、科学的にも説明されている。放射能に対し危機意識を持ち恐れるのは当たり前のことだし、そういう人たちがみんなパニックに陥っている訳でもない。結局のところ、白井さんは危険を察知する能力があったのに、不安にかられた挙句、いわゆる「正常性バイアス」に捉われてしまったとしか思えない。

 「正常性バイアス」については以下の守田敏也さんのブログで分かりやすく説明されている。

避難を遅らす「正常バイアス」

 東北から関東までの広い地域が汚染されてしまったのだが、そこに住む人たちが毎日被ばくの不安にかられていたなら日常生活に支障をきたす。そのような状況になると、人は危険を察知する能力を下げようとする適応機能が働き「大丈夫」だと思い込んでしまうのだ。汚染された地域で暮らしている人には、無意識のうちにこのような「正常性バイアス」が働いている人たちが多いのだろう。白井さんの放射能への不安を解消させたのが「正常性バイアス」に捉われている周囲の人たちの言葉だったのではないか。しかし、何年もしてから健康被害が生じる低線量被ばくの場合は、この「正常性バイアス」が命取りになりかねない。

 彼女の場合、不安が増大してパニック状態になった挙句、その不安の解消の仕方が間違った方向に行ってしまったと思えてならない。日本が放射能汚染され、汚染された食べ物が流通し、汚染瓦礫が拡散されている状況の中で必要とされるのは、「不安」を「パニック」とか「異常」と位置付けて忌避することではなく、事実を直視し「汚染を覚悟する」心構えだろう。いくら心配したところで、もう汚染のない日本には戻れないのだ。情報を取捨選択し、危機を見据えた上で被ばくを避ける努力をし、声をあげていくしかない。

 それにしてもパニックになった挙句、御用学者の情報が正しいと信じてしまったとは、この方のメディアリテラシーに疑問を抱かざるを得ない。御用学者の罪に関しては、以下の記事を読んで考えてもらいたい。冷静に考えれば、誰でも理解できることだと思うのだが。

成澤宗男:「山下俊一」という「3・11」後に生まれた病理(Peace Philosophy Centre)

 大マスコミが原子力ムラの一員となって被ばくの危険性に口をつぐんでいる今、日本人のすべてがメディアリテラシーを問われている。



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Posted by 松田まゆみ at 16:07│Comments(6)原子力発電
この記事へのコメント
こちらの「正常”性”バイアス」については
一次情報が広瀬教授の著作、
二次情報が新聞、
守田敏也さんのブログが三次情報となります。

広瀬教授の著作やインタビューを読めばわかりますが、
守田敏也さんのブログは、曲解といっていいレベルの独自解釈が加えられています。、そもそも用語に誤りが多すぎます。

日本語では、正常性~、正常~だと意味が変わります。

広瀬教授の著作は新書でわかりやすく記述されているので、
まず一次情報にあたって見ることをおすすめします。
Posted by わし at 2012年05月10日 09:45
わし様

ご指摘ありがとうございました。

「正常バイアス」は「正常性バイアス」に直しました。確かに「正常」と「正常性」では意味が違ってきますし、誤った使い方です。

守田さんのブログでは後半に広瀬教授のインタビューが転載されていますので、読者の皆さんはそちらを参照していただけたらと思います。
Posted by 松田まゆみ松田まゆみ at 2012年05月10日 10:34
まつださん、おばんです、此れは曲解といっていいレベルの独自解釈に相違ございませんね。
事実を積み上げて警鐘されている情報を脅威と
感じて御用な方たちにまんまと染められる。
こういう人は短絡な逃避傾向をお持ちなんでしょうか。
事実を見つめる目は曇らせないようにしたい物ですね。
Posted by こると at 2012年05月10日 17:46
こると様

御用学者がさかんに「放射能を怖がることのストレスの方が健康に悪い」などと吹聴していますが、それに簡単に引っ掛かってしまったように思います。

それにしても御用学者のいい加減な発言を疑問に思わないで信じてしまうのが不思議です。
Posted by 松田まゆみ at 2012年05月10日 23:08
松田 様

先日は、記事を転載させて頂き、ありがとうございました。
自分なりに失礼のないよう配慮したつもりではありますが、至らない点がございましたら、忌憚なく仰ってください。

”正常性バイアス”と”認知性バイアス”については、作家兼写真家の藤原新也氏も、彼のサイトで指摘されていました。

記事でのご指摘の通り、日常性を維持したいという気持ち(正常性バイアス)はある意味自然な感情であると同時に、現実を直視することから目を背けることでもありますよね。

一方、危機管理意識が強く、放射能の危険性を正確に認識することを「認知性バイアス」と、先の藤原氏は定義していましたが、松田さんのご意見に同じく、どちらにせよ、両極の意見に偏らず、それぞれの嗅覚と経験に照らして、膨大な情報を取捨選択することが大切だと思います。

余談ですが、この記事を拝読して、カミュの「ペスト」を思い出しました。

アルジェリアのオランという街でどんどんペストが広がって行く中、それでも人々は何事もなかったかのように、カフェで談笑したり、ショッピングを楽しんだりしている…

危機の只中にいながら、それでも”日常性”を維持しようとする大衆意識を、半世紀も前に喝破していたカミュの目には、今の日本の姿はどう移っているのでしょうね…

木枯らし
Posted by 木枯らし at 2012年05月16日 17:49
木枯らし様

興味深いご指摘、ありがとうございました。おっしゃる通り、「安全」か「危険」かのどちらかに決めつけてしまうのではなく、常に危険を意識して判断・行動することが大事ですね。

北海道新聞の夕刊に道新記者による「今日の話題」というコラムがあるのですが、昨日のこのコラムでも広瀬弘忠さんの著書に触れ、「正常性バイアス」のことが取り上げられていました。

その中で「広瀬さんは一定の不安感を抱き続けることを説く。有珠山の噴火に見舞われた洞爺湖周辺の試みを例に挙げ、災害の恐怖を伝えることが大切という」と書かれています。

放射能のような目に見えず健康被害がすぐに生じないことに関し「一定の不安感を抱き続ける」ということはとても難しいのですが、その難しいことが求められているのだと思います。
Posted by 松田まゆみ at 2012年05月17日 09:42
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