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鬼蜘蛛おばさんの疑問箱 › 政治・社会 › 報復感情が溢れる社会に平和はない

2015年03月22日

報復感情が溢れる社会に平和はない

 凶悪犯罪のニュースが流れるたびに、加害者の名前や顔写真がネットに流れ、死刑になって当然という怒りの声が湧きおこる。相変わらず日本では大多数の人が厳罰化賛成、死刑賛成だという。私はその度に大きな違和感と同時にぞっとする思いを抱かざるを得ない。なぜならそこにあるのは報復感情・処罰感情でしかないからだ。今の日本には報復感情が溢れている。それはおそらくあんな犯罪を起こせるのは鬼畜であり、更生などあり得ないという意識があるからではなかろうか。

 私はアドラー心理学を知ってから、どんな行動にも目的があることを悟った。アドラー心理学ではすべての行動には(本人にも無自覚な)目的がある」と考える。ならば犯罪にも目的があるはずだ。そして、その目的を知ることで犯罪に向かわないためにはどうするかが見えてくるだろう。

 たとえば「怒る」という感情にも目的がある。それは、怒ることで相手を威圧して自分に従わせようという目的だ。だからアドラー心理学ではついカッとなって怒ったのではなく、相手を支配するために怒りという感情をつくりだしていると考える。犯罪も同じでカッとなって殺したのではなく、何らかの目的をもっていたということになる。

 加害者はしばしば、被害者と口論になったとか馬鹿にされたのでカッとなって殺したなどと供述する。しかし、口論になってカッとなることなど日常的にいくらでもあるが、ほとんどの場合は自制心が働き傷害や殺人事件にまでは発展しない。ならば、相手を傷つけたり殺したりしてしまった理由は、カッなったからでは説明がつかない。ほかに目的があるはずだ。

 アドラー心理学では行動の目的の一つに「注目を引く」ことを挙げている。たとえば子どもは大人の注目を引くために、わざと大人がイライラするようなことをしたりする。子どもの目的は注目を引くことだから、これに対して大人が叱ったり罰したりしたなら、関係が悪化するだけで行動が改善されることはない。誰もが経験していると思うが、「叱られる」「罰せられる」という行為は怒りや憎しみを誘発させ、反発心を煽る。そんな経験ばかりしていたら、家庭にも社会にも居場所がないと思い、周りの人たちは自分の仲間ではなく敵であると考えてしまうようになる。

 犯罪者も同じではなかろうか? 昔から、犯罪者の多くが家庭環境などに問題があると言われてきた。非行に走る子どもの場合、親が不仲であったり母親が父親に虐待されていたり、あるいは子ども自身が親から虐待されているといったことはよく耳にする。あるいは親が自分の希望を押しつけて子どもを追いたてる場合もある。また、昨今では学校でのいじめも大きな社会問題になっている。こうした環境では子どもは居場所を失い、周りの人たちに反発して攻撃的になるのも分かる。

 家庭環境の悪さや親の強制などから非行に走るというのは、親に対する報復ともいえる。非行によって親を大いに困らせることができるからだ。このようになってしまった場合、叱ったり罰することはおそらく何の効果もないばかりか、復讐心を強めるだけだろう。

 こう考えると、傷害や殺人などの凶悪犯罪を起こす目的も見えてくる。復讐のために殺すという犯罪もあるが、無差別殺人のような犯罪の目的は被害者への復讐ではない。反社会的行為をすることで親や社会への復讐をするのが目的であろうし、居場所がない者が自己をアピールすることも目的なのだろう。

 ならば犯罪者に対してするべきことは、周りの人たちは自分の敵ではないことを理解してもらうような環境を用意して人との信頼感を深め、居場所をつくることだ。刑務所で厳しい処罰をしたなら敵対心や復讐心をそのまま持ち続けることになるし、刑期を終えて社会に出たらまた同じ犯罪を起こしてしまう可能性が高いと言わざるをえない。

 市民が被害者や被害者遺族の視点から報復感情で厳罰化や死刑を声高に叫ぶのは、復讐の応報でしかない。復讐心を燃やしつづけるところに平和的な問題解決や平和な社会の構築があるとは思えない。

 中には親が悪いから親まで罰すべきだなどという人もいる。もちろん親の対応が大きな影響を与えたことは間違いないとは思う。しかし、子どもを虐待したりあるいは親の方針の押しつけをしたとしても、親を反面教師として非行に走らない子どもがいるのも事実だ。

 アドラー心理学では行動は信念(ライフスタイル=性格)から出てくると考える。そして、ライフスタイルは生まれつき備わっているものではなく、子どもの頃(アドラーは4、5歳と考えたが、現代のアドラー心理学では10歳前後と考えられている)に形成されるとしている。

 家族や社会の影響を受けながらも、子ども時代に無意識のうちに自分自身でライフスタイルを決定しているのだ。つまり反社会的な行動によって復讐したり注目を浴びようというライフスタイルを持つか否かも自分で決めているのだ。だから、犯罪者に対してやるべきことは、健全なライフスタイルをとるような意識づけだろう。そして、もちろんそれは命令したり罰したりすることではなく、対等な人間関係の中で共同体感覚を身につけることでしかない。

 これは、以前紹介したノルウェーの犯罪学者ニルス・クリスティの考え方とほぼ同じだといえる。

ニルス・クリスティの言葉

 ニルス・クリスティのことは以下の記事でも紹介されている。

~囚人にやさしい国からの報告~犯罪学者ニルス・クリスティ(にゃひみき日記)

 ただ、今の日本社会でノルウェーの方式をそのまま取り入れられるのかというと、それも難しいと言わざるを得ない。今の格差社会ではそもそも共同体感覚を持つこと自体が困難だからだ。このような社会では刑期を終えた犯罪者がふたたび罪を犯しかねない。犯罪をなくすためには、誰もが対等で安心して生活できる社会を作り上げていくことも同時に必要だし、被害者や被害者遺族の救済も必要だろう。

 ところで、アドラー心理学ではトラウマを否定する。これはトラウマそのものを否定するということではなく、人はトラウマによって支配されるのではないという意味だ。ところが、辛い現実からいつまでも立ち直れない理由にトラウマやPTSDを持ち出す人がいる。

 犯罪被害者や遺族が大変辛く苦しい思いをしているのはもちろん理解はできるし、犯人を殺したいという気持ちになることも事実だろう。ただ、アドラー心理学でいえば、なかなか立ち直れないことをトラウマのせいにしてしまってはならないということになる。犯罪だけではなく、事故や天災など理不尽なことで不幸にも亡くなられる方は大勢いるが、その苦しみから比較的早く立ち直れる人と、いつまでも立ち直ることができず自死されてしまう方もいる。この違いは、トラウマに支配されてしまうか否かであり、ライフスタイルの違いということになるのだろう。

 つまり、被害者もライフスタイルを変えることができれば、PTSDで苦しんだり自死を選択することなく新たな人生を歩むことができるのだと思う。被害者の方たちが適切なカウンセリングを受けることができれば、苦しみも早く薄れていくのではなかろうか。

 では、どうしたら犯罪のない平和な社会が構築できるのだろう? アドラーは育児や教育によって社会を変えることを提唱した。子どもを叱らない、罰しない、あるいは褒めないで勇気づけをするというアドラー心理学に基づいた子育てや教育が普及すれば、おそらく犯罪は激減するだろう。子どもたちが健全なライフスタイルを形成することができれば、競争に血道を上げたり、報復感情を抱くこともほとんどなくなるに違いない。

 もっとも今の自民党政権がもっとも嫌うのは、子どもが主体性を持つような教育だ。なにしろ自民党政権はこれまで従順ですぐに洗脳されてしまう国民を育てることを目指してきたのだから。ならば、親が自主的にアドラー心理学による子育てを実践していくしかないだろう。

 いずれにしても、私は報復感情をもとに厳罰化や死刑を望むという意識の底に、加害者の報復感情と同質なものを見てしまうのだ。今の日本には報復感情が満ち溢れている。困っている人にやさしい言葉をかけられる人でも、ひとたび凶悪犯罪の報道がなされると口々に死刑を唱える。そういう現実が何よりも私の背筋を冷たくさせる。報復感情が満ち溢れている限り、この国に平和が訪れることはないのではなかろうか。


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この記事へのコメント
報復感情の根底に、仇討を美化してきた日本の文化というか歴史があると思います。相も変わらず、忠臣蔵は任期であるが、これは明らかなテロ行為です。国家の意思に反して、お家だか主君だかのために、国家権力に抗する秘密集団はテロ集団ですが、日本人はこれが大好きです。

刑罰も単に報復感情の延長でしかないため、再犯者が多い。刑務所は更生するところであって、罰ゲームをするところではないはず。

戦争も報復感情の延長でしかない。「あいつが悪い」から仕方なく戦争をする、報復が自衛という言葉に代えて戦争をする。
日本は死刑支持者が、80%にもなる仇討大好きな非文化的国家日本です。
Posted by そりゃないよ獣医さん at 2015年03月24日 09:06
獣医さん、こんにちは。

私もそう感じます。凶悪事件の被害者はもちろん大変不運であり不幸なことなのですが、全体から見たらごく一部です。少年による凶悪犯罪も減ってきています。それにも関わらず、凶悪犯罪が起きるとごく一部の被害者や被害者遺族に同調して、厳罰にしろ、死刑にしろ、の大合唱が始まります。もっと冷静に考える必要があります。

懲罰からは反発しか生まれないのです。報復は報復を生むだけです。日本人はいつになったらこのことを理解するのだろうかと、残念で仕方ありません。
Posted by 松田まゆみ松田まゆみ at 2015年03月24日 11:35
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