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2017年01月29日

石城謙吉さんの環境問題講演集「自然は誰のものか」

 昨年末、石城(いしがき)謙吉さんの講演をまとめた書籍「自然は誰のものか」(エコネットワーク発行)が出版された。石城さんは川魚をはじめとした動物の研究者であり、北大苫小牧研究林の林長として森林問題にも関わってこられた方だが、同時に自然保護にも取り組まれてこられた。植物学者の故河野昭一さんもそうだが、自分の研究に没頭するだけではなく自然保護に尽力される研究者に、心から敬意を表さずにはいられない。本書は石城さんの講演会から11話を選んで書籍にまとめたものだが、どの話しも幅広い知識と経験、深い洞察力に裏打ちされている。

 最近は講演会を聞きに行くことがめっきり減ったが、以前はときどき講演会や学習会に参加して、専門の方たちの豊富な知識のおすそ分けに預かった。ただ、悲しいかな、講演会や学習会で知り得た知識や情報のうち頭脳に鮮明に記憶されるのはごく一部であり、話しの多くはなかなか記憶として留まらない。しかし、本書のように講演者が自ら講演内容をまとめて文章として残してくださると、あとで何度も読み返すことで理解を深めることができる。しかも、石城さんの講演は実に中身が濃く、示唆に富んでいる。このような話しをまとめて書籍にした意義は大きい。

 本書のタイトルともなっている第1章の「自然は誰のものか」は1989年の講演記録だから、今から28年も前の時点での話しだ。本章では、日本の大規模開発計画が昭和35年に発足した池田内閣の「全国総合開発計画(一全総)」に端を発し、昭和44年の佐藤内閣による「第二次全国総合開発計画(二全総)」、昭和47年の田中内閣による「日本列島改造論」、昭和52年の「第三次全国総合開発計画(三全総)」、昭和62年の「第四次全国総合開発計画」やリゾート法(総合保養地域整備法)へと受け継がれてきたことが示されている。戦後の高度経済成長の中で進められていった政府の開発計画こそ、日本の自然が次々と失われていった元凶だ。

 乱開発が始まった当初から自然保護に関わってきた人々は、程度の差こそあれこうした背景を理解しているだろう。重要なのは、石城さんが明確に指摘しているように、日本の自然を滅茶苦茶にした開発計画の目的は、中央集権体制の強化と再編にあるということだ。大規模工業開発やリゾート開発の流れの根源にあったのは、国と大資本による地域収奪であり、国と大資本による経済成長のための戦略だ。だから、開発に伴って全国各地で生じた自然破壊、環境破壊に対する反対運動の大半は、まさに国や大資本との闘いだった。そして、今もその構図は続いている。リニア新幹線などはその典型だろう。

 先日、昔書いたエッセイを3編アップし、最後に青字で注釈を添えた。「シギと私」では、東京湾や有明海をはじめとした干潟が失われていったことに触れ、「」では、八ヶ岳山麓のリゾート開発について触れた。海にも山にも押し寄せた開発の嵐は、かろうじて残されていた日本の自然を切り刻み、地方を切り捨ててきた。今更ながら、そのことを痛切に感じる。

 本書では、水や川をめぐる講演も2つ取り上げられているが、実に奥深い。「人間と水」という章に出てくる信玄堤や分水の事例は、現在の治水の見直しにも役立つだろう。武田信玄は、御勅使川(みだいがわ)支流を分けて釜無川との合流点を増やすことで水の勢いを弱めたり、堤防に切れ込みを入れて水の勢いを分散させる信玄堤(霞堤)という治水工事を行った(この工事についてはこちらを参照いただきたい)。こうした手法は自然の摂理に沿った治水といえるだろう。

 また、利水と治水の両方の機能を兼ね備えていた諏訪市の角間川の分水についても取り上げているが、昔の人の知恵に驚かされる。諏訪は石城さんの故郷だが、私の生まれ故郷でもあり、角間川は子どもの頃からなじみがある川だ。石城さんによると、角間川は上流で分水され、諏訪市街の東側にある山の裏側を通って市街地側の斜面に流れ込み、さらに分水されて農業用水や生活用水として使われていたという。

 この話しを知ってすぐに頭に浮かんだのは、諏訪の茶臼山の叔母の家の近くを流れていた小さな川のことだった。子どもの頃、夏休みに叔母のところに遊びに行くと、冷たい水が勢いよく流れているその川に遊びにいったものだが、細い道にそって流れるその川は子どもながらに自然の川とはどこか違うと感じていた。そこで、インターネットで公開されている国土地理院の地図から角間川を辿ってみた。

 なるほど、角間川は上流の2カ所で分水されている。一つは蓼の海(たてのうみ)という人造湖(ため池)を経由して山の鞍部を越し、もう一つは角間新田の上流で分水され鞍部を越えている。それぞれの分水地点からは鞍部に向かって等高線に沿うように水路が掘られ、鞍部を越えて反対側の斜面へと流れているのだ。こんな上流で分水をしていたとは知らなかった。そして、叔母の家の近くに流れていた小川は、角間川の下流部で分水されたものだということも分かった。諏訪の街中にはあちこちに水路があったことは子どもながらに記憶していたが、あの水路の意味に納得した。

 人の手によって本来とは異なる水系に水を流す行為は自然の摂理に反するものだ。しかし、節度をわきまえてさえいれば大きな災害には結び付かないだろうし、むしろ洪水の抑制につながる。自然との共生を目指した先人の知恵だ。ところがダムや河川改修などの大規模な治水や利水事業によって、昔ながらの優れた利水・治水は今ではほとんど姿を消してしまった。諏訪の水路網も今は使われていないという。

 公共事業という名の元で進められたダム建設や河川改修は自然を破壊しただけではなく、ダムの放水による洪水や、河川の直線化による破堤、溢水など新たな災害を生むようにもなってきている。自然を制御しようという考えが根底から間違っていることを教えてくれる。

 本書で取り上げられている講演はいずれも充実した内容のものばかりだが、人間社会の福祉と戦争について取り上げた「動物学からみた人間」についての考察は、考えさせられることが多い。直立二足歩行によって両手を自由に使えるようになり脳が発達して文化を発展させてきた人間は、高齢者や障害者、病人などといった社会的弱者を見捨てないという他の生物には見られない独自の生き方を選んできた。このような生き方を否定するような弱者切り捨ての行く末には、人間の将来はないだろうと石城さんは言う。

 昨年は相模原の障害者施設で入所者や職員多数が殺傷されるという凄惨な事件が起きた。安倍政権は、弱者切り捨ての法案を次々と成立させているばかりか、平和憲法をかなぐり捨てて戦争ができる国へと突き進んでいる。ネットでは気に入らない者、社会的弱者を叩いて優越感に浸ろうとする人が溢れている。人間以外の生物ではありえない殺伐とした光景だ。こんなときだからこそ、福祉と戦争について取り上げたこの章は、意味深いものになっている。




タグ :石城謙吉

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