さぽろぐ

  日記・一般  |  その他北海道

新規登録ログインヘルプ


鬼蜘蛛おばさんの疑問箱 › 自然・文化

2013年01月07日

消えゆく心の豊かさ

 沖縄在住の「木枯」さんのブログの今年はじめの記事に、木枯さんがインドを旅したときの写真が掲載されている。実に生き生きと輝いた目をしているインドの子どもたちの写真に、私はしばし見入ってしまった。

いちごいちえ

 そして、すぐに故渡辺容子さんがフィリピンに行ったときの写真を思い出した。そこには木枯さんの写真と同じような子どもたちの笑顔があった。

1994年フィリピンの子どもたち

 彼女はその前の年にネパールにも行って子どもたちの写真を撮っている。

1993年ネパールの子どもたち

 インドの子どもたちも、フィリピンの子どもたちも、ネパールの子どもたちもとても生き生きとした顔をしている。ちょっとはにかみながらも、屈託のない笑顔、豊かな表情。今の日本の子どもたちに、こんな笑顔を見つけることができるだろうか?

 彼女がフィリピンの子どもたちについて書いた文章がある。

フィリピンにて

 できれば全文を読んでもらいたいのだが、最後の部分をここに引用したい。

 それにしても、カバジャガンの人たちの笑顔は豊かで美しかった。大人も子どもも、美しい海と空とゆったりと流れる時間の中で、「食べて住んで、そして楽しむ」という、人間の最も基本的で人間らしい生活を、日々自分自身の手で紡いでいた。美しい豊かな笑顔は、その喜びに裏打ちされているのだった。

 ふりかえって、今の日本に住む私たちはどうだろう。そんな自然な暮らしとはほど遠いところへ来てしまった。今となっては、戻ることなどできはしない。それはわかっているけれど・・・。カバジャガンにはまだあるような、真の意味での豊かさが失われ、物ばかりあふれ、時間に追われ、効率だけが求められ、友だちと1本のギターを共有するのではなく、友だちをけおとし、自分が出世しなければならない日本の生活、そういう日常生活それ自体が、今、子どもたちに襲いかかって、押しつぶそうとしているのではないだろうか。それはもちろん、子どもばかりでなく、大人も同じである。

 今の時代の<不安>の中で、大人もまた自分の心を偽っている。こんなふうに物があふれ、次から次へとコマーシャルなどの刺激によって欲望を生み出さされ、物(文化も含め)を消費することだけを押しつけられているような、すべてが管理、操作されている世の中。そこでは、自分のやっていることをちょっと立ち止まって考えてみることすら、相当意識的にやらないと、できないで流されていく一方だと思う。流されているうちに、自分が本当に大切にしたいものなど、ひとつ残らず忘れてしまった。

 最後に残された人間らしさが、<不安>だけを感じている。その<不安>が見えてしまったらこわいから、自己防衛本能でみんなそっちを見ないようにしている。だから、むしろ望んで管理、操作されているのではないか。こうなると悪循環だ。管理、操作され、自分を見失う。すると<不安>になるから、自分を見たくなくて、管理、操作されたがる。

 でも、そうやって逃げてばかりいると、いまにきっととりかえしのつかないことになる。それに、<不安>は確実にあるのだから、永遠に逃げ回っているわけにはいかない。勇気をもって立ち止まるしかない。そして、ふりかえって、<不安>をしっかりと見据え、対決するのだ。


 写真からも分かるように、彼らの生活は物質的にはひどく貧しい。それゆえに、子どもとて家の仕事を手伝うのが当たり前の生活。たぶん文句を言うこともなく、当たり前の日常として仕事をこなしているに違いない。もちろん、今は渡辺さんがこの文を書いたときとは状況が変わっているのだろうが、こんな生活をしている人たちは世界にはまだまだ沢山いる。溢れる物に囲まれている今の日本の子どもたちには想像もつかない世界だろう。

 私が子ども時代を過ごした頃はまだ物も少なくて、少なくとも精神的には今よりもはるかに健全だったのだと思う。ちょうど、「ALWAYS三丁目の夕日」のあの時代、あの風景だ。今はいたるところに物が溢れて生活も便利になった。鉛筆1本も大事に使った子どもの頃の生活が嘘のようだ。その反面、「人間の最も基本的で人間らしい生活」がどんどん無くなっている。子どもも大人も、周りの人の顔色を窺いながら本音を隠し、自分を殺して生きている。そこから屈託のない笑顔など生まれるはずもない。それで本当に私たちは幸せになったのだろうか?

 もちろん、昭和時代のような生活に戻るべきだというつもりはないし、そんなことにはならないだろう。しかし、社会のありようがあまりに非人間的になっていることに改めて驚かされる。私たち人類はいったいどこまで物質的豊かさや利便性を追求しつづけるのだろうか? それが本当に豊かな生活なのだろうか?

 渡辺さんも書いているように、不安を見ないようにしているうちに、私たちは管理され操られていた。そしてとんでもない格差社会になり、原発も爆発してしまった。彼女がいっていた通り「とりかえしのつかないこと」になってきている。

 生き生きとした子どもたちの写真は、人間にとって本当に大切なものを思い出させてくれる。



 さだまさし氏の「やはり僕たちの国は残念だけど何か大切な処で道を間違えたようですね」という言葉を、どれほどの日本人が実感しているのだろうか。



  
タグ :豊かさ


Posted by 松田まゆみ at 15:26Comments(4)自然・文化

2012年10月01日

家庭菜園から利便性追及社会の矛盾を考える

 今年の北海道は9月中旬まで暑いくらいの気候だったこともあり、家庭菜園のハーブの収穫ものんびりとしていたのだが、下旬になって一気に寒くなってきた。とはいっても平年並みなのだが。

 考えてみれば、9月も下旬になればいつ霜が降りてもおかしくない。10月中旬には紅葉の最盛期を迎える。植物ももうじき生長を停止する季節だ。そう思って、あわててペパーミント、レモンバーム、スイートバジル、パセリなどの収穫を始めた。これらは乾燥させてハーブティーや料理に使う。

 下の写真は収穫したスイートバジルとパセリ。収穫してから水洗いをし、ザルに入れて水を切ったところ。





 これをネットに入れて乾燥させる。左のカゴの一番上の段がパセリで、真中と下の段がスイートバジル。右のカゴは3段ともペパーミント。





 そのあとはバットに広げて窓辺に置き、仕上げの乾燥をする(そのままカゴで乾燥させてもいいのだが、次々と収穫するのでこのようにしている)。写真はレモンバーム。なんだかナキウサギの貯食みたいだ(ナキウサギは秋になると雨の当たらない岩の下などに植物を運んで乾燥させ、冬の間の食料にする)。





 カラカラに乾燥したら、手で揉んで茎から葉を落とし、チャック付きポリ袋や瓶などに入れて保存する。

 下は収穫したカレンデュラ(金盞花)。寒さには強いので、霜が降りるまで花をつけそうだ。花弁をむしって、バットや缶に広げて日当たりのいい窓辺で乾かす。天気がよいとオレンジ色が鮮やかなまま乾燥できるが、天気が悪くて乾燥に時間がかかると黒ずんでしまう。カレンデュラは肌に良いそうで、ハーブティーのほか化粧水などを作るのにも使う。









 家庭菜園をやっていてつくづく思うのは、作物をつくるという経験は生物である人にとってとても意義深いものであるということだ。生きるうえで必須の食物をつくるという作業は、自然から糧を得ることであるし、環境問題とも切り離せない。さまざまなことを考えさせられる。

 今年はウリハムシモドキが大発生し、レモンバームやスイートバジル、ペパーミントの葉が次々と穴だらけになっていった。はじめのうちは静観していたのだが、このまま放置したら収穫も危ぶまれる状況だと判断し、途中から手作業で防除をはじめた。その甲斐があってか、収穫前には元気を取り戻した。虫の発生や病気への対処は農薬などの問題を考えることにつながる。

 そもそも同じ種類の作物を大面積でつくれば、それを好む虫が大発生するのは自然の理にかなっている。それを農薬で押さえ込もうとすれば、やがてどこかにしわ寄せがくる。環境汚染であり生物濃縮だ。やがて虫は農薬に耐性を持つようになり、悪循環に陥ってしまう。作物をつくるということはこういう自然の摂理を知ることだし、手間暇を惜しんではならないことを身をもって体験できる。家庭菜園であれば、いろいろな作物をモザイク状に植えたほうがいいのだろう。除草もほどほどが良いのかもしれない。

 北海道の農業は機械と農薬によって大規模化が進んでいる。しかし、そのしわ寄せがあとからくるのだ。農業に限らず、何でも利便性を追求していたら、やがてそのしわ寄せがドッと押し寄せてくるのだろう。人が生物であり生態系の一員である以上、大規模化や利便性追及はほどほどにしなければならないと思う。

 実際に、農薬・機械まかせの大規模農家が大多数を占める一方で、無農薬有機栽培で頑張っている小規模農家も少数ながらある。どちらが自然と共存した健全なスタイルなのかは言うまでもない。

 一極集中を目指して大都市ばかり人口が増え続け、地方は過疎化が進むという構造も同じではなかろうか。大地震などの大災害に襲われれば、大都市はひとたまりもないだろう。大きな被害を出すうえに復興にはとんでもない時間と費用がかかる。地方で大地震が起きても被害が少ないのは歴然とした事実だ。東京にあれほどの高層ビル群を建ててしまったことは間違いだったと思わざるを得ない。方針転換をして地方を大事にすべきだと思う。

 北海道では、都市近郊の大型店の増加も地方の小売店を潰してきた。住んでいる地域で買い物ができなければ、高齢者などの弱者を切り捨てることになる。大企業、大型店ばかり優遇すれば、そのツケが必ず弱者に回ってくる。そして過疎化が進めば、医療も福祉も切り捨てられる。

 発電にしても、大形の発電所に頼るのではなく、できる限りそれぞれの地域で賄うシステムにしていくべきではないか。メガソーラーも疑問だ。地方に人を分散させ、電気もできる限り地域で自給自足できるようにする政策こそ必要なのではなかろうか。

 人間の欲望は尽きない。しかし、そろそろこの矛盾に気づいて方向転換しないと、取り返しのつかないことになるだろう。もう、その分岐点を過ぎてしまったかもしれないが・・・。
  


Posted by 松田まゆみ at 14:37Comments(0)自然・文化

2012年04月27日

失われゆく沼沢地の原風景

 25・26日に紋別方面に出かけた。雪の多かった北海道もだいぶ雪解けが進み、渚滑川や湧別川の河畔にはアズマイチゲの群落が清楚な花をつけていた。いよいよ春の到来だ。





 25日の夜はコムケ湖畔の駐車場で車中泊をした。この季節、こんなところで泊まるような人はまずいない。夕闇の迫る湖面にハクチョウやカモたちの鳴き声が響き渡る。湖畔のヤチハンノキではノビタキがのびやかな声で囀っている。こんな景色を見ながら食事をするのはこの上ない贅沢だ。





 私は山も好きだが、沼や湿原の風景もたまらなく好きだ。学生時代にシギやチドリを見るために全国の干潟や湿地をほっつき歩いたことも影響しているのかもしれない。とりわけ北国の荒涼とした沼沢地の風景は、はるか遠いシギの繁殖地の光景を連想させる。

 本州に比べたら北海道はまだ湿地や沼地が自然の状態で残っているのだろう。釧路湿原、サロベツ原野、浜頓別から猿払にかけての一帯、オホーツク海沿岸の湖沼地帯、十勝地方の海岸部にある湖沼地帯などなど・・・。とはいっても、沼の周辺の湿地は埋めたれられて農地へと変わってしまったところも少なくない。湿地の原風景は失われつつある。

 さらにがっかりするのがキャンプ場の出現だ。日本人は湖があるとキャンプ場をつくりたがる。トイレと炊事場だけの簡素なキャンプ場ならまだしも、たいていは立派な管理棟を造り、街灯を煌々と灯すのだ。シャワーまで付いているところもある。キャンプサイトは芝をはってきれいに整備されている。至れり尽くせりなのだが、せっかく野外で過ごすのになぜこんなに文明を持ち込んでしまうのだろう。

 結局、日本人のアウトドアなどブームにすぎないのだろう。だから、ブームが過ぎ去ればキャンプ場は閑散とし、維持管理費ばかりがかさむことになる。廃れてしまったキャンプ場も少なくない。だいたい所狭しとテントが並ぶキャンプ場では、隣のテントの人たちの声は筒抜けだし、夜中まで騒いでいる人も多い。こんなところにはタダでも泊まりたくない。こういう整備されたキャンプ場を利用する人たちは、自然の楽しみ方を知らないのだろう。しかも北海道はキャンプの季節など夏を中心とした数か月しかない。そのために大々的な施設を造るなど愚の骨頂だ。

 10年ほど前に行ったサハリンでは、人々は週末になると何の施設もない湿地のほとりや渓流のほとりにテントを張ってキャンプを楽しんでいた。彼らのほうがはるかに自然の楽しみ方、付き合い方を心得ている。

 自然の楽しみ方を知っている人なら、そもそも大規模なキャンプ場など造ろうとは思わないのではなかろうか。景観破壊、自然破壊でしかないからだ。結局、地元の町村はお客さんに来てもらいたいがために、キャンプ場などを整備するのだ。整備の先には必ずお金儲けがある。そうやって自然の原風景がどんどん失われていく。

 サハリンには北海道によく似た沼沢地があちこちにある。北海道で失われつつある原風景がまだ残されている。湖沼地帯に施設はいらないし、北海道に今残されている原風景をそのまま子孫に残しておいてほしいと願わずにいられない。

  


Posted by 松田まゆみ at 16:47Comments(6)自然・文化

2011年09月17日

函岳の自然


 15日は道北の函岳に行ってきた。といっても、この山の頂上には北海道開発局旭川建設部道北レーダー雨雪量計局舎があり、山頂まで車で行ける。もちろん砂利道だが、道はよく整備されている。林道入口には加須美峠まで17km、函岳まで27kmとある。舗装道路なら27kmの道のりはたいしたことはないが、砂利道なのでかなり長い。

 麓から中腹にかけては針広混交林なのだが、雪が多いためか針葉樹は少ない。おそらく過去の伐採でさらに減ってしまったのだろう。広葉樹の中にトドマツやエゾマツが点々とあるだけで、林床は丈の高いチシマザサが生い茂っている。チシマザサの高さからも、積雪が非常に多いことが分かる。

 北海道の場合、低山帯は針広混交林で標高が上がるにつれて針葉樹が優先する森林となり、針葉樹林帯の上部にはダケカンバ帯があるのが一般的だ。しかし、このあたりは針葉樹林帯がないため、標高が増すに従い針広混交林からダケカンバ帯に移行していく。加須美峠に近づくと、ダケカンバが主体となり、風の強い斜面はハイマツやササとなっている。あまり風が強いとダケカンバは生育できないのだろう。函岳の頂上に近くなるとハイマツとササがモザイク状になっている。

 ダケカンバの樹形が面白い。下は加須美峠から函岳にかけて見られるダケカンバ林の写真だ。枝が素直に斜め上に伸びられず、のたうちまわるように曲がりくねっているし、枝が折れている木も多い。風が強いことと雪の重みによる枝折れなのだろう。こんな樹形のダケカンバはあまり見たことがない。








 加須美峠から函岳まではなだらかな稜線上に道がつけられているのだが、風当たりの強い稜線では、ダケカンバは矮性化している。




 山頂の駐車場には立派な小屋「函岳ヒュッテ」が建っていて、トイレもある。




 こちらが道北レーダー雨雪量計局舎。




 山頂はレーダーのすぐ裏手だ。晴れていると利尻富士が見えるらしいのだが、この日は生憎の曇り空で遠方の景色は望めなかった。標高1129mのなだらかな地形の山だが、ほとんどが安山岩溶岩と同質火砕岩からなる山なのだそうだ。つまり、ほぼ全体が溶岩でできている山だ。




 ハイマツの下にはコケモモやエゾイソツツジ、ゴゼンタチバナなどが見られる。




 山頂近くの道路脇には外来種のカラマツも・・・。野鳥などが種子を運んで芽生えたのだろうか。




 函岳はライダーに人気の場所で、彼らの間では美深から函岳に向かう林道は「道北スーパー林道」とか「函岳レーダー道路」などと呼ばれているらしい。とくに、加須美峠から先は稜線に道がついており、とても眺めがいいのだ。この日はライダーは少なかったが、バスとすれ違ったのには驚いた。

 山の上の観測施設といえば、信州の乗鞍岳に建設されたコロナ観測所や霧ケ峰の車山気象レーダー観測所が頭に浮かぶ。どちらもその人工的な建造物が自然の景観を台無しにしているのは言うまでもない。山の上に大きな施設を造るためには道路を付けなければならないし、道路を通せば必ず自然破壊が生じる。乗鞍岳も車山も観測施設によってずいぶん傷つけられた。乗鞍岳に観光道路がつけられたのも、コロナ観測所への道があったからではなかろうか。あの観光道路で乗鞍岳の自然は大きく損なわれてしまったのだ。

 観測施設とはいえ、どこまでこのような施設が必要なのかと、複雑な思いに駆られてしまう。
  


Posted by 松田まゆみ at 22:38Comments(0)自然・文化

2011年08月07日

店主の心意気が伝わってくるいわた書店

 北海道新聞の日曜日の2面に「サンデー討論」という対論形式のコーナーがある。今日のそのコーナーを見て、思わず目が釘付けになった。

 今回のテーマは「マチの本屋はどうあるべきか」。発言されているお二人のうちの一人は、砂川の「いわた書店」の岩田徹さんだ。

 私は昨年「小さな街の書店のゆくえ」という記事を書いたのだが、実はここで取り上げている書店とは、この「いわた書店」なのだ。書店の名前は記憶になかったが、これを読んですぐに「あの本屋さんだ!」とピンときた。

 私は上記のブログ記事で「もちろん大きな書店ではありませんが、驚いたのは社会系の本が充実していたこと。ふつうこの規模の書店では、雑誌とか実用本、話題になっている本やベストセラーの本などが主流です。どうみても、売れる本を売ろうというのではなく、売りたい本を売るという、店主の主張が伝わってくる選本です」と書いた。

 サンデー討論で岩田さんはこんなことを言っている。

 「かつて砂川でも大きな書店の進出がありました。40坪対200坪、同じ土俵じゃ負けちゃいます。量より質で活路を見出しました」
 「店内も工夫しています。市立病院が近いので医療関係の本や、僕が一番売りたいと思う本を手前に置きます・・・」

 私の感じた通りだった。たとえ小さな街の小さな本屋さんでも、お客さんのニーズを知り、店内の配置もきめ細かい工夫をする。そして、店主が本の仕入れを実に念入りにやっていることが、この記事からしっかりと伝わってくる。

 岩田さんは最後にこう言っている。

「その町のお客さんを覚え、その人に向けた本を並べられたら、マチの本屋は十分やっていけると思います」

 その通りだと思う。今は大型店ばかりが人気だが、お店というのは大きければいいというものではない。あまりにも大きな書店では検索機で在庫の有無や置かれている棚を確認しなければ本を探すのも大変だし、これでは何とも味気ない。自分の居住する地域にあって限られたスペースに「光る一冊」を見つけられる書店、お客さんの意向をきめ細かく汲み取って仕入れに活かす書店こそ、充実しているといえるのではないだろうか。

 いわた書店のHPを覗いてみた。トップページを読むだけで、店主の心意気が伝わってくる。

http://homepage3.nifty.com/iwata/

【8月8日追記】
北海道新聞の記事は、いわた書店のサイト(波乱万丈いわた書店日記)で紹介されている。
http://homepage3.nifty.com/iwata/
  


Posted by 松田まゆみ at 21:20Comments(2)自然・文化

2011年06月01日

アイヌ墓地発掘問題でシンポジウム


 北海道内でも、あまり多くの人に知られていないのだが「アイヌ墓地発掘問題」というのがある。かつて北海道大学などの人類学者や解剖学者がアイヌの墓地を発掘して遺骨を持ち出したのだが、遺族の了解なしに発掘が行われたり、副葬品が持ち去られたりした。小川隆吉さんは、発掘の真相を知るために北海道大学に情報開示請求を行い、次第にその実態があきらかになってきた。遺骨はどう扱われ、副葬品はどこに行ったのか? 以下は、この問題を考えるシンポジウムの案内である。

**********

公開シンポジウム
『さまよえる遺骨たち』 アイヌ墓地“発掘”の現在

<開催の主旨>
 北海道(日本の近代)には、かねてより「アイヌ人骨問題」が存在することを御存知でありましょう。明治時代より戦後に至るまで、北海道はもとより、樺太、千島においても、人骨の発掘と収集が行なわれてきました。その多くは北海道大学医学部人類学研究室のイニシャチブで行なわれました。1000体余りの御遺骨は、長く北大医学部に保存されてきましたが、アイヌやアイヌ協会などの抗議や要請があって、北大構内に「アイヌ納骨堂」が建立され、収蔵されております。毎年、イチャルパも行われておりますが、発掘をめぐる歴史的経緯やその真相が明らかにされたとは言えない状況にあります。遺骨の今後をどうするのかも問題があると言わねばなりません。

 また、発掘に伴い多くの副葬品が出土したはずですが、その多くの行方が分からなくなっているようです。小川隆吉さんは北海道大学に「アイヌ人骨」問題に関わる文書の開示を求め、交渉を続けてきました。それなりの文書が開示され、それを読む研究会が行なわれております。研究会は人骨問題をめぐる歴史的経緯と真相をさらに公開するよう北大と交渉してきましたが、事態は進展しているとはいえません。「アイヌ人骨問題」と副葬品問題の今日の状況をみなさまにお伝えし、共にお考えいただきたく、集いを計画いたしました。

さまよえる遺骨たち アイヌ墓地“発掘”の現在
日 時: 2011年6月10日(金) 18:30〜21:00
会 場: 札幌エルプラザ中研修室 札幌市北区北8条西3丁目 TEL:011-728-1222(代表)
参加料: 無料(申し込み不要です。シンポ資料を500円でお分けします)
プログラム:(変更される場合があります)
報告1「私が北大に文書開示請求した理由」 小川隆吉さん(アイヌ長老会議)
報告2「暴かれたお墓の真実」 城野口ユリさん(浦河文化保存会、少数民族懇談会)

講演「なぜ遺骨問題なのか—歴史的背景」 植木哲也さん(苫小牧駒澤大学)
パネルディスカション「さまよえる遺骨たち」
パネリスト(敬称略、順不同)小川隆吉/城野口ユリ/清水裕二/植木哲也ほか
コーディネーター 殿平善彦
集いの提言
主 催: 北大開示文書研究会 TEL(FAX)0164-43-0128
後 援: 少数民族懇談会、強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム、さっぽろ自由学校「遊」

<北大開示文書研究会>
2008年3月から9月にかけて、小川隆吉氏が北海道大学から開示を受けた「北海道大学医学部、児玉作左衛門収集のアイヌ人骨の台帳とそれに関連する文書」など多数の資料を精査し、当時「研究」の名目で道内外でおこなわれたアイヌ墳墓「発掘」の真実を明らかにすることを目的に、2008年8月5日、発足しました。工芸家、団体職員、教員、僧侶、牧師、会社員、ジャーナリストら約10人で構成。

<アイヌ墓地発掘問題とは>
 欧米を中心に「人種学」が隆盛を極めた時代背景のもと、1880年代から1960年代にかけて、和人の人類学者・解剖学者らが道内各地および樺太(現在のサハリン)などのアイヌ墳墓を発掘するなどして大勢の遺骨を収集、研究標本として持ち帰り、測定によってアイヌ「人種」の特徴を見出そうとしました。そのさい、遺族の了解なしに発掘(盗掘)がおこなわれたケースや、遺骨だけでなく副葬品(宝石など)が持ち去られたケースも少なくなかったと考えられます。当時のおもな研究者に小金井良精(1858-1944)・帝国大学医科大学教授、清野謙次(1885-1955)・京都帝国大学医学部教授、児玉作左衛門(1895-1970)・北海道大学医学部教授らがいます。

 北海道大学医学部では、そのように収集した大量の遺骨を、長年にわたって動物実験施設内などに放置していたことが1980年代に発覚。遺族や北海道ウタリ協会(現・北海道アイヌ協会)の抗議を受けた同医学部が、遺骨の一部(35人分)を遺族に返還したほか、構内に「アイヌ納骨堂」を新設し、残る遺骨(929人分)を安置し直しました。

 しかし、アイヌ墳墓からの「発掘」の詳しい実態や、持ち去られた副葬品の行方などが不明のままだったため、2007年から小川隆吉氏が改めて、北海道大学に対して関連資料の開示を請求。これまで計35点分の文書資料が開示されました。

 このなかには、児玉作左衛門教授が担当していた「医学部解剖学第二講座」によるリスト「アイヌ民族人体骨発掘台帳(写)」(作成年不明)など、初めて公になった資料が含まれていますが、当時の研究報告書などとも合わせて精査したところ、資料ごとに、遺骨人数や副葬品数、現在の保管状況などに多くの矛盾点が見つかりました。
  


Posted by 松田まゆみ at 12:36Comments(0)自然・文化

2011年01月24日

ニセ科学と陰謀論

 日本科学者会議発行の「日本の科学者」2月号の特集は「21世紀の科学リテラシー」だ。中でも興味深かったのは、江守正多氏の「地球温暖化論争を経験して、科学リテラシーについて思うこと」と、菊池誠氏の「ニセ科学問題から見た科学リテラシー」という論考だ。

 江守氏は、人為起源温暖化論を肯定する勢力と否定する勢力のせめぎ合いを、一般の人たちがどう捉えるべきかについて論じている。専門家ではない一市民が、肯定派の主張と否定派の主張に出会ったとき、どのような根拠でどちらの主張を信用するのかは、科学リテラシーやメディアリテラシーが深く関係してくる。

 そして、論理性、正確性、不偏性について主張を評価する必要があるという。しかし、実際に、専門家ではない市民が、これらについて吟味し判断するのは困難だ。したがって、判断を保留する市民が多いことについては共感できるという。ただし、「共感できないのは、否定派の主張を断定的に受け入れ、肯定派の主張を断定的に誤りと決めつける態度である。理性的な判断が難しい問題に対して、多くの専門家が支持する主張を断定的に否定する態度をとる背景には、組織的な否定派の影響を受けている可能性や、権威を批判したい、あるいは陰謀論を信じたいという誘惑の存在が想像できる」としている。

 地球温暖化についてはこのブログでも何回か取り上げている。私自身は専門的な数式等は分からないが、肯定派、否定派の主張を客観的に見るなら、肯定派の主張のほうが論理的に納得でき、説得力があると考えている。そして、否定派の一部の方が主張する「陰謀論」については、大いなる疑問を感じている。もちろん、否定派の方たちの主張がすべて間違っているとは思わない。しかし一部の主張が正しいからといって、全てが正しいというわけではない。

 とりわけ陰謀論が先にあり、人為起源温暖化論を主張する国の研究機関の人たちをひとからげに御用学者呼ばわりするような否定派・懐疑論者の方たちは理解できない。冷静に考えたなら、専門家の方たちが一致団結して御用学者になっていることなどあり得ないだろう。江守さんの主張はもっともだと思う。

 菊池さんの論考も面白い。ニセ科学として、たとえば「水からの伝言」を挙げている。私は「水からの伝言」という言葉は聞いたことがあるが、具体的にどういうことなのか知らなかった。はじめから関心がなかったということだ。私と同じように知らない人のために、菊池さんの説明を引用しよう。「これは、水に『ありがとう』という言葉を見せてから凍らせると樹枝状に成長したきれいな結晶ができ、『ばかやろう』という言葉を見せたのではそのような結晶にはならないという説である」ということだ。

 いやあ、この説明を読んで驚いてしまった。水が言葉を理解して結晶の形を変えるなんて、逆立ちしたってありえない。こんなことを信じる人がほんとうにいるのだろうか。しかし、それを実証した写真集によって、大きな評判になったという。科学的な教育を受けているのなら、水が人間の言葉を理解するなどということを疑うのが当然だろう。本に書かれていることが真実とは限らない。嘘でたらめを書いている本など世の中にはたくさんあるだろう。写真集の実験を信じるかどうかは、本来それを見る人が考えなくてはならないことだ。ところが、これを小学校の道徳教育に使い、いい言葉を使うように指導した教師がいたというのだからたまげた。

 ほかにも、民間療法のホメオパシーや9.11の陰謀論、理系の専門教育を受けた信者がオウム真理教を受け入れていたことなどについて、紹介している。9.11については、確かにインターネットなどでは根強い陰謀論があるようだ。つまり、米政府による自作自演説だ。週刊金曜日などでも、米政府の中枢の人たちがあの事件を事前に知っていたという証言を取り上げていた。そのことは事実かもしれない。しかし、事前にテロを察知していたことと、事件そのものが米国の自作自演であるというのはまったく別のことだ。そこはきっちりと切り離して考えるべきだ。

 何を信じていいのかわからない一般の人にとって、陰でまことしやかに囁かれる陰謀論というのはちょっと魅力的なのかもしれない。なんだか推理小説みたいだし、誘惑にかられるのはわかる。たしかに世の中には陰謀といえることがしばしばある。しかし、だからといって不可解なことに対してすぐに陰謀論を持ち出すのは著しく論理性に欠ける。ところが、陰謀論こそ正しいと信じて、他の主張を受け付けない人もいる。それは、ときとしてほとんど宗教のようになっている。しかし、ニセ科学の場合「信じるものは救われる」で済むはなしではない。「信じるものは騙される」のである。そして、場合によっては破滅に向かう。

 今、私たちのまわりには情報が氾濫するようになった。わからないことはすぐにインターネットで調べることができる。しかし、紙のメディアの情報であれ、インターネットであれ、その情報をそのまま鵜呑みにしてしまうのはとても危険だ。何が正しいのか、何を信じるべきなのかは自分の頭で考え判断していかなければならない。だからこそ、科学リテラシーが必要なのだ。ところが、この国の教育はそういうことを重視しているとは思えない。この国に科学リテラシーが根づく日がくるのだろうか。
  


Posted by 松田まゆみ at 20:43Comments(3)自然・文化

2011年01月21日

人間関係の希薄化が生んだ鉄道ファン


 昨日のNHKクローズアップ現代は、鉄道ファンについてだった。最近、鉄道について関心を持つ人が増えているらしい。「鉄道マニア」ではなく「鉄道ファン」と書いたのには理由がある。なぜなら、テレビに出てきた人たちは、いわゆる「鉄道マニア」と呼ばれる人たちとは明らかに違うという印象だったからだ。

 私のいう「鉄道マニア」は、どちらかというと大勢を好むのではなく、一人でマニアックに楽しむという人たちだ。暑かろうが寒かろうが、ローカル線などを尋ねて線路脇でカメラを構え列車が来るのを待っているとか、日本中の列車に乗って乗車券をこつこつと集めるとか、各地の廃線跡を歩くとか・・・。こういうことは大勢でわいわいと楽しむものではない。どちらかというと一人とか数人でひっそりと楽しむ趣味だ。

 私が学生だった頃、野鳥を見るために全国を旅行した。ザックを背負い三脚つきの望遠鏡を肩にかついで、海岸の草地や湖沼、干潟など、普通の人が行かないようなところをひたすら野鳥の姿を求めてうろうろしていたのだ。その望遠鏡を望遠カメラと間違えて声をかけてくる人がときどきいた。特に、線路の近くを歩いていると、列車の写真を撮る鉄道マニアと間違えられた。よほど物好きな旅行者に見えたにちがいない。

 今ならバードウオッチングといえば誰もが不思議に思わないだろうが、当時は写真を撮るわけでもなくただ野鳥を見るだけという趣味に、いかにも不可解な顔をする人が多かった。野鳥を見て歩くのも特異な人だろうが、列車の写真を撮る人も特異だった。

 ところが今回テレビに出てきた人たちは、それとはずいぶん雰囲気が違う。いつもと違う電車に乗ったことがきっかけで車窓からの風景に魅せられ、大学の鉄道関係のサークルに入ったという女子学生。鉄道マニアの社会人と一緒に鉄道の旅をする小学生。鉄道ツアーに嬉々として参加する女性・・・。鉄道そのものに強い関心を求めるというより、鉄道を通じて人と人とのつながりを求めているのだ。

 鉄道を通じて人と人との関わりを築こうとする人が増えているということは、とりもなおさず社会での人間関係が希薄になっているということの証だろう。無縁社会になってきているのだ。社会の閉塞感は一向に改善されないし、「空気を読む」という神経をつかう人間関係の中で人々は孤立している。鉄道ファンという旅行を伴った趣味は、そうした孤独から抜け出して新たな人との出会いを求めたり、気持ちをリフレッシュするのにはとてもいいのだろう。

 そういえば、昔は旅をするというのはまさに人と人との出会いだった。いっときの出会いと別れであっても、そこには温かい心の交流があった。今の社会にはそれがほとんどない。一人で悩みを抱え込んだり、インターネットのバーチャルな世界にのめりこんだり、ひたすらメールで繋がっていようとしたり・・・。これは人としてとても健全な状態とは思えない。

 ここまで書いて、ブログで公表した父のエッセイを思い出した。旅先で心惹かれる女性との出会いを描いた作品と、その女性との別れを綴った作品だ。一昔前はこんな出会いがどこにでもあったのだ。よかったら、是非読んでいただきたい。

トベラの島

青春挽歌

 「旧き良き時代」とひとくくりにするのは好きではないし、懐古趣味に陥りたくないとも思うが、やはり人との関わりが希薄な時代になり、無縁社会がじわじわと広がってきているのは確かだろう。とはいえ、なにも鉄道ファンにならなくても人と人との交流はできるはずだ。
  


Posted by 松田まゆみ at 14:47Comments(0)自然・文化

2010年12月24日

シャンプーはいらない

 12月16日付の「新婦人新聞」に、アーサー・ビナード氏(詩人)のエッセイが掲載されていました。若いころはシャンプーは必要悪だと思いつつ使っていたが、結婚してからはシャンプーは必要ないものと分かり、純石鹸生活にしたという内容です。

 我が家も、洗剤は基本的に無添加の固形石鹸と洗濯用の無添加の粉せっけんのみです。お風呂場も、洗面所も台所も、固形石鹸がひとつあれば間に合います。もちろんシャンプーは使っていません。

 以前は、生協で販売している「石鹸シャンプー」なるものを使っていたこともありますが、それも添加物だらけだったので止めました。無添加の石鹸シャンプーを使ったこともありますが、それなら石鹸と変わらないと思い、それも止めました。だいぶ前からシャンプーなるものは一切やめ、固形石鹸で洗髪し、リンスには酢をつかっています。それでまったく問題はありません。これに慣れてしまったら、あの香料と添加物のたっぷり入ったシャンプーはとても使う気にはなれません。私は化学物質過敏症なのか、あの洗剤の香りが苦手ですし、それ以前に合成洗剤のシャンプーは恐ろしくてとても使えません。

 最近はホテルなどに泊ると、固形の石鹸がほとんど置かれていないのにはうんざりします。お風呂場はボディーシャンプーとシャンプー、洗面所は液体ハンドソープ。仕方ないので、旅行にも無添加石鹸を持参しています。

 合成洗剤のシャンプーを愛用されている方は、以下のサイトをいちどお読みになることをお勧めします。

禿げる!かゆい!シャンプー 
   


Posted by 松田まゆみ at 22:59Comments(2)自然・文化

2010年10月02日

カムイミンタラの秋

 昨日は、黒岳から北鎮岳の分岐まで歩いてきました。アイヌの人たちがカムイミンタラと名付けた大雪山の高山帯です。カムイミンタラとは「神々の遊ぶ庭」という意味なのですが、俗世間からかけ離れた雄大で厳しい自然の聖域にはなんとふさわしい呼称なのでしょう。とはいっても、今では夏になると大勢の登山者が詰めかけるのですから、カムイミンタラと名付けたアイヌの人たちが登山者で賑わっている光景を見たらなんと思うでしょうか。

 下の写真は、黒岳山頂から旭岳方面を見たものです。残念ながらウラシマツツジの紅葉は終わっていましたが、先月下旬に降った雪がまだら模様を描き、寂しげな秋の光景が広がっていました。




 こんな高山にもキタキツネがのんびりと歩きまわり、登山道の脇で寝そべっていました。クロマメノキがおいしそうな実をいっぱいつけていましたので、秋が深まった山にもまだ食糧はあるのでしょう。道端にはチングルマの実が風に揺れ、鈴をころがすようなカヤクグリの声が聞こえてきます。ハイマツの実はあまり多くはないのですが、ギンザンマシコも姿を見せてくれました。




 さらに進むと、爆裂火口の縁に出ます。このあたりの岩塊地でナキウサギの声が響いてきました。こんな厳しい高山に暮らす動物がいるのですから、まさに神様(カムイ)の遊ぶ庭なんですね。これは黒岳方面を見た光景です。このあたりの地形をよく見ると、溶岩の流れくだった跡などがよくわかります。




 北鎮岳の分岐までくるとさすがに風邪が冷たく、岩には見事なエビの尻尾(写真)ができていました。前の晩に黒岳の石室に泊ったという登山者によると、昨晩は山の上は暴風だったとのこと。今日はよく晴れて歩いていると汗ばむ陽気でしたが、エビの尻尾が厳しい山の気候を物語っています。




 秋の高山にもコヒオドシ(蝶)が活発に舞っているのには驚きました。種名は分かりませんが赤トンボも深い赤色になっています。そして、眼下にはお鉢(爆裂火口)が広がっています(写真)。ここが大噴火して溶岩や火砕流が流れ下り、層雲峡の柱状節理をつくったのですから、すごい噴火だったはずです。当時は荒涼とした岩の世界が広がっていたのでしょう。自然のもつエネルギーの前では、人間はなんとちっぽけな存在なのでしょうか。




 こんないい天気なのに、高嶺の散歩道にまで脚を延ばすことなく黒岳登山で帰ってしまう人が多く、この季節の大雪山は静かで最高です。人にほとんど合わない山はほんとうに気持ちがよく、至福のひとときです。

 黒岳の石室も9月で営業終了のようで、管理している方が後片付けに来ていました。山は静かで厳しい冬を迎えます。
  


Posted by 松田まゆみ at 22:02Comments(0)自然・文化